四年に一度の祭典3

小石原淳

第1話 Uターンゲーム

 ひと月後の式典で食べられる者一名を決するための祭典、人肉の日の催しの二回戦第二試合です。

 今回の勝負事、名称はUターンゲーム。

 対戦者二名はコースに分かれ、同じ五つの課題を早くクリアした方が勝ち。どんな課題かは開始後に一つずつ分かる仕組みです。コース間は板塀で仕切られ、音しか聞こえません。課題クリアの判定はその都度ではなく、ゴールに飛び込んだ時点で行われるシステムなので、参加者は課題をクリアできたか、慎重に自己判定せねばなりません。

 特徴的なアイテムにUターンカードがあります。カードを行使すると、相手を一つ前の課題に戻してやり直させることができます。

 課題と課題の間は約四十メートルあり、目印となる台が設置されています。参加者は勝負開始前に相手側の台の裏側に自分のUターンカードを貼り付けておくことで、カードの強制力を発動できます。参加者は課題クリア毎に次に向かい、台の裏を確認。相手カードが貼ってなければ、指示書に目を通して課題に臨みます。カードが貼ってあれば、四十メートル引き返してクリアしたばかりの課題に再び挑むことに。

 カードは一人に二枚与えられ、一枚は自らのために使うことも可能です。何番目かの課題だけはやり直しを避けたいと思うのであれば、事前に審判に申告してその課題が相手のUターンカードに指定されても、効力を無効化して次に進めます。もちろんその分、相手を邪魔するために使えるカードは減りますし、相手がその課題にUターンカードを仕掛けていないと防御は無駄に終わります。

 さらにもう一点。参加者はカードを仕込む前に、五つある課題の中から一つだけ内容を知ることができます。何番目の課題かを指定し、説明を聞いた上でカードを仕込めるのです。無論、相手が何番目の課題内容を聞いたのかは、その内容も含めて知らされません。


 この試合にはまだ特徴的なことがあります。クランマとキュール、恋人同士の戦いです。各人が課題の一つについての個別に説明を受けたところで、キュールが口を開きました。

「クランマさん、聞こえますか?」

「キュール君、何? 聞こえてるけど」

「僕は……死にたくありません。けど、クランマさんにも死んでほしくないです」

「同感だけど、わざと負けてくれるとかいう話じゃないなら、無駄話はやめた方がお互いにあとできつい思いを味わわなくて済むんじゃないかしら」

 年上のクランマのドライな反応に、観衆がどよめき、わきました。

「で、でも」

 若い方のキュールはあきらめきれないようです。こういうどろどろしたのが好きだという観衆も多少おり、声援や野次が飛んで盛り上がります。

「僕ら二人とも勝ち抜く確率を高める方法がある気がします。第一試合で残ったエドモントン。あいつに勝てる可能性が高いのは、僕とクランマさん、どちらだろうかって」

「どっちでも大差ないって」

「そんな」

 聞く耳を持たない態度に、情けない声を上げるキュール。

「キュール君! 分かってないみたいだからはっきり言っとく。八百長を持ち掛けてくるようなら、たとえ最終的に私達が勝ち抜けできたって、あなたとは別れるから。全身全霊を傾ける気概でこの勝負に集中しろっ。仮に負けたって悔いが残らないように!」

「――いいんですね?」

 キュールの声の調子が変わりました。それまでのおろおろした気配が消え、肝が据わった。人格まで変わったようで、ちょっと怖い。

「これで心置きなく戦えます」

 こうして覚醒?したキュールが選択したのは、後半に集中して疲れさせる作戦。最終課題をやり直しさせるのは仕組み上無理なので、その手前二つ分、四つ目と三つ目の課題を連続してやり直すよう、Uターンカードを貼りました。さらに都合のいいことに、彼が内容を聞いた課題は四番目なのですが、自分の体重と同じ重さの水を、たらいAからたらいBに移すという体力勝負の種目。これを二度続けてやらされるのは体重が軽い女性でもつらい。

 もちろん一枚分を防御に使うことも考えました。が、相手を確実に邪魔できる方がいいとの結論に達したようです。


 勝負が始まり最初に現れたのは、机とその上に載った細い首の瓶、平らな皿、二本の箸。そして皿にはいっぱいの豆。説明を読むと、箸を使って全ての豆を瓶に移せとのこと。

「いきなりいらいらするな」

 吐き捨てるキュール。彼は数粒入れた時点で、瓶を持ち上げようとしました。が、瓶および皿は机に固定され、びくともしません。舌打ちしたところをみると、瓶の口を机の縁すれすれまで持って来て、豆を運ぶ距離を最短にしたかったのでしょう。

