面接

 男はタバコの煙をくゆらせながら、書類と客人の顔を交互に見ていた。男は某テーマパークの社長で、新しい従業員の面接をしていた。

 タバコを灰皿でもみ消しながら、社長は話を始めた。

「いや、お化け屋敷に本当のお化けである君が入ってくれるのは嬉しいのだけどね・・・。ちょっとね」

「どうして、本物のお化けである私では駄目なのですか」女の髪は興奮をしているためか、小刻みに動いていた。漆黒の髪は背中まで伸びており、白い装束とのコントラストは美しかった。しかし、時折、髪の間から見える顔にはひどい腫れがあり、腫れは一方の目を完全に覆い隠していた。

 先に客人と紹介した女は皿幽霊なのだ。資本主義社会である現代は幽霊だからといって、皿の数を数えておくだけでは暮らすことは出来ない。金がないと新しい皿や衣装を買うこともできないのだ。

「いえ、私も、あなたほど適任の人物はいないとは思うのですよ」社長は胸ポケットからタバコを一本取り出しながら答えた。

「それなら、どうして私が不採用になるのですか」女はテーブルの上の灰皿を見ながら質問をした。灰皿の上には4,5本の吸い殻が入っていた。

「簡単に言うとね、私たちとしてもね、クオリティは高めたいのだよ。ただし、お化け屋敷があまりにも怖すぎると、お客さんが入ってこなくなるわけだよ。怖いけれど入りたい。そう思わせなくては、テーマパークとしては成立しないのだよ。ほらね、ジェットコースターもどれだけスピードを出しても事故がないという安心感があるから、お客さんは乗るわけだよ」社長は取り出したタバコに火をつけた。

「でも、私が今の社会で満足に働ける職場というのは、お化け屋敷ぐらいしかないのですよ。ファミレスでは幽霊って素性が知れただけで塩をまかれたし。他の職場でもそうですよ。私が働いているからって、お客さんに嫌がられない職場はお化け屋敷だけなんです」女の言葉を聞いていると次第に体の芯から冷えてくるのを社長は感じた。これが本物のお化けの実力なのだろう。

 しかし、本物のお化けを雇うとなると、それなりの賃金を渡さないといけない。相手はこの道のプロだ。

「じゃあ、一つこちらから聞いてみたいのだけれど、あなたはどれくらいの給与が欲しいのですか」

「それは、私も普通に暮らしていけるように20万円は欲しいですね。持病の冷え性の治療費も結構かかりますし」

「20万か。でもね、会社としてもね、あなたが入ったからといってお客さんが倍増するとは限らないのだよ。もしかしたら、逆に売り上げが悪化するかも知れない。」社長のタバコは短くなってきていた。

「こんな条件はどうかね。月給は15万円で、冷え性の治療は遊園地専属の医者が診察をする。もし売り上げが上がってきたらそのときになって再び話をするっていうのは」タバコをもみ消した社長は幽霊に顔をぐいと近づけた。

 幽霊の顔はさらに血の気がひいていた。

「ずいぶん足下を見ますね」

 社長は新しいタバコに火をつけながら、面接相手の顔を見た。

「足下なんて、ありゃせんよ」

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