第15話 久瀬由香はモテるっぽい(その1)


試行錯誤の末にようやくサイトをアップロードした時、時刻はすでに七時を回っていた。


 トップページに「リア充撲滅同盟」の名前と、活動内容、活動理念を打ち込んだだけだったので想像より複雑な作業がなかったのだが、それでも初めてのことで要領を掴むのに時間がかかってしまった。

 ミササギが「なんか寂しいから画像貼らないか」と言い出した時は泣きたくなったが、案外一瞬で画像を付けることが出来たので問題なし。

 そうして下校することになり、正門までミササギと一緒に歩いていた時のことだった。


「好きでふ、付き合ってくだひゃい!」

「ん?」


 現在地から少し離れた体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の下、月の光が届かずに一際暗くなっている所に人影を見つけた。

 ミササギと顔を合わせ、とりあえず物陰に隠れて様子を伺う。


「き、去年から、ずっと好きでひた!」


 やや、というかかなり肥満体型の男子生徒が、女子に向かって告白している所だった。口周りの肉が邪魔なようで、上手く言葉が発せていない。


 対する女子は、懸命に思いの丈を打ち明ける男子に慈母のような和らげな視線を送る。どことなくお姉さんじみた雰囲気だ。茶色交じりの長い髪は夜風にそっとな

びき、わずかな光が反射してその艶やかさを引き出している。


「うん、ありがとう」

「ふ⁉」

「よし殺すか」

「はいどうどうどう」


 とりあえずそこら辺の石を手に取るミササギを制止し、お姉さんの返答を待つ。そんでオッケーだったら俺も石を投げる。


(お待ちなさい!)


 すごい、神の声聞こえた。


 しかし、ビジュアルは腰に布を巻いただけの全裸の俺である。我ながら気持ち悪い。


(告白をしたことのない者だけが、彼らに石を投げなさい)


 よっしゃ投げよう。

 そう思って、ミササギを開放し石を手に取ったその瞬間だった。


「百二十四よ」

「…………ふ?」


 まるで、突然他言語で話かけられたみたいになっている。不意を突かれた、というよりも意味不明な言葉に脳が処理落ちした感じに近い。きっとメモリが64MBぐらいなのだろう。


 けれど、お姉さんは表情を一切変えず続ける。


「あなたが私を見て前かがみになった回数」

「おいミササギ耳ふさげ」

「な、なぜだ?」

「いいから」


 強引にミササギの耳を押さえる。事なきを得たと思ったのもつかの間、お姉さんは優しい声音でとどめを刺しにかかる。


「私の下駄箱を開けた回数二十三回私の椅子に座った回数四回修学旅行後に買った私の写真の枚数四枚私を盗撮した回数三十二回私の方に消しゴムを転がして取りに来た回数十一回私が階段を上るときに踊り場に待機してた回数二十回図書室で私の借りた本を直後に借りた回数十五回……まだまだあるけど、どう?」


 崩れるどころか一層輝きを放つ笑顔でお姉さんは問う。声音が果てしなく優しいのが逆に怖い。オーバーキルすぎるだろ……。


 その光景を目の当たりにして、絶句するしかなくなった肥満体型の男子生徒は全力疾走で逃走した。男子生徒を擁護するわけではないが、いくら何でも残酷すぎやしないだろうか。


 ドン引きしながらもミササギの耳から手を離す。


「…………」

「……あっ、ごめん」


 紅潮した頬を見て、瞬時に悟った。

 男子耐性のないミササギに安易に触れるのはアウトなのだ。肝に固く命じておこう。


「…………帰るか、東山」

「そうっすね……」


 あぁもう意識すると緊張して口調がおかしくなっちゃうじゃん!


 懸命に意識外に追いやろうとすればするほど逆に意識してしまう。

 これは言い訳にしかならないと思うが、弁明だけしておくと、俺は結構女子のいる場で下ネタを使うのも使われるのも苦手な人間である。厳密には、ただひたすら気まずい空気が流れるのが嫌だったからなのだが、どちらにせよ、ミササギの耳を押さえたのは断じてただ押さえたかったからではないのだ。本当なんだからねっ!


