第16話 ふくはそと おにはうち

 昔々、ある農村に、一組の若い夫婦がおりました。

 二人は揃って怠け者で、親から受け継いだ畑もろくに耕さず、食べ物に困っても働かないので、いつも難儀しておりました。

「今年も、節分の季節がやって来たなあ」

「でもお前さん、うちには 豆を買うお金すらありませんよ」

 村の家々からは、子供たちが豆を撒く、元気で楽しい声が聞こえてきます。

「ああ、面白くない」

 夫は立ち上がると、何も入っていない升を手に取って、縁側から外へ向けて、大声で叫びました。

「ふくはそと! おにはうち!」

 最初は驚いていた女房ですが、気持ちが晴れるならと、夫と一緒になって、おかしな豆撒きを始めました。

「「ふくはそと! おにはうち!」」

 そうしていると、玄関の戸がガタガタとなって、無断で開かれます。

「誰だ? 人の家に勝手に入ろうとしているヤツは?」

 夫が玄関へ向かうと、なんと二体の鬼が、家の中へと入ってきました。

 鬼たちは、それぞれ角が付いた鬼ヘアーで、両の手首や足首には毛皮を捲いていて、身体には片掛けの毛皮ワンピースだけを纏った、少女の姿をしておりました。

 一体は赤毛に虎毛皮で、一体は青毛に熊毛皮です。

「ぎゃー、鬼が来たー!」

 慌てる夫の背中に隠れる女房が、恐る恐る尋ねます。

「あ、あの 一体どのようなご用件でしょうか? 我が家は貧しく 何のおもてなしも できませんが」

 女房の問いに、遠慮なく上がり込んだ娘鬼たちが、炉の前に腰を掛けながら応えます。

「いやあ、村で節分が始まってしまって。この村を通って山に帰ろうにも、みんなに豆をぶつけられて 痛いのなんの。どうしたものかと考えあぐねていたところ、お前さんたちが 我ら鬼を歓迎してくれるとの事。なので 節分が終わるまでの三日間、この家で厄介になろうかと」

 ヤケになって叫んだ言葉どおり、鬼がやって来てしまったのでした。

 怯えながら、夫が告げます。

「で、ですが鬼さま。我らは先ほども申し上げましたが 御覧の通り、貧しくて何の接待も出来ません」

 夫がそう言うと、赤毛の鬼が肩掛けの虎毛皮を脱いで、裸になって、脱いだ毛皮を女房に手渡します。

「それを、町の庄屋さんに売ってくるといいですよ。庄屋さんの若旦那はなかなかのド変態ですから、私たちの毛皮だと解れば結構な大金で買い取るでしょう。そのお金で、食べ物を買ってきてください」

 と言われても「?」のまま、女房は麓の町へ出て、庄屋さんに虎の毛皮を持ち込みました。

「こ、これは…ぬおおっ、山に住む幼っ–お鬼のっ、虎の毛皮じゃあないですかっ! はふんはふんっ、しかもっ、毛皮としても、なんという上質ぅっ! これはぜひっ、私っ–ぅウチがっ、買い取らせて貰いますともっ!」

 鬼娘の言う通り、若旦那は頬すりする勢いで、毛皮を高価で買い取りました。

 女房はそのお金で、お米や野菜や肉や魚、お酒も沢山買って、帰りました。

「おお、ご苦労でした。それでは早速ごはんを作って、酒宴の始まりですな」

 女房の手料理に舌鼓を拍ちながら、夫婦と鬼娘たちは、ご馳走をお腹いっぱい食べて、美味しいお酒に酔い踊ります。

 そして夜が明けると、大食漢の娘鬼たちは、沢山あった食材をすっかり食べてしまっておりました。

「もう食べる物がありません」

 女房が告げると、今度は青髪の娘鬼が、肩掛けの毛皮を脱いで裸になって、熊の毛皮を女房に手渡します。

「この毛皮を、また庄屋さんのド変態に売ってきなさい。熊毛皮はレアですから、虎毛皮よりも高値で買い取るでしょう」

 言われて、今度は夫も一緒に、買い出しへと出かけました。

「ぬっはああ~っ! これは鬼幼女の熊毛皮じゃあないですかっ! もう誰が何と言ってもっ、私が買い取りますっ! うひょひょひょひょ~っ!」

 鬼娘たちの言う通り、若旦那は涎も枯れんばかりな勢いで、更なる高値で買い取りです。

 若夫婦は、お米も野菜も肉も魚もお酒も、荷馬が必要なほど沢山買って、帰ってきました。

「それだけあれば、たっぷりでしょう」

 こうして夫婦と鬼娘たちは、トータルで三日三晩、宴会を続けました。

 四日目の朝になって、お腹いっぱいで眠っていた鬼たちが、目を覚まします。

「どれどれ、村の節分も終わったようだし、私たちは山に帰ろうか」

 鬼たちが帰り支度を始める頃には、もう食材もお酒も、空っぽでした。

 この三日ほど、久しぶりでお腹いっぱいに食べていた夫婦は、鬼娘たちに尋ねます。

「あの、もう食べ物がないのですが」

 そんな二人に、鬼娘たちは無表情&無感情で、答えます。

「「そこは働きなさい」」

「「……はぃ…」」

 こうして、裸の鬼娘たちは山へと帰って行きました。

 相手が鬼とはいえ、裸の幼女に正論で返され、夫婦は心を入れ替えます。

「…畑を耕してくる…」

「私も、縫物の仕事でもしようかしら」

 それから二人は、真面目に一生懸命に働いて、いつしか村一番のお金持ちになっておりましたとさ。

 めでたしめでたし。


                        ~終わり~

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