第32話 アピウス街道 ネルン湖

 一通り宴も終わり、続いて衣服の採寸などがあった。フリッツさんが王都でのパーティー用に俺の礼服やセリア、シトラスのドレスをプレゼントしてくれるらしい。

 なんでも学園に入れば学園内での舞踏会もあるし、準男爵であるベリンジャー家や、まだ直接挨拶はできてないけどフランの実家であるアンデルス男爵家とも縁ができた都合、なにかと貴族と付き合いもできるだろうとのことだった。

 貴族の集まりは、平民でも懇意にしてる者を呼べることがある。そういった時用の服は必要だということだ。


 明日は早めに立つことにしているため、採寸が終わってからは外出せず、そのまま休むことにした。ベリンジャー商会館にあるゲスト用の寝室を一人一人に寝室を充ててくれたので久しぶりに一人で寝ることに。ただ、シトラスは一人で寝るのが嫌だったみたいで、結局セリアと寝たらしい。


 どうも寝付けず一人で天井を見つめてると、本当に自分は Trackトラック・ Starスター・ Onlineオンラインそっくりの異世界で生きてるんだなと物思いにふけってしまう。いや、もしかしたら、トラスタの世界自体がVRMMORPGではなく、異世界だったのではないか、とすら思っている。


 副商会頭のバジリオさんの印象はとても良い人だった。だけども、今冷静になって考えると人が良すぎる人というのは何か怖い。それを言ってしまえばあれこれ面倒をみてくれるフリッツもさんも人が良いのだが、それとは違う、これは直感的なものだが、あの人には何かありそうな気がする。それがプラスなことなのか、マイナスなことなのか分からない。


 先程、俺の寝室とセリア、シトラスの寝室には『いつでもマモルくん2 お部屋ver』を設置した。以前、ギルドの宿部屋でチンピラを撃退した防犯装置だ。招待されて泊まっている部屋とは言え、防犯は冒険者の基本。トラスタのゲーム時代も、一見親切にもてなされて急襲されるというイベントがあったくらいだ。

 その時、不自然に思った。なぜフリッツさんはベリンジャー商会という大規模な商会を持っていながら、商隊に高度な防犯装置を施していなかったのか? 護衛がいるから大丈夫だと思ったのか。どうしても気にかかるのだ。バジリオさんが帰還したのも、俺らが戻ってから半日経たない程度だ。雑木林まで引き込まれるくらいの争いがありながら、彼がほぼ無傷で、あの早さで戻ってくる。違和感が拭えない。


 あぁクソ。他の主人公最強異世界転生だったら、既にゲームシナリオ攻略してて怪しいやつとか、危ないイベントとか事前に分かるのに……。


 とりあえず警戒だけしておこう。フリッツさんにはお世話になったし、あらかじめ万が一のための保険をかけておこう。


 そんな事を考えながら、眠りについた。





 明朝、俺らは玄関ホールに隣接したラウンジで出発の準備をしていた。


「今日はアピアス街道沿いのネルン湖を越えるんだが、行き方については街を出てから説明する」


「ネルン湖! アピアス街道でも有名な、かつて火山の噴火でできた湖ですね」


「どれくらい昔の話なんだか知らないがな。開けた湖かと思えば、一部はせまくなっていて岩肌も出ている。そのせいもあって大型船は通行できなかったり、交通の要所ではあるんだが、何かと大変なとこだ。迂回路もあるんだが、西側は例の『ヘルクラネス古代遺跡』へ続く洞窟上部にある沼地が近く、東側は隣国イターリル帝国が近いから、余程のことが無い限り湖を通る」


