最高のお祭りは中止とし、最高のお祭りを行うことが可決された。

小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ

謎のメッセージ

 『最高のお祭りは中止とし、最高のお祭りを行うことが可決された。今すぐ理事長室まで来ること。詳細はその場で伝える』

 担任教師から手渡された紙切れにはそのように書かれていた。

 祭りは中止になったのかそうではないのか。意図の分からない文面に、柴田は頭を悩ませていた。

「柴田君、どうしたの? 体調悪いのかな?」

 クラスメイトの金城かねしろが彼に声をかけてきた。

「だったら私が保健室に」「いやアタシが」「いやいやウチが!」

 いつの間にか柴田の周りに女子が集まってきた。

「ありがとう金城さん。でも大丈夫だ、気にしないでくれ。みんな、不要不急の外出は控えてまっすぐ家に帰るんだよ」

 金城たちは「はーい!」と素直に答えた。数分前に担任教師から同じことを言われたときはぶーぶーと文句を垂れていた彼女らだが、相手が変わるだけでこの手のひらの返しよう。

 なにせ、柴田は高校一年生にして次期生徒会長の呼び声も高い男子なのだ。その人気は校内に知れ渡っている。

 眉目秀麗にして学業優秀。誰に対しても分け隔てなく接する人当たりの良さは折り紙付きである。

 以前から理事長とも懇意にしていた柴田ではあるが、この謎の呼び出しには不可解なものを覚えずにはいられなかった。




「おお柴田! よく来たな! まあそこ座りぃや!」

 理事長室に来た柴田は、言われるがままクッション付きの椅子に座った。すると「ぶびゅぅぅううう!」と異音が鳴り響いた。

「屁や! 屁ぇ出しよった! 一緒に『実』も出とらんとええがな! ガハハハハハ!」

「……相変わらずご冗談がお好きなんですね」

 ブーブークッションの罠に引っかかった柴田は、苦笑いを浮かべながら本題に入った。

「それで、お話というのは?」

「せやった、まずは『春場祭はるばまつり』について話せなあかん」

 春場祭りとは、この春場はるば高校設立時から一貫して行われてきた学校祭のことである。通常、学校祭は秋頃に行われるのが一般的だが、ここ春場高校では十月と三月の二回にわたって開催されている。

 春場祭りには、毎年テーマが設定される。今年のテーマは「最高のお祭り」だった。それに見合う春場祭りにしようと学生たちはみな張り切っていたのだが、一ヶ月前に思わぬ出来事が起こった。

 世界規模で未知のウイルスが蔓延し始めたのだ。国内でも感染者が確認され、その数は日に日に増える一方だった。

 そういった事情を鑑みた結果、数日前に春場高校の臨時休校が決まった。春場祭りもあえなく中止となったのだった。

「祭りを楽しみにしていた学生たちには、ホンマ申し訳ないことをしたと思っとる」

「そんな、理事長が責任を覚える必要などありませんよ。こんなこと、誰も予想だにしなかったのですから」

「でもなあ。春場祭りはこの高校の歴史そのものなんや。高校設立時から一度も休まずにやってきた行事なんやからな。ウイルスだのなんだの、わけのわからん理由で中止になんぞしたくないんや」

「はあ……。それが、例の紙切れに書いてあったメッセージに繋がってくるわけですか?」

「せや! さすがは柴田、話が早くて助かるわ! 最高のお祭りが中止になってもな、別の形で最高の祭りをやればええっちゅう話や!」

 理事長の性格をよく知る彼は薄々感づいていた。その恐ろしく下らない思いつきに。

「理事長、まさか本気なんですか?」

「ガハハハ! ワシャ一度決めたことは何があってもやらな気が済まんタチでな!」

 そう言って、理事長は柴田の方をポンと叩き、こう言った。

「それじゃあ、今年の春場祭りはお前に一任するで! 『柴田最高しばたもだか』くん?」




 三月三日。世間的にはひな祭りの日ではあるが、柴田はたった一人で春場高校に訪れていた。第五十回春場祭りのテーマ「最高もだかのお祭り」を達成するために。

 理事長からは「春場祭りの日に、一人で校内に居てもらうだけでええ。それでお題目は満たされるからな」と言われていた。

 「一人で暇やったら、校内中のガラスを割って暴れ回ったってええで! 何せ今年の春場祭りはお前一人のオンステージなんやからな! 何やったってワシが許す!」とも言っていたが、どうにも怪しい。柴田は「あの理事長のことだ、どこかにおかしな仕掛けがあるに違いない」と、校内をくまなく調査して回った。

 五時間もかけて探索をした結果、校内には本当に誰一人として居ないことが判明した。

 柴田は大きく深呼吸をし、そして。

 おもむろに学生ズボンを脱ぎ始めた。ズボンの下には最初から何も履いていなかった。

「春場祭りサイッコォォオオオオオ!!」

 奇声をあげながら下半身丸だしで全力疾走する柴田。風とナニが触れ合う感触をひとしきり楽んでいる彼の表情は恍惚に満ちていた。

 柴田は唐突に狂人と化したのか? いいや違う。これには理由があった。

 柴田は常日頃から「完璧な男子学生」として振る舞うことに腐心している。だがそれに伴うストレスは尋常ならざるものがあった。そのため、彼独自の方法でストレスを発散する必要があった。

