ぬらり神社の不思議なお祭り

関口 ジュリエッタ

第1話 妖怪神社、輝の思い出

 入道雲が浮かぶ気持ちのいい青空で、一人の男性がキャリーバックを引いて家もまばらな緑豊かな町を歩いている。

 少年の名は梁神輝やながみてる一端いっぱしの社会人で都会に暮らしていたが、お盆休みに入り、輝が昔住んでいた身寄りの無い子供が住む施設に向かっていた。

 輝は両親や親戚などいなく、ゆいつ妹の飛鳥あすかしかいない。

 両親が事故で亡くなり親戚もいない為、輝と飛鳥は近所にあった施設で暮らすことになったのだ。

 その時、二人で助け合おうと約束をしていたが、子供の頃の輝はかなりの人見知りで、毎日のように園長に甘えていた頼りない兄だった。

 そんな兄と違って飛鳥は大人びた性格で施設では頼りになる存在になっていた。

 そんな飛鳥に急にお盆ぐらい帰ってこい、と呼び出されて仕方なくこっちに戻ってきた。

 飛鳥は今、施設の社員として園長先生と一緒に身寄りの無い子供達の面倒を見て生活をしている。

 熱い中、田んぼしかない小道を歩いていると、見覚えのある大きな森が見えてきた。

 その森を見た途端、輝の脳裏にふと昔の記憶が蘇る。そう、昔の弱かった自分を変えてくれた大恩人のことを……。




 小学四年生だった輝は妹の飛鳥に内緒で一人、近所にある森へとカブトムシを捕りに出かけた。

 その日は天気が良く、怖がりな輝でも入ることができた。

 今は学校が夏休みの為、思う存分羽を伸ばせる。伸ばせすぎて飛鳥にはコテンパンに怒られるが、カブトムシを取るのは毎日の日課になっているからだ。

 立ち並ぶ木々を入念に見渡す。古い大樹をのぞき込んでもカブトムシのいる気配は感じられない。

 この森で一度、平均より二倍ぐらいの超巨大なカブトムシが取れたことがあったのだ。

 だが、いつも輝をいじめている同年代のひろしに盗られてしまったのだ。そのせいで、また大物カブトムシを捕りに来る羽目になった。

 しかし一向にカブトムシ自体がいない。仕方が無いと諦めたとき、何やら森の奥から大勢の人の声が聞こえてきた。

 この場所ではよく聞こえない為、声の方へと向かう。

 歩いていると、目の前に大きく古ぼけた神社が見え、そこに大勢の人影が見えた。が、よくよく見ると

 恐る恐る木陰に顔を少しだしてのぞこうと、輝は驚愕きょうがくして腰を抜かした。

 周りにいたのは、UMA――嫌違う魔物に近い生物、だが見た目が人型の者もいる。

 もしバレたら殺されると思った輝は、ここから逃走しようと立ち上がり駆け出そうとしたとき、悲劇が起きた。


「なんだ? おまえ……もしかして人間?」

(――しまった見つかった!)


 そのまま振り向かずに駆けだしたが、相手に肩を掴まれてそのまま担がれ、妖怪どものいる中に放り投げ出された。

 地面に叩き付けられた輝は頭に手を当て、周りを見渡すとコンクリートでできた四角く巨大な化け物や、ご老人がザルで小豆を洗っている姿、見た目が傘だが目が一つと柄が人間の足になっている化け物。

