僕らの町に青塚雪乃がやって来た 《前編》

夏雲が風に追われ秋になろうとする頃

昼下がりのプラットホームに1人の女性が電車から降りた。


吹く秋風に彼女の長い黒髪がなびいて、舞う姿は、まるで映画のワンシーンのようで、

髪を押さえた彼女が改札口を通ると駅員は、

その美しさに目を奪われてしまう。


彼女の名前は青塚雪乃

仕事を辞めて心機一転

何気なく決めたこの町で、今日から新たな生活が始まる。

「今日からここに住むのね。」

駅を出て散歩がてら歩いてみることにした。


駅前商店街を歩いてみると店の半分以上は、

閉まっていて閑散としている。

「まるでシャッター街ね」

初めて来た町で右も左も分からないけど、

こういうのも面白いわ。

思った通りの静かそうな町、で慌ただしい生活

から解放されたかった彼女には、この活気の

無さに居心地の良さを感じてしまう。

「それにしても見かけるのは年寄りばかりね」


4丁目ほど歩いたところで、今日から住む

マンションに行こうとスマートフォンを取り出して調べようとしたら、信号待ちをしている

少女がいたので、彼女に聞いた方が早いかもと、声をかけてみる。


「あの、すいません

ここのマンションに行きたいのですけど…」

青塚雪乃は少女にマンションの名前を訪ねると

「あー、うちのアパートの近くだね。

今から帰るところだから一緒に行こ」

少女はスーパーマーケットからの帰り道だと

言う。

「わたしね、本間紅美」

「青塚雪乃です。」

私を見上げて自己紹介をする少女

やだ、この娘すごく可愛い♥️

人懐っこい笑顔にゆっくりとした話し方

私の心の琴線に触れてしまう。

こんな可愛い娘と早速出会えるなんて

少しでもお話しないと勿体ないわ。

「私、今日からこの町に住むんですけど、

初めて来た町なので右も左も分からなくて」

「へぇー、そうなんだね。」

私の話にも可愛らしく相づちを打ってくれて、

会話も弾む。

紅美ちゃんと話しながら歩いている内に

「ここだね。」

目的のマンションに着いた。


ル・サンクトゥス、ここだわ

ここの502号室

「間違いないです。

ありがとうございます。」

「またあったら声かけてねー。」

紅美ちゃんは、バイバイと手を振って去って行く、彼女の背中を見つめながら

「嗚呼、この町を選んで良かったわ。」

青塚雪乃はご機嫌に小躍りしながらマンションに入って行った。



翌日の朝

まだカーテンを付けていない部屋に

狂った朝の光が寝ている青塚雪乃を照す。

「朝?」

眩しさに起こされた彼女は、後片付けが済んで

ない部屋の真ん中に引いたマットの上で目が

覚める。

 朝の空気で気を引き締めようと、Yシャツ姿のままベランダの窓を開けると、冷たい風が

流れ込んできた。


「ヒャッ、冷たい。」

それでもベランダに出て外を眺めると

この土地の空気の冷たさを感じる。

見馴れない景色の町

ここは私を知らない町

ここは私も知らない町

ここでは何者でもない私は、疎外感のような

孤独と新たな生活の始まりを実感する。


身体を広げて朝日を浴びながら下を見ると、

パジャマ姿の紅美ちゃんが体操をしていた。

「ああ、紅美ちゃんのお家って隣のアパート

なの」

おいっちに、おいっちにと口ずさむ声が

聞こえてきそうな体操をしている。

「やだもう可愛い♥️」

そうだわ、パジャマ紅美ちゃんを撮らないと

「カメラ、カメラ」

急いで部屋に戻り、後片付けのしていない

段ボールの箱からカメラを探す。

「あら、どこ行ったのかしら」

カメラカメラと、あった!

急いでベランダに戻り、紅美ちゃんのいた場所にピントを合わせると

(・_・?)ふんどし一丁の男が写っている。

「何?天狗?!」

天狗の面を着けた男は朝日に向かって武道の

ような構えを取っている。

「あれ、カッコいいつもりなのかしら?」

そう呟いて紅美ちゃんを待っても一向に姿を

見せないし、天狗はずっと武道の型を続けている。

身体も冷えてきて、見てるのも馬鹿らしくなってきたので

「時間を無駄にしたわ」

部屋に戻りそう朝食を取ることにした。


食事も取ったので、紅美ちゃんが戻ってないか

戻って見に行ったら、天狗はまだやっていた。

「いつまでやってんだか」

呆れてシャワーを浴びに部屋に戻る。



午前10時 マンションを出ると

「おはよー。」

紅美ちゃんが声をかけてくれたので

「おはようございます。」

と挨拶を返す。

朝から紅美ちゃんに会えるなんて、素敵な朝なのかしら

「お出掛け?」

「今日はねー、天狗ちゃんと

となりまちー」


天狗ちゃん?

朝見た馬鹿みたいに、ふんどし一丁でポーズ

取っていた男の事かしら?

紅美ちゃんと、あの天狗野郎は一体どんな関係

なの?

気になるので、さりげなく聞いてみましょう。

「天狗さんって方とショッピング?」

「ううん、不動産屋さんに行くのー。」

まさか、2人は恋人同士!

新居でも探しに行くっていうの?

そんなのは駄目よ!

ざわつく心を落ち着かせ探りを入れましょう。

「あの…。」

「あっ、天狗ちゃーん!」

紅美ちゃんが呼びかける先に目を向けると、

長身の男が段々とこちらへ近づいて来る。


やっぱり朝の天狗の面を着けた男で、

紅美ちゃんは彼の手を引っ張って私に

「雪乃ちゃん、天狗ちゃんだよ。」

天狗野郎を紹介してくれるけど、正直どうでもいい。

「天狗ちゃん、

こっち雪乃ちゃん。」

天狗野郎に私を紹介してくれたので仕方無く

「青塚雪乃です」と自己紹介をすると

「ゲーム天狗と申す。」


は?何て返ってきた。

えっ何、この人?

ゲームが名字で、名前が天狗なの?

冗談でしょ。

それとも本気で言ってるの?

それとも頭がアレな人なのかしら?

まあ、天狗のお面で外に出歩くだけでアレなのに名字がゲームだなんて……。

完全にアレだわ。


つい頭から爪先までジロジロ見てしまい、失礼

かなと思わなくもないけど…

こんな変な人なら大丈夫でしょうと、つい観察してしまう。

私があまりにもジロジロ見るもので、気を悪く

したのか天狗は不機嫌そうな声で

「…お主」と一言。

「えっ?あら、ご免なさい。」

「紅美、そろそろ行くぞ。」

「じゃあね、雪乃ちゃん。」

手を振って別れると紅美ちゃんの方から

天狗野郎の腕を組んでいった。


な!なッなッなんて羨ましい!

あまりに羨ましいので

「よし、後を付けましょう。」

青塚雪乃は、2人の後を追うことにした。


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