「こういうの、クランマさんは得意?」

 キュールはわざと声を張りました。実際、細かい作業はクランマが遙かに得意です。それでもしゃべり掛けることで、わずかでも遅れさせようとの魂胆でした。

 塀の向こうから返事はありません。それどころか、向こう側が見えている観衆からの「おおー」という感嘆が聞こえ、逆にキュールの方が焦りを覚える始末です。

 くそっと叫び、作業に集中しますが、隣ではじきに足音がして、クランマが次の課題に向かうのが分かりました。

 二百粒の豆を素早く瓶に移せた秘密。それはまず彼女は事前に一番目の課題を教えてもらうことにし、策を考えてから臨めたこと。そして少々きたない戦法を採りました。きたないとは文字通りの意味で、二本の箸を思い切りねぶってから豆に当てたのです。水分で相当数の豆が張り付き、そのまま瓶の口まで持って行けばいいわけ。

 リードを奪ったクランマは続く第二課題、二枚のよく似た絵を見比べ、異なる点四つを見付ける競技も簡単にクリアし、三つ目に到達。

 一方、キュールは相手の三倍以上の時間を掛け、一つ目を突破。二つ目の台に辿り着いたはいいが、その裏にはUターンカードが。

「畜生っ」

 引き返したキュールは、焦りと怒りで手元を震えさせつつも、二度目で慣れたこともあり、一回目よりは若干早いタイムでクリア。二つ目の課題も、集中力が高まったのか、クランマとほぼ同タイムで解きました。

 クランマは三つ目でブレーキ。腕立て伏せと腹筋運動を各十回やってからなぞなぞ一問に正解でクリアですが、このなぞなぞが意地悪。一度じっくり考えないと引っ掛かりやすい問題で、誤答するとまた腕立て&腹筋です。それでも二度目のチャレンジで正解し、次の課題に向かいましたが……キュールの貼ったカードによって逆戻り。尤も、二つ続けてUターンを食らわなかった彼女にとって、残り二つの課題にカードが貼ってあることは予測済み。冷静さを保てています。

 この間に追いついたキュールもなぞなぞには苦戦し、体力的な有利を活かせず。第三課題クリアはほぼ同時でした。

 クランマは次が水を移す競技と知り、これも二回かとうんざり顔を見せるも、必死に取り組みます。キュールも残り一回のUターンがこの課題だと覚悟しています。

 ここで初めてリードを奪うキュール。極端な肥満でない限り、この種目、男が有利なのは当然です。一分ほどで片付けてキュールは次に向かいました。

 そして台の裏を覗き、首を傾げます。カードがなかったからです。

「クランマさん、一枚は防御に使ったが、空振りに終わったんだな」

 ほくそ笑んだキュールは最終課題の説明を読み、また首を傾げることに。“まちがい探し”と銘打たれ、二番目の課題と同じタッチの絵が二枚、並べてあるのです。クリア条件は、四箇所のまちがいを見付けることとなっています。

「同じ課題? 何で?」

 疑問が浮かぶも迷う時間が勿体ない。二枚の絵を前に、目を皿のようにするキュール。クランマが駆け付ける気配がしましたが、カードによってUターンです。

「クランマさんが来るまで最低でも三分はかかるはず。このアドバンテージを活かそう」と目安を立てたキュール。が、見付かりません。

「一つも見付からないなんて」

 頭を抱えた矢先、隣のコースで歓声です。クランマの再接近をひしひしと感じます。

「もう? まだ一分ちょっとだが?」

 クランマはここでも工夫していました。どうせUターンカードを食らうと察知していた彼女は一回目の際、移す先のたらいを台の上に載せてから始めたのです。こうしておけば二度目の挑戦のとき、台の上のたらいからすぐ下に置いた空のたらいに流し込むだけでいいのでは――そう期待しての行動でした。

 追い付かれたキュールでしたが、並ばれたと意識した瞬間、彼はこの日最高に集中し、頭は冴え渡ります。

 第二課題と何故そっくりなのか、違いは何か。最終課題だけわざわざ“まちがい探し”と銘打たれている理由は――彼は答を導き出しました。

 二枚の絵を改めて凝視し、「ま」「ち」「が」「い」と読める部分を鉛筆で丸く囲う。間違い探しではなく、「ま」「ち」「が」「い」を探せという問題だったのです。

 勝ちを確信し、ゴール目指してダッシュ。後ろめたさからか躓くも、転ぶことなくゴールラインを越えました。

「僕の勝ちだろ?」

 審判の顔を見るキュール。えらの張った男性審判は――首を横に振ったのです。

「な何がいけなかった?」

「第二課題の台をよく見るように」

 具体的に言われたものの、まだ分かりません。「第二課題はあれで合っているはず。台を見ろってことはカードに原因があるってことか」などと呟きながら、百六十メートルほどを突っ走ります。

 台の下に滑り込んだキュールは、カードをじっと見つめました。

「分からん。どうなってんだよ!」

 キュールは苛立ちから台を押し倒しました。ひっくり返った台の裏面が照らされます。

「うん? もしかして」

 彼が爪を使ってカードの縁をひっかくと、案外簡単に剥がれます。その下には。

「これか!」

 もう一枚のUターンカードがありました。キュールはあともう一回、第一課題をこなさねばなりません。一縷の望みを託し、スタート方向へ駆け出します。が、直後にわっと沸き上がる歓声が、彼の背中に届いたのでした。


 終

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四年に一度の祭典3 小石原淳 @koIshiara-Jun

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