喫茶店を作って生計を立てよう《後編》

翌日


朝一で天狗さんと紅美ちゃんが、不動産屋で

物件を決めに行くと僕と雪乃さんで、店のコンセプトを考えて何が必要なのかリストを作成


お互いに、大人の隠れ家のような上品な喫茶店にしようと意見が一致していた。


決まった店舗を一通り見ると、レンタカーを借りて僕を荷物持ちとして連れて、ホームセンターで必要な資材を購入

借りた物件は天狗さんのアパートの近くで、

いつでも行ける距離なので雪乃さんは連日

店に籠りっぱなしで内装を仕上げていく。


ほとんどが彼女1人で決めて僕と天狗さんは、

手伝いみたいな感じで店作りが進む中

「我の店なのだが…」

天狗さんはぼやく。



店は3週間でほぼ形になった。

店内の壁はモダンな煉瓦でシンプルに

黒い木目調のテーブル席は4つ

カウンターは5席

それに合う食器とティーカップを選んで注文

店のメニューは紅茶を中心にして

それに合うお菓子やケーキを選びアイテムは、

少な目にした。


「ま、こんなもんでしょう。」

完成したお店はスマートで洗練されて

まさに大人の隠れ家だ。


素晴らしい。

感動した僕は雪乃さんの手を握って

「雪乃さん、僕が思い描いていた

いや、それ以上の喫茶店ですよ!」

「ホホホ!

そうでしょう、そうでしょう。」

満足そうに高笑い。


「もっと称えなさい。」

「はい、最高です。

雪乃さん最高です。」

僕は、まるで教祖に使える信者のように妄信的に雪乃さんを讃えると


「ウフフフフ、あとは間宮のアホに紅美ちゃんの胸かお尻を触るよう仕向けて、泣いて助けを求める紅美ちゃんの前で私が、凛々しく注意すれば私を御姉様と慕うように…素敵だわ。」

感動して褒めてみたら

この人、そんなこと考えてたのか


「その後は、邪魔な天狗を追い出して私の理想の店を完成させるの」

連日の疲れのせいで雪乃さんの口から邪な本音がポロポロとこぼれている。

「雪乃さん、本音漏れてますよ。」

「あれ、間宮君?」

「間宮のアホから口に出ていましたよ。」

あらやだ、ホホホと笑って誤魔化す雪乃さん。



オープン当初は僕も手伝う事になって、執事服があると言うので衣装合わせの為に、雪乃さんの家に紅美ちゃんとお邪魔することに


「間宮君と私の背丈は大して変わらないから、

大丈夫でしょう。」

僕は男にしては細身なので渡された服に袖を

通してみると普通に着ることができた。


「紅美ちゃん、クローゼットにある服で

着てみたいのがあったら言ってねー。」

「雪乃ちゃーん。

これ、なーに?」

僕は目を疑った。

紅美ちゃんが手にしているのは、黒いレザーのボンテージではないか!

何でそんなものが…


「ああ、それね。

前にね、その格好でひっぱ叩いて欲しいって、

言ってたジジイがいてね。」

この人は以前は何やってたんだ?

「お小遣いあげるから頼むって言われて、

仕方なくやってみたら、意外と楽しくてね。

お望みならやってあげましょうか?

安くはないけど」

雪乃さんは僕を見て悪戯な顔で笑うけど


「結構です!