 セリアにネルン湖について解説するが、シトラスは興味が無いのかうとうとしている。


「国境沿いは危険なんですか?」


「現在、イタリール帝国と我が国は小競り合いをしております」


 俺たちが起きたことを使用人から聞いたのか、フリッツさんがラウンジへやってきた。


「我が商会もイタリール帝国内とは取引があるので色々耳にすることもありますが、この様子だと……」


「休戦条約が破られて戦争が始まってもおかしくありませんな」


 フリッツさんの言葉にいつの間にかやってきたのか、バジリオさんが言葉を続ける。


「バジリオさんもイタリール帝国についてお詳しいのですか?」


 セリアが伺うと、バジリオさんは一瞬険しい表情を見せたような気がした。


「私は幼き頃からベリンジャー商会にお世話になっている身、周辺諸国と語学に関しては人一倍学び、そして商会内の外交を担っています。当然、イタリール帝国についてもできる限り学び、最新の情勢を把握することに努めています。それと、ネルン湖を渡る際には決して東側から迂回しないように。最近は行方不明者が多いと聞きます」


「なるほど、バジリオさん、ありがとうございます。ところでペトラさんは?」


 ベリンジャー商会使用人のドジっ娘メイド ペトラさんは、俺たちの使用人になるという話が昨日決まったが見当たらない。


「あぁ、彼女であれば、まだこちらを出るための支度や手続きが終わっておりません。まぁなんせ、お役所へ一度手続きをしなければならず。来週には追って王都に行かせますので、それまではお待ちを」


 フリッツさんは周りを見渡す。本当はペトラさんが一回挨拶に来る予定だったのだろう。見当たらない所を見ると、寝坊したのか、またどこかでずっこけているのか。


「そういえばペトラさんの事でちょっと話したいことがありまして、フリッツさん奥へ良いでしょうか。ちょっと彼女の身の上、二人きりで話したくて」


「えぇ、分かりました」


 ラウンジから続く小さなライブラリールームへ二人で入り、扉を締める。ちょうど良かった、保険について話しておこう。





「テ、テイル様。一週間後、王都の宿泊先へお伺いしますので、そ、その、宜しくお願いします」


 ライブラリールームから戻り、そのまま玄関ホールでベリンジャー商会の皆さんに挨拶をしていると、最後の最後でペトラさんが慌ててやってきた。室内を走らないようにメイド長へ叱られながら。


「えぇ、ペトラさん、お待ちしております。フリッツさん、バジリオさん、お世話になりました。ルッツ君もまた、学園入学の頃に」


 ルッツ君は柱の影に隠れてしまっている。ベリンジャー商会の跡取りなんだからしっかりしなくちゃと思うのだが、どうも年齢の割りに幼さの残る子だなという印象だ。



『商業都市プリア』を出てから歩いて1時間、ネルン湖が見えてきた。朝焼けだろうか。どうも地球と比べて日の輝きが強いように見える。


「あそこの辺りが狭くなってるだろう。この湖が所々いびつな形になってるんだ。本来なら乗り合い馬車と渡し船を使って渡るところなんだが、実はここにも『大賢者様の転送魔法陣』があるんだ」


 これもトラスタでは有名なバグで、『1フレームバグで湖渡り』と呼ばれていた。


「シトラス、この転移は少々難しいからできる限り少人数で行いたい。一旦送還してもいいか?」


「分かった」


 シトラスはまだマップ転移バグを経験させたことがない。テイムしたモンスターという特殊条件下でどれくらいのバグ技が使えるのかも不明なため、一度送還させておくことにする。

 ちなみにテイムしたモンスターを送還させると、次元番号40番という亜空間へ飛ばされるらしい。アイテムの収納は次元番号42番、正規の転移魔法では次元番号39番を使用する。

 この世界とリンクする亜空間内に、さらに次元番号ごとに世界が分かれてると言われているが、この世界ではその道の専門家でも一握りしか理解できていないそうだ。理解できないが使えているから気にしない、というのがトラスタ世界の住人なのだ。


「セリア、もう少し端の方、水辺のほとりに行こう」



 少し不安そうな表情を見せるセリアの手を引き、俺達は『1フレームバグで湖渡り』に挑む。

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第2の人生は異世界でバグを楽しむ 我孫子(あびこ) @abiko_

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