贄の娘が見たものは

千石綾子

贄の娘が見たものは

 その祭りは3年に一度行われていた。

 村一番の美女を選び、美しく着飾り、そして……森へと送り出すのだ。


 その森には領主が住む。ここだけの話、人ならぬものだという。有能で温厚なその領主はこの街を豊かにし、人々を守っている。

 しかしその代償として3年に一度生贄を捧げなければならないのだ。


「安心しなさい。決して命までは取られないという話だ。いつか戻って来ることも出来る。今まで贄となった娘には良縁がついた。そう嘆くものではない」


 先程から涙が止まらない娘に市長が語りかける。しかし娘は知っていた。今まで屋敷から戻ってきた娘達は、屋敷で何があったかを語る事は決してなく口を閉ざしている。

 一体どんな目に合ったというのだろう。


「嫌でございます。良縁も何も、私には既に心に決めた方が……」

「それを言うな。大体お前には高嶺の花だろう。お前さえ領主様に気に入られればこの街は安泰なのだ」


 市長も他人事のように気楽なものだ。


「さあ、音楽だ。酒と料理で皆盛り上がれ! 今日は最高の祭りになるぞ!」


 周りの人々もすっかりお祭りムードで酒を飲みステップを踏んで盛り上がっている。

 賑やかな音楽が流れ、あっという間に料理が人々の胃の腑へと消えていく。生贄のことなど忘れているかのように人々は歌い、楽しんでいた。


「人でなし!こんな祭りは最悪だわ!」

 

 生贄となる娘はそんな捨て台詞を残すと、カゴに入れられて森の中へと運ばれていった。


 森の奥は鬱蒼として静かだ。しかしこの日だけは街で開かれる祭りの音楽が微かに聞こえて来ていた。

 蔦の絡まる大木の横にカゴに入れられた娘をうち捨てて人々は再び街へと帰っていく。


「帰ってきなさいよ! ちょっと、本当に置いていくつもりなの?」


 娘はカゴの内側から何とか脱出を図るも、頑丈なカゴはびくともしない。


「最低野郎! 地獄に落ちればいいわ!!」


 もう聞こえないだろうと思いつつも娘は罵倒せずにはいられなかった。すると背後から人の気配が。


「やれやれ、今年の贄は口が悪りぃな」


 現れたのは24,5歳程の黒髪の青年。腰には銃を提げている。娘は思わず黙り込んだ。


「危害を加えたりしないから安心しな」


 そう言うと青年はカゴごと娘をひょいと担いで歩き始めた。


「ちょっと! どこへ連れて行くつもりよ! この人さらい!」

「うるせーなー。静かにしねえとこのまま転がすぞ」

「危害は加えないっていったじゃないの! 嘘つき!」


 青年ははぁ、と溜め息をつきそのまま森の中へ入っていく。すると目の前に大きな屋敷が現れた。


 カゴから出された娘は領主の前にひざまずいた。領主は幼い子供だった。いや、見た目は幼いが、実際は何百年も生きているヴァンパイアだった。


「血ね? 私の清純な血が目的なのね?!」


 娘は悲鳴を上げた。顔は蒼ざめ声は震えている。


「……いや、血なら間に合っておる」


 領主は言いにくそうに答えた。


「はぁ?」


 娘は思わず気の抜けた声を上げた。


「血ならそこにおる私の下僕が分けてくれるのでな」


 下僕と呼ばれた青年が得意げににやりと笑う。


「まあ、今日はお祭りだって言ったろ? 俺が作った料理でも食べてゆっくりしていくといい」


 そして生贄の娘には美味しい料理と菓子がふんだんに振舞われた。


「やだ、これ美味しい……。私も料理には自信があったけど、こんなに美味しい料理初めて食べたわ。それにこのケーキも絶品!」


 それを聞いた領主がにこにこと笑う。


「そうであろう? 我が下僕はこう見えて料理の腕は確かなのだ。それに血の味も美味でな。すまぬがお主の血はいらぬのだ」


 それを聞いて娘の目が三角になる。


「何よ、何なのよ。用もないのに人をカゴに押し込めてここまで連れてきたの?」


 娘は憤慨して叫んだ。


「我が下僕がこの屋敷の家事を全て一人でやっておってな。忙しそうで不憫なのだ。だからお主にはここで料理などの手伝いをしてやって欲しい」


 えええ、と思わず声が出た。


「下働きのために連れてこられたっていうの?」

「そんな風に言うなって。家政婦補助だと思えばいいだろ?」


 青年はにやにやと笑うだけ。その余裕っぷりがとにかく鼻につく。


「分ったわよ。私だって嫁入り修行はこなして来たんだから、あなたなんかに負けないわ」


娘は宣戦布告を叩きつけた。

──だが。


「このアップルパイは林檎が少々柔らかすぎるな。もう少しサクサクしている方がいい」

「俺の作ったアップルパイもあるぞ」


 すかさず青年がパイを差し出す。それを一口食べた領主は満面の笑み。


「ああ、やはりお前が作るパイは絶品だな」


 またある時は


「お主のアイロンは少々糊がキツすぎる。もう少し柔らかく仕上げてくれぬか」

「ああ、ほら。こっちのシャツに着替えると良い」


 青年が自分が仕上げたシャツを出してくる。


「うむ。こちらの方が肌触りが良いな。さすが我が下僕だ」


 褒められた青年はまたも得意げな笑みを浮かべる。


 とにかく何をやっても青年の仕事には勝てない。娘は小姑のいる家に嫁いだような気分で毎日を苦々しく暮らしていた。

 いつか青年を負かしてやろうとその一心で家事全般の修行をした。

しかしその日は突然やってきた。


「お主は良い娘だが、どうにも仕事が物足りぬのう。心苦しいが、もうここに置いてやる訳にはいかん」


 突然の解雇通告。


「やはり私は下僕の仕事でなければ満足できぬようだ。済まぬな」


 耳が腐るような甘ったるい惚気。


「やっぱりあんたには俺がいなきゃダメって事だよな。分っただろう?」


 突然始まるいちゃいちゃムード。まるでそこに娘など居ないかのような空気が漂う。


「あーもう! やってられないわ! こんなとここっちから願い下げよ!」


 娘は被っていた白い帽子を脱いで床にたたきつけた。

 自分は一体何を見せつけられているんだろうか。頭が痛くなってきた。


 娘はその日のうちに屋敷を出て街へと帰った。彼女が無事に帰ったことを祝う祭りが急遽開かれる。

 人々は御馳走を持ち寄り酒を酌み交わし、娘を送り出した時のように祭りを堪能した。まるで自分たちが彼女を生贄に差し出した事をきれいさっぱり忘れたかのように。


「よくぞ無事に戻って来た。今日は最高のお祭りだ!」

「ところで一体お屋敷ではどんな事があったんだい?」


 言えるはずがない。あんな屈辱的な日々の事を言えるはずがない。娘はひたすら沈黙を守った。


 そしてその後、娘は屋敷での花嫁修業が功を奏して無事想い人と結ばれたという。



   おしまい


(お題:最高の祭り)

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贄の娘が見たものは 千石綾子 @sengoku1111

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