僕は人に叩かれて喜んだりしませんから。」

紅美ちゃんは興味があるのかボンテージを

ずっと見て

「天狗ちゃん、これ着たら喜ぶかな?」

「喜びません。

こんな邪悪なもの着ては駄目です。」

僕はボンテージを取り上げて雪乃さんに目の触れない所に隠してもらう。


紅美ちゃんも意外と大胆だったりするから

困ったもんだ。

ただ、雪乃さんが着てるのは正直見てみたいと

思ったよ。



雪乃さんが一生懸命頑張っているので、僕も

少しでもお手伝いしようと 

ゲームセンター『狼達の午後』

ゲームショップ『スカーフェイス』

僕のアルバイト先の古本屋にチラシを置いて

もらえるようにお願いして

天狗さんは動画配信を使って宣伝をした。



オープン当日の朝


店名は 『ルー デ フォルテューヌ』と

なった。

フランス語で運命の輪と言ってタロットカードの1枚なんだって

午前7時に集まると雪乃さんからそれぞれの

持ち回りが指示された。



僕は店内の掃除と注文取りで、テーブルを拭き

掃除していると

「間宮君、これに着替えなさい。」

この前、丈合わせをした執事服を出されて

更衣室で着替え雪乃さんに見てもらう。

「どうですか?」

「真っ直ぐ立ちなさい。」

気をつけの姿勢の僕を上へ下へとチェックすると白い手がスッと伸びて襟を直してくれる。


雪乃さんは、綺麗で顔立ちだけではない仕草や

佇まいが美しく優雅で、目の前の彼女に数秒の間だけど見とれてしまいドキドキする。

襟を正すと僕の肩をポンと叩いて

「ま、ギリギリ合格としましょう。」



オープン直前

11時に開店なのだけれども、30分前の今時点で店の前には10人以上の人が並んでいる。

僕と紅美ちゃんはお客さんを席に案内する係に


天狗さんはというと、モダンな喫茶店に

和物の天狗面では雰囲気を壊すという理由で、厨房係に命じられると、そこから出ないよう

指示を受けていた。


店が開店すると、お客さんの案内に忙しくて

目が回りそう。


13時を回った頃に

「フフフ、ナイトお邪魔するわね。」

絵里が風祭君と雷堂を連れて、遊びに来てくれた。

「絵里、来てくれたんだね。

ありがとう。」


彼女達を席に案内して注文を取ろうとしたら、

厨房口から雪乃さんが、こっちこっちと手招きして僕を呼んでいる。

「どうしましたか?」

雪乃さんは絵里を指差して

「あのゴスロリ娘と知り合いなの?」

「ええ、そうですよ。

今、オーダーを取りに行きますね。」

絵里達の席に向かおうとしたら、僕の肩を力強く握って

「待ちなさい、私が行きます。

小僧、アンタは皿洗いでもやってなさい。」

と仕事を言いつけて絵里達の席に


「いらっしゃいませ。

ご注文はお決まりですか?」

絵里に笑顔で声をかけて丁寧な対応で接する。

綺麗なメイドさんと可愛いゴスロリ少女

絵になるなぁ。

「素敵なお洋服ですね。」

いい感じで接客しているけど、絵里は黙って目を合わせないよう下を向いている。


雪乃さんは、色々話かけている内に徐々に顔を

近けていき

「貴女、私の店のメイド服

着てみないかしら、似合うこと間違いありませんわ。」

頬に手を触れて耳元で囁いてる。

興奮気味にセクハラ紛いのスキンシップ

裏声で可愛いを連呼


あれは仕事を完全に忘れてるな。


さすがに嫌なのだろう風祭君の後ろに隠れて

「…ふうじん」

小さくなって風祭君に助けを求めると、風祭君が

「君、止めたまえ!」

「あ、あら貴方は」

雪乃さんは風祭君を見て顔を引きつらせてる。

苦手意識があるんだな。


「絵里ちゃん恐がってるだろ!

