情熱の星

椎慕 渦

情熱の星

「じゃあ予定通り午後から組み立てるから、男子は校門に集合、

女子はお花仕上げって段取りで。」

え~というざわめきが倦怠感と共に3年C組に広がってゆく。

「文化祭は明日なんだよ?。”アーチ”がなかったら大変だろ。

がんばって、やり遂げよう!」

この僕、前山 大樹(まえやま だいき)はげんなりした面々を前に、

精一杯の熱意で呼びかけた。


 学級委員というのは損な役回りだ。生徒会役員ほど箔が付くわけでも

内申に有利なわけでもない。そのくせ行事の時は実行委員をやらされる。

いわば組の雑用係なのだから。


後ろの黒板には模造紙に描かれた設計図が貼られている。

うちの組の出し物、ぱっと見はパリの凱旋門みたいな

”アーチ”の図面が。


 文化祭の出し物は抽選制だ。なぜならどの組も

”メイド喫茶”と”お化け屋敷”をやりたがるからだ。

うちも希望を出したが外れ、結局割り当てられたのは

校門を文化祭のテーマ「情熱の星」に合わせて飾り上げる

”アーチ”の制作なのだった。


 当然組の士気は低かった。誰もが私用や部活を口実に手伝いを渋った。

それでも僕は皆をなだめすかしおだて盛り上げ、

美術部員にデザインを頼み、PC部員に設計図を制作印刷してもらい、

教師に軽トラの運転を懇願してホームセンターで角材やベニヤを買い出し、

予算をケチる生徒会に領収書を叩きつけ、どうにかここまでこぎつけたんだ。

絶対に完成させる!その時、


 「あ~無理、帰るわ」言うなり席を立つ奴がいた。

制服の上からだぼだぼのの紺ジャージを羽織り、背中まで伸びた金髪は

根元の部分が地毛の色でいわゆる”プリン髪”、

ケンカ直前の野良猫のような瞳が僕を見据えている。


 藤川 香(ふじかわ かおり)学校一の問題児。

学業生活態度あらゆる面で僕とは価値観が違う異世界の住人。

「だって藤川さん、暇でしょ?」僕が言うと、

「は?関係ねーし」肩にアクセだらけのリュックを背負い教室の扉に手をかける。

「ま、期待してないけど」思わずつぶやいた愚痴が、

「あぁ?」聞こえちゃったらしい。ケンカ直前の野良猫の瞳が睨みつけてくる。

僕は目を逸らし、舌打ちした藤川は教室の扉を叩きつけるように閉め出て行った。




 校門。午後2時。金槌の音がせわしなく響く。

僕らは角材の骨組みに絵が描かれたベニヤ板を打ち付けていた。


「はぁ~」聞えよがしなため息に振りむくと、

デザインを頼んだ美術部の奴がスプレー缶を手にベニヤに向かっている。

「どしたん?」「これ」星形をくりぬいた型紙を自嘲気味にひらひらさせる。

「これが”情熱の星”だって?もともとは

LED内蔵のオブジェを取り付けるはずだろ?

結局スプレー絵になっちゃってさ、デザイン起こした意味あったか?」

「そう言うなよ、進捗が遅くて予算が削られちゃったんだ。

頼んますよセンセイ!」僕は手を合わせる。そうなんだ。


 確かに壮大な構想だった、最初は。だけど

誰も手伝ってくれない状況の元でそれは

どんどん縮小され矮小になり、それに伴い

「これならお金要らないでしょ?よそに回すから」

との生徒会のお達しで予算も減り、結果妥協に妥協を重ねた産物、

それが今目の前にある”アーチ”「情熱の星」なのだった。


 「いいんちょお~」女子の声が聞こえる、こんどは何?

「花たりないよ~全然」”花”とはティッシュペーパーを降り重ねて

ほぐして作った紙細工だ。それを群青に塗ったベニヤにちりばめて

天上の”情熱の星”へ導く・・・その為には”花”は200個はいる。

皆に一人10個は作るよう頼んだのだが・・・今ここには50もない。


 11月の風が僕らの熱気を奪ってゆく。誰かがくしゃみをした。

「うぅ寒」「もういいだろこれで」「帰りた~い」皆が口々に言い、

僕の気持ちも挫けそうになったその時、

けたたましいエンジン音が聞こえてきた。


 見ると、一台のピンク色の原付がこっちへ向かってくる。藤川だった。


「ふっじぃ~!」女子が歓声を上げ、

「うぃ~す」コルクメットからプリン髪をはためかせた藤川が

原付から降り立つ。サンタみたいに大きな袋を背負って。


 「これ」袋を開けると中には”花”がぎっしり!

それもピンク、空色、黄色、オレンジ、黄緑・・・

「すっご~い!ふっじ~が作ったの?」

「知り合いに手伝ってもらったけどね、あとこれ」

背のリュックから巨大な星を取り出した。

「街道のドンコで見つけたんだ」


ドンコ・・・”激安王国ドン・トコーイ”

異様な雰囲気の雑貨スーパーで入ったことなかったけど、

こんなの売ってるのか。


「それだよ!」美術部員が興奮して叫んだ。

「それ!僕のイメージにピッタリ!」「よ~し!取り付けよう!」

皆が熱気を取り戻したその時「あーちょっと君たち」

生徒指導の教師と腕に”生徒会”の腕章をした女子が立っていた。

藤川が買ってきた巨大な星を指さし

「それ、申告された機材じゃないですね?

