緊急事態! 僕の紅美ちゃんがデートに誘われた。 その1

水無月 初夏の風を肌で感じる土曜日の夕方


 そう、土曜日曜はお待ちかねの週末!

週末と言えば『ルー デ フォルテューヌ』の営業日!


 僕は可愛い紅美ちゃんのメイド姿を楽しみに『ルー デ フォルテューヌ』 に向かうのであった。


「ああ、紅美ちゃんに早く会いたいな」


 そんな一心で踊り高ぶる気持ちを押さえ歩いていたら、「一騎」 と呼ぶ声がしたので振り向いてみると、声をかけてきたのは天狗さん。


 どうやらスーパーからの帰り道のようで、

上下黒のジャージで買い物袋を手にしたその姿は生活感が丸出しだ。


 それを見た途端、浮かれていた気持ちが現実に引き戻されてしまった。


「話がしたいので部屋に寄らないか」


「すいません。

紅美ちゃんに会いにお店に行くんですよ」


「そうか、なら我も行くとするか」

天狗さんはそう言って一緒に付いてきた。




 店に着いて店内に入ると、僕のお目当ての

紅美ちゃんがいるではないですか。

それにお客さんは僕達だけなので、紅美ちゃんとお話できるな。


「紅美ちゃん、僕はミルクティーをお願い」


「我はブレンド」 と注文して席に座る。


 お茶を待っている間、来月に出る新作ゲームは何を買うのかって話で盛り上がっていた。


「僕は断然『ナイトメアビースト』 ですね」


「我は『暗殺者 孤狼』 を買おうと思う」


 そんな話をしていたら、紅美ちゃんが注文の品を持ってきてくれた。


「お待たせ」


 おや、いつも元気な紅美ちゃんにしては珍しく、浮かない顔しているので心配で

「元気なく見えるけど、どうしたの?」 って様子を聞いてみる。


「あのね、天狗ちゃん聞いて。

紅美ね、さっきお客さんにデートに誘われたの」 と聞き捨てならない事を言い出した。


 何?! 紅美ちゃんをデートに誘っただと!


「ほう」


「そのお客さん常連さんなんだけど、無理ですって、断ったの」


「ほう」


「それでもね。 1回でいいからお願いって

熱心に言うから、少し待ってって言ったの」


「ほう」


「天狗ちゃんが行くなって言うなら、紅美

断わるし行かないよ」


「行ってみればよいではないか。

何事も経験しておく事は大事だぞ」


「うーん、でもね天狗ちゃん……」


「その者が気にいらないのか?」


「気に入る気に入らないじゃなくてさ」


「ならば、若者らしく青春を謳歌してみたらどうだ?」


 天狗さんの言葉に、紅美ちゃんは諦めたように投げやりな態度になって

「もういい分かった。

天狗ちゃんがそう言うならそうする。

雪乃ちゃん今日はあがるね。

お疲れ様でした」


 そう言い残して、紅美ちゃんはメイド服の

まま帰宅してしまった。


 きっと紅美ちゃんは天狗さんに行くなって、止めて欲しかったんだ。

それなのに天狗さんめ! なんで止めてあげないんだよ!


 それに紅美ちゃんも紅美ちゃんだよ!

いくら天狗さんが行ってみたらって言ったからって、それに従うなんて……。


「天狗、何で止めてあげないの!

紅美ちゃん、アンタに止めて欲しかったのよ」


「そうですよ! 雪乃さんの言う通りです。

何で止めないんですか!」


 天狗さんは、僕と雪乃さんの抗議に微動だにせずブレンドに一口つけた。

素顔が見えないからって、格好つけやがって!


「紅美も年頃だ。

色々と経験を積む事は必要だと思ってな」 

なんて言いやがる💢


「確かにそうだけど……それでもね」


「天狗さん! 

あんまりだ、僕が紅美ちゃんを想う気持ちを

理解してくれてると思ってたのに!

あんまりだーー!!」


「紅美を想う気持ちがと言うのなら、何故己で止めない」


「そ、それは……」


 僕には紅美ちゃんを止めるほどの魅力も自信無くて、それに紅美ちゃんが好きなのは結局は天狗さんな訳で……などと、情けない言い訳を心の中でしてしまう。


「それにお主も、エリザベートのライブに行ったであろう」


 クソ! こんな時に痛い所を突くな。

だけど今はそんな正論で怯んでる場合では

無い!


「それについては人付き合いであって、恋愛感情や下心では無いんです」


「その人付き合いが紅美には無さすぎる!

これを機に人との交流を学んで欲しいのだ」


 あなただって、大した人付き合いなんてしてないじゃないか!

偉そうにそんな事言う資格があるのかよ!


「雪乃、その日は紅美に休みをやってくれ」


 雪乃さんは「分かったわ」 と言って厨房に戻っていった。


 雪乃さんも反対してたクセに何だよ!

けど、天狗さんの言うことも一理あると思って了解したんだ。


 それでも僕は納得いかない。

いかない、いかないんだ!


「クソッ、馬鹿天狗!」 僕は頭に来て店を

出ていく。


「あっ、小僧!

アンタ、勘定払ってないわよ」


 雪乃さんは何か僕を引き止めようとしたけど、そんな事は構わないくらい腹が立つ。

店を出てから「クソーー!!」 と大声で叫んだ。




 冷静になる為に1時間ほど公園で時間を潰してから店に戻り、窓の外から覗いてみると雪乃さんはテーブルで事務作業をしている。


 そして天狗さんがいないのを確認してから

「デートの日って、いつですか!」 と店に

入るなり、紅美ちゃんのデートの日にちを尋ねる。


「ビックリした。 何なのよアンタ?」


「紅美ちゃんのデートの日です。

いつですか教えて下さい」


「そんなのまだ分からないわよ。

その日は天狗の言う通り、休んでもらうわ」


「雪乃さん! 雪乃さんは紅美ちゃんの

デートに賛成なんですか?」


「別に賛成じゃないけどね」


「こんなのは間違っている!」


「でもね小僧、天狗の言いたい事も分からないでもないわ」


「僕の紅美ちゃんが、他所へ行ってもいいって言うんですか?」


「アンタの紅美ちゃんではないけどね。

もし、そうなっても仕方が無いでしょ」


 クッソー! 雪乃さんも駄目なのか!

こうなったらデートの当日、僕が紅美ちゃん

を見守る騎士となり愛の監視者として動向を

見守ろう。


「ウワァーーー!!!」


「アンタ、私の話を聞いちゃいないわね」




 駆け足で家に戻ってから、部屋で色々考えてみたけど、結局のところ僕はどうすればいいのか分からない。

実際、紅美ちゃんの後を付けてデートを眺めたって何か解決するのか? 


 ただ言えるのは僕は怒っていた。

紅美ちゃんの気持ちを知りつつも、デートに

行けと言う天狗さんに?


 それを分かっていながら、大人な対応で静観する雪乃さんに?


 本当は行きたくないクセに、天狗さんに言われるがままデートに行く紅美ちゃんに?


 いや、何も出来ない自分自身に対してなのか?

僕の思考はグルグル駆け巡り、そんな自問自答

を繰り返す1週間を過ごした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る