不屈のUターン

@ns_ky_20151225

不屈のUターン

 故郷で待っている者たちは決して非難しないだろう。昔の戦争のように『転進』と言ってくれるかも知れない。

 でも、正確には『敗残』して『逃亡』だ。今も追撃がないか後方を確認している。幸い敵は追ってこない。圏外へ追い払っただけで良しとしているらしい。


 とても恵まれた土地だった。動物、植物を問わず生き物は全て食用になった。その上故郷から持ってきた作物を試験的に育ててみると十分な収穫が得られた。


 いい。ここを手に入れたい。


 しかし、うかつだった。試験栽培はもうちょっと慎重になるべきだった。土地の植生と全く異なる植物は目立ち、怪しまれてしまった。

 原始人どもはろくな科学技術を持っていないが組織だっていた。そのあたりを過小評価していたのも良くなかった。


 結果、密かに進めていた作戦は失敗した。


 妻と子供を思い出すと辛い。常に私を信じてくれている妻。そして私のようになりたいと言う子供。

 すっかり肉の落ちた腕を振り、頬のこけた顔で私を見上げ、愛してる、きっと帰ってきてね、と見送ってくれた。


 豊富な食料。そのための土地。何が何でも手に入れなければならなかった。旅を続け、何度も期待を裏切られながらようやく発見したのに、そこは原始人が支配していた。


 なぜ負けたのだ? 過小評価と油断だ。それはもう分かった。攻めようとする相手の情報収集を怠ったのだ。あんな組織があったとは知らなかった。他の集団は石と棒切れレベルの武器しか持っていないのに、いきなり現れたその組織はこちらを傷つけるに足る武装をしていた。

 その組織の構成員は他の原始人と同じ種だった。同じように食用にもなった。不思議なのはそれほどの力を持ちながらそこの支配者ではないようだった。原始人の社会はよく分からない


 本当に帰るのか。自分に問う。日に日に同胞が餓死していく故郷。家族とて例外ではない。任務未達成で顔を合わせられるだろうか。

 ご苦労さま、大変だったなとねぎらってくれるのが想像できる。嫌みや表面上の言葉ではない。心からそう慰めてくれるだろう。それが家族であり、同胞だ。


 自分が情けない。このまま『転進』するつもりか? 何の収穫もなく、負けたから帰ってきましたと報告できるものか。


 もう一度妻と子供の顔を思い浮かべる。その場で止まった。格好をつけている場合ではない。つまらない良心など捨て、倫理を無視しよう。

 悪魔になったってかまわない。家族と同胞、皆を救うのだ。あの土地を手に入れ、腹を満たそう。


 頭の中心で何かが音を立てて外れた。それは自らを縛っていた鎖だった。


 今度こそ過小評価せず、油断せず、緻密に作戦を立て速やかに実行する。

 それでもあの組織には察知されて攻撃されるだろう。その時こそ鎖を外した力で有無を言わせずねじ伏せる。残酷だが、これに対抗できる力など無いだろう。


 森の木々よりも高く、巨大になって暴れまわるのだ。炎と破壊光線で都市を焼き尽くし、薙ぎ払う。それを降伏するまで続ける。この力を使う以上自分だってただでは済まないがもうそれはどうでもいい。


 星の間に浮かぶ家族にうなずき、振り返る。そこには原始人どもが彼らの言葉で地球と呼ぶ青い星と月と言う衛星が漂っていた。


 戻ろう。任務をやり遂げよう。


 そう決意し、今度は言葉通りの意味で『転進』した。今度こそあの星を手に入れる。


 そうさ。原始人が少しばかりまともな武器を持っていた所で怖くはない。


 まさか、巨大化なんてできる奴がいるはずはない。


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