エンジェルキッズ・ラプソディー! 天使以上に天使なヒロインは、踊るみたいにみんなを救う。

柳なつき

第一幕 人間の子たちの狂詩曲(ラプソディー)

天使、あらわる

 部活に行くと、天使がいた。

 話があるというので、話を聴いた。





 そしていま。たん、たたたんたん、と天使は踊っている。長い金髪がうねってきらきらと照明を反射し、――大きな翼が揺れる。いつもはわたしが演技をしている舞台、高校の講堂で、天使は激しく踊っているのだ。



 講堂は薄暗い。舞台にだけ明るいスポットライト。わたしは入り口に立ち尽くしている。




 夢のように華麗で――だから、夢なのかもしれない。




「人間の子、そういうことですから」



 たんっ、と天使は両足でまっすぐ舞台を踏む。直立不動。汗をかいてもいないし呼吸を荒くしてもいない。天使、だなんて信じたわけでもないけれど。


 こうしてみれば、金髪碧眼のただのお兄さんなのだった。……翼を見なければ。



「あなたはね、選ばれたんです。選ばれし人間の子ですよ。なんか知らんけれどさいきんの人間はそういうの好きなんでしょう。よかったですね選ばれて」

「……さいきんじゃないでしょ。人間は、古来からずっと、選ばれるのが好きなものだよ。選民思想、っていったりするじゃない」



 反論、というよりは揚げ足取り。

 天使は嘲るように笑った。



「ふうむ。子どもにしてはもの知りのようですね」

「わたしは高三だよ。受験生。世界史の勉強くらいしてるよ。子どもといえば子どもかもしれないね、でも子どもっていうにはおとなに近い気もするな」

「ふむふむ世界史、とな、なるほどなるほど。われわれからすればそれだってさいきんですよ、そんなの、どうにも人間は自分の基準で歴史判断をする癖があってよろしくないですねえ。……そのような雑談はどうでもよいのです。ねえ人間の子。自分の使命がわかりましたか?」

「あんなの、急に信じろっていっても無理。……どういうことなの?」



 わたしはかばんを背負い直し、踏み出した。観客席のあいだを下っていく。

 語る。これも演劇なのだと思って。



「あなたが天使だとか、神の使いだとか、わたしを選んだっていうのもよくわかんないし。なんでわたしなのか、っていうのも、よくわかんないし。そもそもなんであなたが講堂で踊ってるのかもわからない」



 あっというまに最前列へ。ここまで来ると、舞台は、むしろ高い。



「こういうことよね。わたしは、なんでかは知らないけど、なぜか選ばれて」



 わたしは、両手を舞台に置いた。天使は笑顔でわたしを見下ろす。成績優秀な営業のサラリーマンのような笑顔だ。



「――世界を滅ぼす権利をありがたくもくれるってことでしょう?」




「そういうことですねえ。ほかの人間たちと違って理解が早くて助かりますよ」

「わたしと、あと四人、選ばれたひとがいて。だれかひとりでも世界滅亡を選べば、世界はほんとうに滅びるんだ。……ほんとうに」

「ええ。滅ぼしかたまでもあなたがたに選ばせて差し上げますよ? 食糧不足、天変地異、世界大戦、よりどりみどりお好きなように」

「……そんなの肯定しないよ、わたしは。それがほんとうだとして、そもそもなんで、そんなことをするの?」

「上のかたはこうしてときどき人類を試しますからねえ。仕方ないのですねえ」

「……わけわかんないよね」



 わたしは吐き捨てると、両手を重心にしてからだ全体を持ち上げた。脚をくるりと半回転して、着地。紺色の長いプリーツスカートがひらりと揺れる。だんっ、と大きな音が鳴り響いた。

 演劇だったらそれぞれ独白しあう、その程度の距離で向かい合う。



 金髪碧眼。白い翼に天使の輪っか。ひらひらした白いローブ。絵に描いたような、天使。

 わたしよりかなり背が高い。軽く見上げるほどだ。わたしだって女子にしては、けっして小柄なわけではないのだ。歳は、よくわからないが、学生って歳には見えない。二十代半ばくらいに見える。天使に性別などあるのかどうか、わたしは知らない。声は少年みたいだし、判断がつかない。じっさい目の前のこの天使は、中性的な顔立ちをしている。男にしたって女にしたって、かなりのレベルの美形なのはたしかだ。テレビや雑誌に出てたっておかしくない。



 考え終わる前には動いていた。だんだんだんっ、と大きく三歩踏み出し、すこしだけ跳んで、だだんっ、と着地した。その勢いのまま、天使の胸ぐらを左手で掴んだ。

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