伊吹さん、祭りではしゃぐ

富升針清

第1話

「二月なのに夏祭り?」


 ここは南国でも何でもないのに、何と奇怪な事もあるものだ。


「ええ。夏祭りなんですよ、冬にやるのに。可笑しいでしょ? そう言う風習なんです。屋台や花火もあるんですよ? 折角こんな田舎まで来られたのだから、伊吹先生もご参加下さいな」

「かき氷の売り上げが心配だね」

「ご安心を。かき氷は流石に出てないですよ」


 講演会に招いてくれた広報の女性が僕に夏祭りのチラシを渡してくれる。


「興味深いな。時間があれば寄ってみようと思うよ」

「ええ、是非。伊吹先生は何処に泊まられるんですか?」

「川沿いのホテルに宿を取ってるよ」

「あら、そこなら歩いて行ける距離ですが……」

「ですが? 他にも何かあったりする?」


 コートを着ながら、女性の言葉の振り向くと彼女は言いにくそうに口を閉じる。

 おやおや。これは面白そうな匂いがする話じゃないか。


「気になるな。教えてくれないかい?」

「え、ええ。あの、噂話なんですけどね、そこのホテルは十二年前の閏年の日に殺人事件があって、それが、何とも不思議な事件で、今も解決されておらず、そのホテルでは殺された女性が今も彷徨っていると言う怪談なんですけどね」

「これまた真夏にぴったりの話だね」

「暖冬傾向にあるとは言え、コートも手放せないな冬ですよ」

「確かに。君のコートは新作のコート? 似合ってるね」

「あ、流石伊吹先生っ! よくお気付きになられましたね!」

「僕もお気に入りのブランドなんだよ。君とは気が合うね。よかったら、このあと食事でもどうかな? 折角この後予定が入っていないんだ。何処がおすすめかこの町の事を教えて欲しいな」

「あら、素敵なお誘いですが、先生先程市議会先生との食事会断ってらしたでしょ? 私が代打に立つ事になってしまったんですよ。でも、夜なら空いてますよ?」

「ああ、そうだった。急ぎの案件があるんだったかな。夜は悪いけど、用事があってね。またの機会に誘わせて貰うよ」

「楽しみにしておりますね」


 そう言うと、彼女は僕の見送りにホールの外まで送ってくれた。

 しかし、随分と不味いな。

 彼女にここの土地でしか買えないおすすめのお土産を聞こうと思ったんだけども、当てが外れてしまった。


「甘味か肉か、それても酒か……」


 一人でポツリと呟きながらタクシーへ乗り込む。

 矢田君の機嫌を取るにはどれがいいものか。

 彼、女性に近い口をしているから女性に聞きたかったんだけどなぁ。

 携帯を見ても、彼への連絡には既読は付かず。

 果てさて、何が良いものか。

 全く。こちらは思い出し笑いをしただけと言うのに。あんなに拗ねるとは。

 甘いもので日持ちするものは流石に難しいか。かと言って、肉を買って押し掛けたとしても僕は矢田君の住所を知らない体になっている。余計に機嫌を損ねかねない。

 しかし、酒もあの病み升事件を振り返して機嫌を損ねる可能性もあるわけだ。


「現金……は、無理か」


 彼の性格からして二度と会ってはくれなそうだ。

 そこから追いかけ回すのも面白いかもしれないが、そんな所で知恵比べをした所で今の様な関係に戻る迄には随分と時間が掛かってしまう。

 果てさて、困ったものだ。


「現金、大丈夫ですよ」


 僕の独り言に、タクシーの運転手が返事を返す。

 聞こえてしまうほど、大きな声だったか。


「あ、良かった。今日はカードを家に忘れてしまって困っていたんですよ」


 独り言ですとは流さずに、僕は笑みを浮かべて彼の言葉に乗り掛かる。


「お客さん、ここらの人じゃないよね? 観光?」

「いえ、仕事で此方に。明日の朝には帰るんですけどね」

「そうだよね。ここら辺観光する場所も特産もないでしょ?」


 無いのか。

 これは困ったな。


「でも、夏祭りがあるんじゃないですか?」

「ああ、お客さんも行くの? 夏祭りと言ってもそこらの祭りと変わらない規模だよ」

「でも、こんな真冬に夏祭りなんて珍しいですね」

「珍しいも何も、ここら辺だけだと思うけどね。四年に一度の曰く付きの祭りさ」

「曰く付き?」

「なに、昔話でね。ここら一体昔話は山で覆われていて、天狗が出ると言う話だったのさ。天狗は挙って四年に一度、春になる前に自分たちの花嫁を人里から攫いに来るんだ。だから、その天狗達に春はまだだと勘違いさせる為に冬に夏祭りを開くのよ。全く持って、無茶苦茶な昔話だろ?」