文化祭の出し物は決められた予算内で製作するのがルールです。」

「あぁ?てめーらが金削ったからこっちが貧乏してんだろがよぉ」

藤川が眉をひそめて言い返すと、

「おい藤川、なんだそのバイクはぁ?」生活指導の教師

「あーこれじゃないと運べないもんがありましてぇ!ぼらんてぃあなんすよぉ~」「屁理屈言いおって!おい前山!もういい!そのガラクタは捨てて

”アーチ”を建てろ!下校時間はとっくに過ぎとる!

文化祭だからって泊まり込みは認めんからな!」

教師の剣幕に気圧された僕が振り向くとクラスの面々と藤川が立っている。


プリン髪の下からケンカ直前の野良猫の瞳が僕を見ている。


「前山おめー

クラスの代表か?

センコーのパシリか?

どっちなんだ?」


僕は唇をかみ、躊躇し、手に持っていた星をおずおずと返した。

皆が諦めていた時、希望を運んできてくれた彼女に。

「ごめん、藤川さん。ルールはルールだから」


野良猫の瞳に睨み殺されるかと思いきや、

彼女は突き返された星をリュックに押し込み、目を伏せ小さく言った。

「なにが”やり遂げよう”だよ。口ばっかじゃん」

弱弱しい声だった。




 ”アーチ”は建てられた。パリの凱旋門みたいな見た目に

”第35回 文 化 祭 ”と書かれている。

地上3mほどの最上部にはスプレーで吹き付けられた

”情熱の星”の絵が描かれ、安いベニヤ板が風に揺られている。


 僕は”アーチ”を見上げていた。

遠くから吹奏楽部の練習が聞こえる。

下校してゆく生徒が周りを通り過ぎてゆく。


「ねえ見てこれ!すっごーい!」「本格的だよね~」


・・・ほら、みんな褒めてくれるじゃないか。


これでいいんだ。


これで十分だ。


高校三年間の最後の思い出。部活に入るでも、不良になるでもなく、

学級委員として下働きばっかやってきた。それでも

”アーチ”を作る事になってみんながノリノリになってくれた時、

”何か素晴らしい事が始まる”気がしてわくわくしてたんだ。


そのゴールがここだ。

ここなんだ。


・・・・・・

・・・違う。

 違 う !


僕はスマホを取り出した。

指が震える。

クラス名簿を調べ、


今まで一度もかけたことのない番号を押した。





 午後9時15分 校門。あたりは真っ暗だ。ついさっき

巡回の警備員が通り過ぎて行った。次の巡回まで時間があるはずだ。


”アーチ”は建てられ、”情熱の星”を取り付ける場所は地上3mの位置にある。

とても届かない。何か踏み台がいる。教室から机をいくつか持ってきて

重ねれば・・・


「脚立使うんだよ、ばーか」後から声がした。


制服にだぼだぼのジャージ、どこから手に入れたのか、

植木屋さんのような長脚立を担いでいる。

「藤川さん!来てくれたんだ!返事なしに電話切られて無視されたかと」

安堵のあまりおたつく僕を無視して、


「あたしが上る。前山は下で支えてろ」

「危ないよ!」

「どんくせーおめーに任せられるか」

リュックから”情熱の星”を取りだし、金槌と何本かの釘を

ジャージのポッケに突っ込むと彼女は脚立を上りだした。


 藤川は脚立を上ってゆく、彼女の足が梯子を踏みしめるたびに脚立が揺れ、

それを僕は必死で抑え込む。見上げると太ももがスカートを揺らしているのが見え、その先には「前山!パンツ見てるべ?」鋭い声が上から響き僕は慌てた。

「だ、だって見ないとバランスが」「へへっ役得だな童貞クン」

僕は真っ赤になった。


 ついに彼女は脚立の最上段に到達し跨った。だがしかし!

「くそっ微妙に届かねえ!」悔しそうな声が聞こえてくる。

少しの沈黙の後「立ってみる」「駄目だ!藤川さん!」

注意書きに書いてあった。”脚立の最上段には絶対に立たないでください”

脚立だけでも2m以上ある。もし体勢を崩して転落したら・・・

だが彼女はもうつま先立ちになっていた。脚立の最上段に。

ベニヤ板の星の部分に”情熱の星”を釘打ちする。金槌を振るたびに

脚立は大きく揺れ、僕はひたすら全力で抑え込む。


金槌の音が止んだ。「やったぞ前山!」藤川がこっちを振り向く。

そして体勢を崩した。大きく、取戻しのつかないほどに。

僕は叫んだ!


「飛べ!」


両手を広げ3m上から落ちてくる彼女を、僕も両手を広げて待った。


絶対に抱き留めるために。




「ってぇぇ前山骨硬すぎぃ!おっぱい潰れるかと思った」

背骨がきしむ。腰痛なったかも、この年で。

「藤川さん、体重何キロ?」

「今聞くかそれ!”大丈夫か?”だろぉ!」僕は力なく指さした。


アーチの天辺、地上3mに固定された、内蔵LEDがまたたく ”情熱の星” を。


「やったね♪」彼女が小さな手を突き出してくる。

僕もハイタッチで答えた。







48時間後。文化祭は終わった。後片付けと共に”アーチ”も解体され、

その部品を前に涙ぐみながらインスタ撮影に励む女子たちの傍ら、

ジャージに手を突っ込んで佇む藤川がいる。釘抜を手にした僕は

”アーチ”から外した”情熱の星”を彼女に差し出した。

「記念に」


彼女は変な笑顔を浮かべ、

「こんなでかいの、どうしろっつーんだよ?」





 でも、受け取ってくれた。





おしまい









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情熱の星 椎慕 渦 @Seabose

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