 ノーパン登校やブラジャーを装着したままでの出席をはじめ、わざとトイレを流さない、用を足しても手を洗わないなどといった行為に興奮を覚えていたのだ。密かにそういったことを行うことが、柴田の息抜きとなっていた。

 そして今日は『最高もだかのお祭り』。校内には誰も居ない。理事長のお墨付きもある。であれば、今日一日は何をしようが咎められることなどあるはずがない! 柴田はそう確信した。

 ブラジャーと靴下のみを装着した変態スタイルのまま、柴田は王様のように校内を練り歩き始めた。




 職員室に入った柴田は、体育の受け持ちの教師の席に座った。その教師は女子生徒にはひたすら甘く、男子生徒には無駄に厳しいという評判の悪い男だった。

「コイツ、パソコンにロックかけてねえぞ。これだから脳筋はダメなんだよなあ。あっ、この野郎隠れてアダルトサイトなんて見てるのか! 仕事しろよ馬鹿」

 柴田は、なんのためらいもなくアダルトサイトを巡回した履歴ログのデータを職員用の共用サーバーにアップした。

「これであいつも学校に来れなくなるだろ」

 その後の柴田も縦横無尽に暴れまくった。

 女子生徒に色目ばかり使う世界史教師のパソコンを初期化したり、体臭のキツい英語教師の席にトイレ用の洗剤をぶちまけて殺菌したりした。

「よっしゃ、一日一善ってなぁこのことだな! いいことやったあとは気分がいいや!」




 次なる目的地は女子更衣室だった。誰も居ない女子更衣室に価値などない、と言うのは素人の考えだと柴田は考えていた。

 現在、柴田はブラジャーと靴下のみという常軌を逸した装いである。柴田は身体に「しな」を作りながら、恥ずかしげにブラジャーを付けたり外したりを繰り返していた。

「ああ、これが女子生徒の感覚……!? 女子はこのようにして衣服を着脱しているのか……!! なんという神秘! なんという境地!」

 柴田は己が想像のみで、三度も絶頂に達した。




 学食の厨房に侵入した柴田は、備蓄してあったカレーを湯煎して腹ごしらえをした。あとついでに麩の入ったパックすべてに一個ずつ消しゴムを混ぜるという地味な嫌がらせを施した。「ロシアン麩ルーレットってのもオツなもんだろ?」と、柴田は上機嫌だ。

 しかし、腹は満たされたはずなのに柴田の腹部から「ぎゅるるるる」と音が鳴った。これは空腹によるものではない。

「カレーを食って思いついた。さて、今日一番の祭りと行きますかね!」




 理事長室に着いた柴田は、ほぼ全裸の格好のまま豪奢な大理石の机の上に飛び乗った。

「あのクソ理事長、いつもいつもくだらねえ冗談ばかり言いやがって。あと関西弁なのが苛つくんだよ」

 柴田は机の上でしゃがみ込んだ。「ぶびゅぅうう」と音がしたが、椅子に置かれたブーブークッションによるものではない。とはいえ、まだ未遂である。だが時間の問題だった。

「でも今日だけは感謝してやるよ。俺のためだけにこんな祭りを用意してくれたんだからな! そらっ、これが感謝の印だあああ!」

 こうして柴田の臀部から最低最悪の「印」が放出され、理事長室はかつてない大惨事を迎えたのだった。




「せっかくの休みだってのにどこも行けないなんてマジだるくない? ずっと家に居たら干からびちゃいそう」

 柴田のクラスメイトの金城が、ため息をつきながら友達と電話をしていた。

「カネちゃん、でも今日はアレじゃなかったっけ?『最高もだかのお祭り』の日。もう始まってると思うよ」

「忘れてた! ゴメン切るね!」

 金城はスマホを操作し、指定されたサイトにアクセスした。

「あの柴田君を一日中ライブ中継で覗き見れるなんて、今年の春場祭りはホント最高ね」

 これこそが今年の春場祭りのキモ。「柴田最高の無観客ライブ」である。

 校内に仕掛けられた無数の超小型カメラを通して、生徒たちは柴田の動向を余すことなく観察できるという仕組みだ。無論、柴田以外の全校生徒にはこのことが周知されている。

「柴田君、一人で何やってるのかな? 教室の隅っこで寂しがってたらちょっと可愛いかも」

 そんなことを考えているうち、金城のスマホの画面が切り替わった。

 大きく映し出されたのは、豪華そうな机だった。

「ここには柴田君居ないのかな。でも……なんだろアレ。机の上に、誰かの足があるような」

 それから数秒後。

 金城は、一生残るようなトラウマを植え付けられたのだった。

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最高のお祭りは中止とし、最高のお祭りを行うことが可決された。 小嶋ハッタヤ@夏の夕暮れ @F-B

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