戻りたいあの頃へ

yurihana

第1話

妹が死んだ。

塾から帰ってくるまでの間にトラックにひかれた。

フラフラと歩く。

平衡感覚がなくなりそうだ。

母親が三年前に他界して、俺と妹は父親一人に育てられた。

父さんは会社勤めで忙しかったから、妹の面倒はもちろん俺がみたし、家事だってほとんど俺がやった。

父さんは普通のサラリーマンだから、年収もそんなに高くなくて日々の生活は大変だった。

それでも俺が毎日頑張ることができたのは、妹の由美ゆみのお陰だった。


どうして由美なんだ……。


悔しくて悲しくて、俺はうずくまった。


「後悔していませんかー?

Uターンしたい過去はありませんかー?」


窓の外から声が聞こえる。

石焼き芋を売るような口調で、たんたんと声は発せられている。

「後悔していませんかー?

Uターンしたい過去はありませんかー?」


後悔……?

してるに決まっている。

俺がそばにいれば、由美を助けることができた。

俺は外に出て、声のする方へ向かった。

古い屋台を見つける。そこから例の声が発せられていた。

「後悔がある!」

俺は開口一番そういった。

屋台にいるお爺さんがこっちを向いた。

「なぜ後悔しているんですかい?」

俺は由美の事故のことを話した。

「………だから、俺が近くにいれば……!」

「ほうほう。分かりやした。

過去へUターンしましょうか?」

お爺さんは、赤い塊を取り出した。

心臓のような形をしている。

「これはあんたの心臓の一部。

こっちも商売だからなぁ。

代金はあんたの寿命の一部さ」

寿命……。

いや、問題ない!俺は由美を救いたいんだ!

そのお爺さんを疑うことを俺は忘れていた。

俺はすがるように返事をした。

「分かった。俺の寿命を渡そう」

「んじゃ簡単な説明を。

今からあんたは過去に戻るが、基本的に他人の行動は変えられないようになってる。

だから、あんたの妹をひいたトラックは、どう転んでも事故を起こすのさ。

妹が助かる確率は五分五分。

それでもやるかい?」

「ああ」

俺の決心は揺るがない。1%でも確率があるなら、それに賭けるまでだ。

「後悔を失くすために、後悔をしませんかい?」

試すようにお爺さんは俺を見た。

「大丈夫だ」

「はーい」

お爺さんは俺の心臓を潰した。

目眩がして、ふらりと倒れる。

前が……よく見えない。


気がつくと、俺は自分の部屋にいた。

慌てて時計を見ると、由美が事故に会う三十分前。

これなら間に合う!

俺は急いで家を出た。


自転車をとばして角を曲がる。

その時だった。

「えっ?

眩し……」

目の前にトラックが見えた気がした。

次の瞬間、ドンッ、と衝撃が俺を襲った。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

「ん?」

目を覚ますと、真っ白な天井が見えた。

傍らには、由美。

「由美、無事だったんだな!」

俺は嬉しくて体を起こす。

激痛が俺を襲った。

「お兄ちゃん、無理しないで!

トラックにひかれたんだよ?覚えてる?」

……確か意識がなくなる前にトラックが見えた気がする。

それで、由美が生きてるってことは……俺をひいたトラックは由美をひくはずのものだったのか。

体を動かしてみて気がつく。

右足がない。

俺はお爺さんの言った言葉を思い出した。

『後悔を失くすために、後悔しませんかい?』

俺は誰へともなく笑う。自信をもって俺は答えた。

「ああ、後悔なんてしてないよ」


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