 ともあれ、これ以上告白現場にいる用もないのでその場を後にした。


「じゃあなミササギ、気を付けて帰れよ」

「あぁ、東山も。……また明日」

「おう、また明日」


 正門でミササギと別れると、そのまま家路につく。

 彼女はバス通学、俺は徒歩通学なので一緒に帰ることはない。


 学校を出てしばらくすると、一気に街灯が少ないエリアに入る。片側は果樹園になっていて、うっそうとした林の奥には廃れた研究施設か、没落した貴族の館がある気がする。間違いなく非道な人体実験が行われてる。


 道の反対側は住宅といえば住宅だが、高い塀で覆われていてどこか陰鬱とした雰囲気を醸し出していた。


 一人つり橋効果を堪能しながら家までの道を歩く。時折思うんだが、吊り橋って一人ずつ渡った方が安全じゃないか? なんでリア充は二人で渡りたがるのだろうか。


 あれか、ロープは切れても赤い糸は切れないから助かるってか。


 あっはは。おもしろ。落下死しろ。けっ。

 

・・・


 校舎一階の下駄箱横にある購買でパンを買い、地学準備室へと向かう。


 うちは親父と二人暮らしなので、弁当ではなくパンで済ませることが多い。

 普段なら東寺と昼飯を食べるのだが、残念ながら彼は最近昼休みになると同時にどこか行ってしまう。昼休み以外は普通に会話するので嫌われたわけではないと思うが、何故だろう。…………ほんとに嫌われてないよね?


 ちなみになんで昼休みなのに地学準備室に行くかというと、ミササギに呼び出されたからである。


「東山……これ、どういうことだ……?」

「ん?」


 地学準備室のドアを開けた途端、ラップトップのディスプレイを睨んでいたミササギが顔を上げて俺に問う。その声音はいくらか戦慄を孕んでおり、ただ事ではない雰囲気を醸し出していた。


 ミササギが睨んでいたラップトップを覗き込むと、表示されていたのは昨日アップロードしたリア充撲滅同盟公式サイトだった。


「……なん、だこれ」


 トップに表示されていたのは、クレープを食べながら顔を赤らめている俺とミササギの画像。


 しかも、一枚ではない。


 あの日、遊園地での写真が複数枚貼り付けられている。

 傍から見たらバカップルじゃね、とか思いもしたが、すぐに状況を理解して臓腑の奥から冷えていった。

 こんな写真、見覚えはない。となると誰かが俺たちを、個人を特定したうえで盗撮に及んだということだ。いたずらならまだしも、犯罪に繋がりかねない。


「君も見覚えはないのか」

「あぁ、少なくとも昨日アップした時にはこんなのなかった」


 むぅ、とミササギは思案にふける。

 とにかく、リア充を撲滅する組織の二人がいちゃこらしてる写真がサイトのトップにあったら威信もクソもないので早急に削除にかかる。

 サイトの画像を差し替えて更新、これでとりあえずは大丈夫だろう。


「なぁ、もしかしてWLAって可能性は?」

「む? なんだそのWLAって」


 そういえばまだ話していなかった。


「ワールド・ラブ・アライアンス」

「あぁ、彼女らか」


 彼女、というのは橋野のことだろう。

 遊園地での一件以来、俺たちは険悪とまではいかないが、少しギスギスした雰囲気になっている。俺に至ってはクラスが同じなので、時折すれ違うたびに睨まれる。


 ちなみに橋野は、遊園地事件前のように大人しいキャラに戻っていた。


「…………WLAのサイトってあるんだろうか」


 検索すると、ブログが出てきた。とりあえず開く。


「……」

「……」


 絶句。そして沈黙。

 インスタ映えしそうな感じに、青空背景に男女十五名程度がジャンプしていた。

 どうやら、彼女らはだいぶ大きい組織らしい。クソが。

 スクロールしていくと、男女でカラオケ、男女でポッキーゲーム、男女で遊園地、男女でサマーランド、男女で愛してるよゲームなどなど悪行が露見していく。どこのヤリサーだよ。

 極めつけに「世界を愛で満たしましょう!」だそうだ。カップルのフリ―イラストが添えてある。

 ふつふつと違和感が浮かび上がる。


 愛とは何だろうか。

 何を以て愛とするのか、その定義が分からない。

 子供がいればそれは愛か?

 彼女がいればそれは愛か?

 家族がいればそれは愛か?

 愛を盾に恋人に暴力を振るう人間、金を巻き上げる人間、性欲の捌け口にする人間、それは愛の延長線上にあるものなのだろうか?

 

 すぐ付き合って別れるカップルに象徴されるように、愛は脆いのだ。

 

 脆弱極まりない愛に縋り続ける。それは、とても愚かなことなんじゃないのか。

 

 そして、突然ドアが開かれた。

 薄暗い部屋に廊下からの明かりが差し込み、その人物のシルエットが浮かび上がる。

 メリハリの利いたスタイルと、タイツに包まれたしなやかな足。一歩こちら側へと歩を進めると、茶色交じりの長い髪がふわりと舞う。

 どこかで見た気がする、という曖昧な違和感がする。デジャブというヤツなのかもしれない。

そうして、



「コンドーム付け忘れの副次品の集う会はここかしら?」


 その美人――久瀬由香は、そう言い放ったのだ。

 

 


 

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