「いえ、興味深いですね。生贄文化があるならば、人柱で事がすみそうな事をこんな大規模な事をするなんて、珍しい」

「天狗は花嫁を攫う時に邪魔な奴らを根こそぎ殺して山に埋めちまうんだよ。春に花嫁を探しに山に入った奴らが、そいつらの死体を見て村に逃げ帰らせる為に。一人二人ですむ話じゃないからな」

「成る程。しかし、四年に一度なんて、オリンピックみたいですね」


 彼の言葉を思い出す。

 ああ、お土産問題は解決していないと言うのに。


「ははは。お客さん面白いな。物騒なオリンピックだね。でも、まあ、効果は無かったんだろうけどな」

「無いとは?」

「十二年前に天狗に殺された奴がいるんだよ」

「十二年? それは、川沿いのホテルで?」

「なんだ、知っているのかい? お客さん」

「十二年前に殺人事件があったと言うお話を先程お聞きしたんですよ」

「ああ。あれは、天狗の仕業だったんだよ」

「天狗の仕業ですか?」


 久々に聞く単語を思わず繰り返してしまう。


「間違いないね。ホテルの屋上で、そのホテルに泊まっていた客の首を吊った死体が横たわってる状態で発見されたんだしかし、周囲には首を吊るものもない。それに、その客の部屋は当時施錠されていて鍵も部屋の中にあった。死後直前まで、その部屋で携帯電話で通話していた通話記録も残っている。空いていたのは窓ぐらいだ。天狗が殺して屋上にあげたって噂さ」

「それは……、不思議な話ですね」

「だろ?」


 屋上に首吊り死体、か。

 窓から出たと言うならば、人は下に落ちなければならないのに上がっている。

 確かに不可解な事件ではある。

 いや、しかしながらこちらにはもう一つ不可解な事件を解決する責務があるのだ。


「あの」

「なんだい?」

「近くに若い女性が好きそうなお菓子とか売ってる店って有りますか?」

「え? ないよ。田舎だもん」


 こちらは何一つ解決しそうに無い。




 タクシーに駅前迄連れて行って貰い、簡単に町を探索してみても確かにこの町には真冬の夏祭り以外に特にこれと言ったものは無かった。

 ホテルでコンビニで買ったお握りを食べながら、携帯を触りながら外を見る。遠出の出張の一人ご飯なんて、大体こんなもんだ。

 時間的に、夏祭りはもう始まっているだろうが、もう一度コートを羽織って外に行く気にはならない。

 一人なんてつまらない。興味のない人との食事もつまない。

 ああ、矢田君がここに居れば最高の祭りを楽しめた事だろうに。

 ため息の音で、何かが弾ける音がする。

 窓の方を見れば、そこには色とりどりな花火が咲いていた。

 ああ、そう言えばこの夏祭りには花火も上がるのだったな。

 しかし、色のついた火花やLEDを何故人が有難がるか理解できない僕にはこの絶景にも価値がなかったが。


「……成る程ね」


 僕は笑いながら窓の近くへ歩み寄ると、花火よりも興味深い景色に溜息が出た。

 花火のお陰で、一つ気づいたことがある。

 十二年前に起きた屋上の首吊りの真相だ。

 何もない屋上にどうして部屋にいた被害者が首を吊って死んでいたのか分かった。

 きっと、彼女もこの花火を見ていたのだ。

 そして、窓を開けて身を乗り出した。電話をしていた犯人の誘導のもと、ね。

 勿論、身体ごとではない。頭だけ。犯人には、これで十分だった事だろう。

 既に屋上にいる犯人は、輪っかの作ったロープを下に下げ彼女の首に器用に入れて上へ引き上げる。

 彼女がどれ程騒いだ所でこの花火の爆音の中、人には聞こえないだろう。

 彼女が屋上に上がる頃には、彼女は既に死んでいる。

 遺体をそのまま放置すれば、部屋には争った形跡もなく、また窓から侵入できない高さにある部屋に泊まっていた彼女の部屋はまるで密室の様な事件が出来上がるのだ。

 そう、今、僕の隣の部屋で起こっている様に。

 僕の部屋の隣の窓から首を出している女が、己の首に嵌ったロープの輪を取ろうともがき苦しんでいる。

 ここは、7階。屋上から一つ部屋を挟んだ階だ。

 引き上げられた時には、彼女は既に死んでいることだろう。

 面白いな。これが未解決事件? 天狗の仕業?

 なんて事はない。ただの殺人事件じゃないか。

 僕は窓を開けて、上を見て叫んだ。


「いいね。真冬の夏祭りよりも、趣がわかっている。最高のお祭りじゃないか」


 良かった。これで、彼を退屈させない土産話が出来そうだ。

 矢田君が、どんな顔でこの話を聞いてくれるかと考えただけで、血肉が踊る。

 ああ、矢張り彼とここへ僕は来るべきだったのだ。

 最高のお祭りが、ここにあったのだから。

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