間宮君に変わってくれよ。」

そう言われて、笑顔でムッとしながら厨房に戻って来ると、面白くなさそうに

「アンタに変われですって!」

と結局僕がオーダーを取りに行くことに


その後でリョウさんもスクラップワークスの

仲間を連れて来店してくれた。

「間宮クン、繁盛してるね。」

「リョウさん、来てくれたんですね。

お陰様でにぎわってます。」

「執事服、似合ってるね。」

「ありがとうございます。

なんか照れますね。」


彼女達を席に案内して話をしていると雪乃さんが、こっちこっちとまた手招きで僕を呼ぶので

「ちょっと失礼しますね。」

と言って席を離れる。

「何ですか?」

「アンタ、あの娘達と知り合いなの?」

ええ、そうですよと答えてオーダーを取りに

戻ろうとすると

「私が行きますわ。

小僧、アンタはトイレ掃除でもやってなさい。」

と、僕に仕事を言い付けて、雪乃さん自ら

リョウさんの席にオーダーを取りに行く。


「いらっしゃいませ。

ご注文はお決まりになりましたか?」

「あの、間宮クンは?」

「男手の必要な仕事がありまして、

そちらに行ってもらっています。」

どうやらリョウさんにも興味があるらしくて、

また、グイグイ近づいている。

「貴方、整ったお顔立ちをしていますわね。」

「あ、ありがとう。」

「凛々しくて素敵ですわ。」

雪乃さんは、また仕事を忘れてリョウさんを

褒めてるけれど…

リョウさんの方は照れてるよりは、戸惑っていて迷惑そう。


「ところで貴女

女性同士の恋愛については、どのようなお考えをお持ちですか?」

「えっ?」

なんつう質問してるんだ。

さすがに止めに入らないと

雪乃さんには厨房に下がってもらった。


リョウさん達と入れ違いでホーリーブラッドの

3人も来てくれたので

「僕の知り合いなんですけど…

雪乃さんがオーダー取りに行きますよね。」

「あなたが行きなさい。

私は少し休憩します。」

……。


ホーリーブラッドの皆も帰った後

「あの…すいません。」

優しそうな女性のお客さんが声を掛けてきて、僕と紅美ちゃんの並んだ写真を撮らせて欲しいと言ってきた。


内心嬉しかったけど、紅美ちゃんは僕と一緒に

なんて嫌だろうなと思っていたら

「いいですよ。」意外にも了承して

「間宮くんもいいよね。」

と僕の横に並ぶ。


自前のカメラを構えるお客さん

隣の紅美ちゃんが近すぎて緊張してしまう。

体温まで感じる距離

「君、そんなに硬くならないで」

「はい」


写真を撮り終えると

「写真できたら持ってきますね。」

「ありがとう。

楽しみにしてるねー。」

僕もすごく楽しみにしてます。

頂いたら宝物にするよ。

そんな大盛況で初日は終わった。


閉店してから

「…我は、結局何もしなかった。」

とぼやく天狗さん。

その後も口コミで評判が広がり、忙しい日々が

続いた。



開店から1ヶ月と半月が過ぎた頃


僕は大学やアルバイトが忙しくてお店の方は、

しばらく手伝えなかったので、今日は久しぶりに訪れてみると、店の前には営業中の登りの旗が立っている。

「こんなのあったかな?」

似合わないなぁ。と思いながらも店に入ると

「なんだこりゃ?」

店の中に広がる光景は、明らかに前とは違っていた。


あんなに素晴らしかった喫茶店は……

天井にミラーボール

オープン当初には置いてなかったカラオケ

壁には演歌歌手や昭和歌謡のポスター

テーブルの上のお盆中に柿の種と饅頭

そして爺さん達に囲まれているメイド服の

紅美ちゃん


厨房を覗いてみると一生懸命に料理を作る板前姿の天狗さん

なんか田舎のスナックみたいだ。

「雪乃さんはどうしたんだ?」

彼女を探していると部屋の隅にメイド服で

力なく立っている。


「あっ、間宮君いらしてたんですね。」

「雪乃さん、これはいったい?」

「聞いて下さい。

私、一生懸命お店を作り上げて…

初めは理想通りにいってたのに」

どうやったらこんなに変わるんだ?


「平日はお客さんが入らないから、天狗さんが

呼び込みをしたら、お爺さんとお婆さんが来だして、それから段々と老人の憩いの場みたいになっちゃって」


お爺さんに囲まれている紅美ちゃんは、

「あー、横田のお爺ちゃんでしょ。

紅美のお尻触ったの」

「すまんすまん、つい手が滑って」

「もぉー、次さわったら出入り禁止ね。」

紅美ちゃんは、お爺さん達を上手にあしらっている。

「あの娘、何であんなにお爺さん達の扱いが

上手なの?」

しかもお小遣いまでもらっているよ。


「私もお尻を触られたので、腕を捻りあげて

注意したら、紅美ちゃんに怒られてしまって」

「天狗さん、お蕎麦頂けますか?」

「はい、只今」

「天狗さん次は私と歌って」

「少々お待ち下さい。」

そんな光景に雪乃さんは耐えられなくなったのだろう、両手で顔を押さえて

「あの人はあの人で、お爺さんお婆さん達の

言うこと全部聞いちゃうんですもん。

私のお店がこんなになるなんて…

カラオケとミラーボールだけは止めてって

言ったのに」

そう言って泣きながら

「店の名前も『憩いの場天狗』って名前まで

変えるし」

さすがに僕もこれはないよなと思った。

天狗さんとお婆さんの歌声

紅美ちゃんとお爺さん達の談話と笑い声

それに混じって雪乃さんの泣き声が響いている。

「…カ・カオスだ。」


それでも土曜日と日曜祝日は喫茶店目当ての

お客さんがやって来るので

その時は 『ルー デ フォルテューヌ』として営業してるよ。

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