おっちょこちょいな幼馴染みの勘違いで、俺はUターンになる

紺藤 香純

おっちょこちょいな幼馴染みの勘違いで、俺はUターンになる

 山あいの駅のホームは、雪がちらついていた。

「祐太、いつでも返ってきてね」

「次こそカラオケに行こうね」

「新しくできるショッピングモールに行きたいね」

「てか、うちらが祐太のところに言った方が良くね?」

 祐太を見送るのは、小中学校とも机を並べた幼馴染み達だ。

 単身赴任中の父親が母親と祐太を呼び寄せ、祐太は春から東京の高校に進学する。母親はすでに東京に行っており、祐太はひとり、電車を乗り継いで東京に向かう。

 祐太は、この山あいの村で皆と一緒の高校に通いたかった。しかし、両親の教育方針には逆らえない。父親が勝手に決めた難関私立高校を受験させられ、偏差値が足りないのに奇跡的に合格。出題された問題に配点ミスがあり、採点し直した結果、祐太は合格ラインを超えてしまったらしい。

 祐太は、垂れ込めた白い雲を仰ぎ、白い息を吐いた。3月も終わりだというのに、この村は寒い。この寒さが、1年後には懐かしくなってしまうのかもしれない。



「サッコ、来ないね」

 誰かが呟いた。

「サッコに連絡したんだよね?」

「ケータイが壊れたっていうから、家電に連絡した」

「まさか、サッコのおばあちゃんが電話に出たとか?」

「おばあちゃんじゃなくて、お母さんだったよ」

「じゃあ、確実にサッコに伝わっているはず」

 皆の会話を聞きながら、祐太は自分のスマートフォンで時間を確認した。電車が来るまで10分ほど余裕がある。



 サッコというのは、超がつくほどのおっちょこちょいな天然少女で、本名は幸子。

 ちなみに、サッコのおばあちゃんというのは、祐太達の小学校時代に一騒ぎ起こしたことがある。

 物理的な騒ぎではない。このご時世になっても、連絡網が存在した田舎の小学校に、職員室からのメール連絡を導入させるきっかけをつくったおばあちゃんなのだ。

 どういうわけか、サッコ以降に連絡網が行かず、サッコ自身も連絡網の内容を知らない。

 当時の担任が色々な人から話を聞いて調べまくったところ、サッコ宅の電話には必ずサッコのおばあちゃんが出て、何を話しても「はい、わかりました」と言って電話を切ってしまっていたことがわかった。サッコのおばあちゃんは連絡網の内容もろくに聞かず、当然、連絡網はサッコにも伝わらない。

 連絡網の最後をサッコにしたり、サッコの母親の携帯電話を連絡先にしてみたり、担任は工夫したが、母親はシフト制の仕事をしていて、確実に連絡網の内容が受け取れるわけではなかった。

 結局、小学校側がメール連絡を取り入れ、連絡事項はメールされることになった。サッコの母親とサッコの両方にメールが来ていたのだとか。

 サッコのおばあちゃんは、後で認知症だとわかったが、今も変わらずに家で暮らしている。

 サッコも晩年には、おばあちゃんみたいになってしまうんじゃないだろうか。皆、そう言っていた。



 雑談に飽きた皆は、秋の合唱コンクールで歌った「なごり雪」を歌い始める。今の状況みたいだ、と祐太は思った。東京から去るのではなく行くんだけど、それ以外は歌詞と似ている状況だ。

 1番の歌詞は完璧に歌えて、2番はあやふや。最後のサビだけ、どや顔で歌い切る。

 ついに、サッコは現れなかった。



 祐太は1両編成の電車に乗り、貸し切りみたいにボックス席に座る。

 スマートフォンを見ると、サッコからメールが来ていた。



     ◇   ◆   ◇



 Uターン、今日そっちに行けなくてごめんね。

 携帯を修理に預けていたんだけど、修理できないと言われて、購入手続きをとっていました。思った以上に時間がかかってしまって、Uターンの電車の時間に間に合わなかった。今、お母さんの車の中でメールしています。

 Uターンには、色々とお世話になりました。図工の時間に絵の具を貸してもらったり、難しい数学を教えてもらったり、給食のときに苦手な牛乳を飲んでもらったり、してもらったことばかり思い出します。

 Uターン、夏休みとかにまた戻ってきてね。皆でカラオケとかショッピングモールに遊びに行こう!

 東京でも頑張ってね、Uターン!

 サッコより



     ◇   ◆   ◇



 祐太は何度もメールを読み返し、明らかにおかしな部分の法則性に気づいた。

 “Uターン”と書かれているところは、“祐太”と書きたかった部分だ。

 おいおい、俺、Uターンしちゃうよ。サッコにツッコミを入れるためにUターンしちゃいそうなんだけど。

 買ったばかりの携帯電話で“ゆうた”まで入力し、予測変換で出てきたであろう“Uターン”をそのまま確定してしまったのだろう。サッコらしい。

 夏休みになったら、またここに帰ってこよう。そのときには、サッコにこのメールを見せてやる。

 祐太は顔を上げて、外の景色を見る。

 白い雲の切れ間から、優しい光が差し込んでいた。



 【「おっちょこちょいな幼馴染みの勘違いで、俺はUターンになる」完】

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おっちょこちょいな幼馴染みの勘違いで、俺はUターンになる 紺藤 香純 @21109123

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