 間違いないここにいるのはUMAではない、

 気付いたところでどうにもならない。輝はこのままここにいる妖怪達に喰われると小動物のようにブルブル怯えてしまう。

 妖怪達に囲まれていると輝の目の前に、一人のほこり臭そうな着物を着たご老人がやって来た。

 見た目がただのご老人かと思ったが、後頭部が人間より少し長く伸びていた。


「なあ、坊主。ここで何をしていた?」


 ドスのきいた低い声に怯えて、言葉を返したいが金魚のように口をパクパクさせるだけで声音せいおんが出せない。


「なあ、ぬらりひょん様。このままこいつがずっと黙りぱっなしだったら、喰っちまおうぜ」


 すると、周りの妖怪達も続いて賛否の声を上げる。


「そうだな喰っちまおうぜ」「そうだそうだ。鍋に入れて喰おうぜ」「――いや生でそのまま喰うべ」


 至る所から恐ろしい声が聞こえ、輝は両耳を手で隠し遮断しゃだんする。が、今度は脳から妖怪達の声が伝わってくる。


『早く訳を話さないと、ここにいる妖怪達が貴様を骨まで残さず喰い尽くすぞ!』


 声を張り上げて脳に直接掛けてくるぬらりひょんに、咄嗟にこの森に来た理由を説明した。


「わかりました話します! ここに来た理由はカブトムシを捕りに来ました。ごめんなさい!」

「なに! カブトムシだと!」

「ごめんなさい! もうここの森には来ません! だから僕を食べないでください!」


 土下座して深く謝罪した。しかし、次の瞬間、輝は腰を抜かして拍子抜けした。

「……ぷっ……ぷっはっはっはっはっはっはっはっ! いや~ガキをからかうのも面白いな!」


 ぬらりひょんが笑い出すと、周りの妖怪達もつられて笑い出した。


「…………へっ? どういうこと?」


 ぬらりひょんの発言に輝は小首を傾げる。


「ほんと、ぬらりひょん様は大人げない」


 赤い角を生やした鬼が、ぬらりひょんに言葉を掛ける。


「久しぶりの人間だぞ。しかも子供のな。からかわなければ勿体ないではない」

「……あの~、ひょっとして僕を食べるというのは……嘘だった、ていうことですか?」


 するとぬらりひょんは輝の頭を優しく撫でた。


「当たり前じゃ。ワシは人を殺める妖怪ではない。それにここにいる妖怪達も見た目が悪いが人間を襲わないから安心しなさい」


 まだ警戒は取れないが、一応ホッと輝は安堵あんどした

「ところで坊主。確かカブトムシを捕りに来たと言っていたな」

「……はい、そうですが」

「よし! 八咫烏やたがらす、それにカラス天狗てんぐ、こっちに来い」


 すると、ぬらりひょんは口を開けて妖怪達を呼び始ると、三本の足が生えた黒いカラスの妖怪八咫烏と、カラスの頭をして背中には黒いカラスの羽を生やし、大柄で白い山伏やまぶしの衣装をし、葉の団扇うちわと鉄の下駄をいた妖怪カラス天狗が空中から舞い降りて来た。


「お呼びですか、ぬらりひょん様」カラス天狗は頭を下げて話す。

「ご命令をクゥア」八咫烏も続けて話した。

「うむ。そなた達にカブトムシを捕ってきてもらいたい。できるな?」

「「かしこ参りました(クゥア)」」


 輝の虫かごをぬらりひょんが手に取って、それをカラス天狗に手渡し、二体は一瞬にして空高くへと飛び立った。


「よし!今日は年に一度の最高の祭りじゃ。存分に楽しむぞ! それと坊主。お前も一緒に遊んでいけ」

「いいんですか!?」


 輝は目をダイヤモンドのように輝かせながら、ぬらりひょんを見つめる。


「ほんとは妖怪パスを持っている者しか参加できないんじゃが、今回は特別じゃ。――ほれアレを見てみろ」


 指の差す方へ目を向けると、数々の屋台が並んでいた。

 綿飴、リンゴ飴、たこ焼きなど。

 興奮を隠せないでいた輝だったが急に顔をうつむきだし、気になった様子でぬらりひょんが訊ねる。


「どうした坊主。急にしょんぼりして?」

「僕……お金持ってない」

「ここの屋台は金なんて取らんから安心しろ」

「じゃあ思う存分食べて遊んでもいいの!?」

「ああ、勿論。それじゃワシと屋台を回ろう」


 ぬらりひょんと手を繋いで妖怪達の屋台を満喫するのだった。

 生まれて初めて妹以外とお祭りに行くのが初めてな為、とても浮かれていた。

 両手に持ちきれないほどの食べ物を担いで妖怪達が集まっている広場に腰を落とす。


「ねえ、ぬらりひょん様はここの神様なんですか?」


 ぬらりひょんは暖かい笑顔で輝に話した。


「ここは元々私が住んでいたところではなく、私の友人が住んでいた所なんだ。私の友人はとても大きい大蛇だいじゃでここの地域を守る氏神うじがみだったのじゃ。けれども徐々に人々の信仰しんこうが薄れていき、やがて誰も来ず、友人は役目を果たして消滅してしまったのじゃよ。それでワシがここの主になったということじゃ」

「そうなんですか。悲しいことを思い出させて、ごめんなさい」

「いいんだよ。今はこうやって、他の妖怪達と仲良く祭りを開いて楽しくやっているのだから。それに、坊主とも出会えてワシは嬉しいよ」

「僕もぬらりひょん様に出会えて嬉しいよ。僕も両親がいなくて、妹と一緒に施設に暮らしているんだ」

「そうだったのか……坊主も苦労してきたんだな」


 周りの妖怪達も両親のいない輝に同情し、中には涙を流す妖怪まで出てきた。


「ううん。両親がいなくても妹の飛鳥と園長先生に、それにぬらりひょん様やここにいる妖怪達にも出会えたことに僕は嬉しいし、幸せだよ」

「そう言ってくれるとワシたちも嬉しいよ。――っとやっと来たか」


 空を見上げると虫かごを手に持っているカラス天狗と八咫烏が汗だくになって戻ってきた。カゴの中には、あふれるばかりのカブトムシとクワガタまで入っている。


「ほら、小僧」

「ありがとう。カラス天狗さん。八咫烏さん」


 カゴを受け取り二人にお礼を言う。


 すると、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。飛鳥だった。

 断りもんなく急に飛び出してきたせいで、この森まで飛鳥が探さしに来たのだ。


「さあ、お帰り。坊主の妹が心配しに来たよ」

「……まだ帰りたくない」

「大丈夫。これを持っていれば、また会える」


 そう言ってぬらりひょんは、四角い和紙の紙切れをよこした。


「これは何?」

「これはパスポートじゃ。年に一度祭りが開かれるとき、この和紙の表面が輝き出すときがある。そのとき、またここに来い」

「わかった。ありがとう。また来年来るね」


 ぬらりひょんは優しく輝の身体を包み込む。そしてゆっくりと解放する。


「強くなれ、坊主」

「うん! 強くなってまた来年ここに来るね!」


 そう心に決めて輝はぬらりひょんと妖怪達から去って行った。




 それからは都会の中学に入学祖した為、学校の寮を借りて通うことになり、あの神社には行けなくなったのだ。そして、そのまま都会の会社で就職し社会人になり、久しぶりに地元に来たわけだ。

 森を通り過ぎようとしたとき、拓人の胸ポケットがまぶしい光が放つ。


「なあ、坊主。?」


 聞き覚えのある声に輝はこたえた。


「ああ、勿論」


 あなたの地域にある人が訪れない神社があったら、もしかするとそこは妖怪達のお祭りが開かれているかも……。

 

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