3、灸
そんな生活が10年続いた。聖美はそれまでに大小100本近くの脚本を書き、さまざまなコンテストに出品していた。結果、1次選考を通過することがときどきあったが、それ以上先に進むことはなかった。一方で、農作業は老夫婦の手出しを必要としないほどに熟練していった。
10年田舎にいて、〈これで私にも『私の田舎』ができた。脚本家としての脚力も充分ついた〉と感じコンプレックスが解消されると、聖美は東京に戻ることを決意した。
老夫婦は悲しんだ。それ以上に、困ってしまった。すでに聖美が家業の主力となっており、自分たちは老いて仕事ができなくなる一方だったからだ。聖美は、「忙しいとっきどが、ちょくちょく手伝でえに来っから~。しんぺえすんな~」と二人の肩を叩き、励ました。
一方で両親は歓喜に溢れていた。嫁にも行かず30過ぎまで田舎にホームステイしている、何を考えているのかわからない我が
東京駅の改札を抜けると、両親が待っていた。
「おかえり!」父親が目を潤ませて言った。
「よく帰ってきたわね」母親はすでに涙を流していた。
「やだあ、泣かないでよ~」
聖美はまるで、二人の保護者のように優しく気丈な笑みを見せて、肩を撫でながら二人を慰めた。
「もうじゅうぶん田舎で鍛えられた。ホント、行って良かった。でもあとはずっと、東京にいるつもり」
「そうか……東京に、Uターンだな――」父親がしみじみ言った。
「ああ――、言われてみっと……、んだな! そんだらパターンっちゃ、珍しいわな。地方にでねえぐ、東京にUターンっちゃな。ハハ! けっさぐ(傑作)だ。 ハハハハ!」
(…………)両親は、聖美の突然の訛りに驚いてしまった。だが、長いこと田舎にいたのだから当然だろうと、顔を見合わせてうなずきあった。
「そう言えば――、父さん母さん、大事なこと言ってなかったね」
「な、何だ? 大事なことって?」父親は不安に
「東京には戻っても、脚本は書いていくつもり。いいよね?」
「ああ、もちろんいいよ。それは聖美の大事な夢だからね」
「ありがとう!」
両親は
「それともう一つ、新しい大きな夢ができたの!」聖美は目を輝かせて言った。
「新しい夢?」
「楽しみだな。言ってみろ」
「オラ、銭コァ貯めで、銀座でベコ飼うだ!!」
(ア)
もとい(了)
都会っ子聖美の夢 ひろみつ,hiromitsu @franz
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