Uターン禁止

冬野ゆな

第1話

 懐中電灯の光を当てると、見慣れたものが視界に入った。


「なんだこれ」


 トンネルの真ん中に設置された「Uターン禁止」。

 それを見上げて呟いた俺の声は、予想以上にトンネルに響いた。


 トンネルの壁はところどころ削れていたり、スプレー缶の落書きに溢れている。

 そもそもどうしてそんなトンネルの中に生身で突っ立っているかというと、まあご多分に漏れず、肝試しというやつだ。


「なんだ、ただの標識じゃねぇか!」


 一緒に来た相沢が声をあげた。


「そんなんよりもっといいもの見つけてくれよ。幽霊とかさ」

「幽霊なあ……」


 俺はいまいち気乗りしなかった。寒いし暗いし、いい加減腹も減ってきた。帰ってどこかで温かいものでも食いたい気分なのだ。それに、どこかで引っかけたのか、Tシャツにも汚れがついてしまっている。

 もう一人の仲間である稲辺も、スマホを片手に動画を撮っているが、これといったものは見つからないようだ。


「ま、編集してたら色々見つかるってのはあるしなあ」


 動画なんて撮っても、今はテレビに投稿しようなんていうのは稀。

 YouTubeなんていう便利なものがあるし、他の動画サイトもぼちぼちこうした目玉映像をほしがっている頃なんじゃなかろうか。


「こっちを見てる顔とか?」と俺。

「そうそう、こうやって会話してたら、いないはずの四人目がいたとかさ。いないはずの女がいたとか」

「はあ、なるほどなあ」

「おい、お前ら、どうでもいいから何か無いか探せって!」


 話していると、相沢の怒りを買ってしまった。


「何かって言ってもなあ。相沢は何を見つけたいんだ?」

「そりゃ……いろいろだよ。花が供えてあるとか、変な扉があるとか」

「無いだろ……」


 確かにこのトンネルは『出る』とか『オバケトンネル』として地元じゃ有名だ。人が消えるって噂まである。だけど具体的に何が起きるのかはわからない。とにかく怖い、ということだけが先行しているのだ。

 それに確かにここは旧トンネルでだが、ちゃんと普通の道に通じている。少し遠回りになっているというだけで、昔はこっちのほうがトンネルを作りやすかったと、それだけの理由だ。

 だいたい、新トンネルのほうが道がまっすぐ続いているので通りやすい。たまにUターンして戻ろうとしたり、煽ってくるようなタチの悪い輩もいるが、そんなのはどこにでもいるだろう。

 この旧トンネルの先だって、行き止まりでもなければ、面白そうな廃村に通じているわけでもないのだ。そういうわけで、怖いとか不気味とかいうのは雰囲気だけ。俺はまったく気が乗らないのだ。


「しかしなんにも無いなー」

「クソッ、やっぱり稲辺の動画に期待するしかねぇか」

「Uターン禁止らしいぞ」


 俺が言うと、二人は爆笑しながら来た道を戻り始めた。

 怖い空気などみじんも感じない。


「禁止もなにも、車に乗ってねぇしな」


 言えている。

 俺もその後ろをついて歩き出し、適当に喋りながらだらだらと道を戻った。来た時と似た景色が目の前に広がっている。相沢はもっと地蔵だの花だのあったり、あきらかにおかしな染みとかがあるのを期待していたらしく、それでも不平たらたらだった。

 もうこの際怖い話でもしながら帰るか、とまで稲辺が言い出すと、俺たちは爆笑した。それくらいやったほうがいいのかもしれない。そうやって話しながらしばらく歩いていたのだが、不意に奇妙なことに気が付いた。

 いつまで歩いても出口につかない。


「なあ、俺たちってこんなに歩いて来てたっけか?」

「……い、いや。小さいトンネルだから、歩いたってそこそこだぞ」


 立ち止まって後ろを見る。

 懐中電灯で照らしても、暗闇があるだけだ。三人ともが黙り込んだ。


「……とっとと帰ろうぜ。気味が悪い……」


 また、入り口に向かって歩き出す。

 だが、行けども行けども出口にたどり着かない。だんだんと口数も少なくなっていく。これはまずいんじゃないか。もう来た時よりも長い時間歩いているような気がする。


「お、俺たちってどっちから来たっけか」

「ほら、Uターン禁止の看板があったろ。あそこまで行けばわかるんじゃないのか」

「看板って言ったって……」


 相沢の目線が上を向いた。思わず俺も懐中電灯を上に向ける。明かりに看板が照らされる。Uターン禁止の看板だ。

 その奥にもUターン禁止の看板があった。

 その更に奥にも、Uターン禁止の看板。

 その更に更に奥にも、Uターン禁止の看板が延々と並んでいた。


「嘘だろ」


 俺は言うと、走り出した。


「ま、待てよお!」


 後ろから声が聞こえる。もうどっちに走っているのかもわからなかった。とにかく走り続ければ、どちらかの出口にはつくはずだ。だがどれだけ走っても、出口は見えてこなかった。

 延々と。

 永遠に。

 どれだけ走ったのか、どこまで走ったのか、どれほどの時間が流れたのかもわからなくなったころ、俺は懐中電灯片手にトンネルの中を歩いていた。

 しばらく行ったところで懐中電灯の光を当てると、見慣れたものが視界に入った。


「なんだこれ」

 

 トンネルの真ん中に設置された「Uターン禁止」。

 それを見上げて呟いた俺の声は、予想以上にトンネルに響いた。







「うわっ、あんなとこに車とめてある」

「ホントだ~」


 トンネル前の山林付近にとめられた車を見ながら、女性は旧トンネルへ車を走らせる。助手席の女性も視線を走らせると、上にはずいぶんと木の葉が落ちている。きっと放置されたものなのだろう。


「ってかこんな道あったんだね」

「いいでしょ~。ここのトンネルって出るって噂あるけどね」

「嘘っ、どんな? そんなところ入らないでよ!」

「なんか人が消えるって噂があるけど。でもこっち側って、トンネルで急にUターンしてくるようなタチの悪いのもいないし。遠回りだけど走りやすいんだよね。ああほら、もうすぐ出口だし」


 明るい日差しが差し込み、女性の車は旧トンネルから去っていった。

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