兎頭と仮面武闘会

きざしよしと

兎頭と仮面武闘会

 高らかに鳴り響くファンファーレ。飛び交う白い紫陽花を模した風船。飲み物あるいは食べ物を片手に熱狂する人々……。

 魔術と騎士の国"アンドレア王国"に属する此処、ユアフ島では何年かに1度の盛大な祭が開催されていた。


 一際賑わう町の中央には巨人の国"スウィフト"産の、白い岩で舗装された闘技場がある。町の魔術師達が夜なべして作った力作だ。

 熱に浮かされたように集まる観衆を満足そうに眺めて、祭の運営委員長であるグレッグはマイクを握りしめた。


「さあ! これより本日の目玉イベント、アメリア仮面武闘会を開催します!」


 高らかな宣言に群衆は沸き立つ。

 一息ついたグレッグが司会席に座すと、隣にいた解説役のエルドレッドが涼やかな声でルールの説明をする。


「ルールは勝ち残り制。最後まで立っていた選手が優勝になります。武器の使用は反則、場外に出た場合は失格、過度な暴力は審判による仲裁の対象になります」


 彼が話ながら視線を向けるだけで聴衆は黄色い悲鳴をあげる。島にはない珍しい色を持つ美声年は、目だけで女性の心を鷲塚むことができるらしい。長い睫に縁取られた優しげな眼差しを見ていると、とても本国で武官を勤めるような屈強な戦士であるとは思えなかった。


「審判はアンドレア王国を代表する戦士、ライオネル・カルバートが務めます。一見強面のヒグマのような男ですが、こう見えてまだ23歳。美しい婚約者には頭が上がりません。我が不肖の兄でもあります。こうして皆様の前に立つのは初めてなのでさぞ緊張している事でしょう。どうか暖かな目でご覧ください」

「エルドレッド! 貴様!」


 情報を多分に含んだ紹介に、闘技場の真ん中でヒグマ……もとい男が吠えた。短く刈り込んだ頭と、筋肉に包まれた屈強そうな体躯が精悍な、エルドレッドとは対照的にいかにも軍人といういで立ちの男だった。

 彼は白い犬歯をむき出しにして吠えている姿にグレッグは顔を引きつらせるが、エルドレッド自身は「照れ屋なもんで~」と飄々としている。

 2人に呑まれてはたまらないと、気持ちを切り替えるために咳払いを1つ。


「それでは記念すべき初戦の対戦カードを発表しましょう」


   ■


 初戦は島の農家の青年と、警邏の新人だった。農家の青年はかなりの検討を見せたが、やはり普段から鍛えている警邏の者には敵わなかった。しかしその警邏の新人も4戦目で外からやってきた格闘家に敗れてしまう。そこからは格闘家の連戦連勝が続いていた。


「いや~、白熱してますね! 先ほどのエリック選手は残念でした。彼は今年からこの島の警邏として意欲的に働いてくれている期待の新人なんです」

「やはり連戦が続くと疲れが出ますから。このルールの辛い所は、勝者側にインターバルがない事ですね。挑戦者は万全の状態で来るのに、勝ち残った方はじわじわと体力を削られるわけですから」

「そう考えると、10戦目を迎えてなお勝ち残り続けているボリス選手はかなりの手練れということですか」

「そうですね。近接格闘の腕はなかなかのものとお見受けします。見た所巨人の扱う格闘技に酷似していますから”スウィフト”周辺で発生した流派を汲んでいるのかと」


 エルドレッドの解説にグレッグは「なるほど」と頷いた。

 たしかに、ボリス選手は格闘家という事を差し引いても大きな体躯をしている。審判であるライオネルも190センチを超す長身であるはずなのだが、彼は更に頭2つ分程大きい。もしかしたら巨人の血を引いているのかもしれないと思った。

 これは早くも優勝候補になるか、とグレッグがマイクに吹き込もうとした時、次の対戦相手が入場してきた。


「次の挑戦者は……んんっ!?」

 グレッグは思わず声を飲み込んだ。そうしなければ間の抜けた声をあげてしまう所だった。


 挑戦者は少年だった。

 対峙する巨漢の腰の下に頭が届くかという程の小さな子どもだ。

 いやしかし、それよりも目を引いたのは少年のいでたちだった。彼の頭部は仮面武踏会と銘打つだけあり仮面によって隠されている。嫌に写実的な兎の頭部の被り物なのが目につくが、それはさしたる問題ではない。

 問題はその被り物の下である。

 上半身は薄く筋肉のついた肌が惜しみなく晒され、下半身に至っても丈の短いパンツ以外は何もつけていない。布地の薄さからむしろ下着なのではと思えるほどだ。


「これは……」

 まさかの着ぐるみ頭部のパンツ少年に絶句していると、目の前の審判も困惑しきった表情をしていた。そんな2人を見かねてか、「ルール的には問題ないです。続けましょう」とエルドレッドが勝負の開始を促す。

「プロフィール欄は空欄ですね。名前の欄も”ラビットマン”と書いてあります」

「顔も名前も隠しての参加ということですか。この仮面武闘会の醍醐味といえばそうですが」


 元よりこの武闘会は普段上官に気を使っている戦士たちが身分に遠慮することなく拳を交えられる機会を設けるために始まったもので、ライオネルやエルドレッドの祖先が発起人だったらしい。

 なので名前も顔も明かさずに戦うのが本来の形だったのだが、近年では本職の戦士が参加することはなく、参加者は島の人間がほとんどになったためすっかり廃れてしまっていたのだ。


「坊ちゃん、面白い恰好してるがやめるんなら今の内だぞ」

 ボリスは厚い唇で揶揄するように言う。そこには小さな少年を前に勝利を確信した余裕の笑みがありありと刻まれていた。

 それに対して兎頭は何かを言おうとしたものの、審判の方を見て慌てて首を振り、ぐっとファイティングポーズで戦う意志を示す。当たり前だが中身はちゃんと人間らしい。


「それでは気を取り直してはじめましょう。10戦目、ラビットマン選手対ボリス選手です!」


 試合開始の合図と共に勝負はついていた。

 ライオネルの右手が上がるや否や、兎頭は驚異的な速さで距離を詰め、その小さな体躯に似合わない痛烈な蹴りを放ったのである。ボリスの巨躯はくの字のまま場外まで弾け飛び、ずしんと重たい音を立てて地面に沈んだ。


 誰もがボリスの勝利を確信していた所で起こった予想外の勝敗に、聴衆は一寸の間水を打ったかのように静かになる。

 次いで、歓声が響いた。

 巻き起こる驚嘆と賞賛の嵐の中拳をあげてガッツポーズをする兎頭は、異様な風体でありながら堂に入っている。


「これは凄い! まるで砲弾のような蹴り! この小さな体のどこにそんな力が眠っているのでしょう! エルドレッドさん、今の蹴りはいかがでしたか?」

 グレッグは横にいる解説役に発言を求めたが、エルドレッドは口をぽかんと開けたまま兎頭を凝視するばかりで微動だにしない。

「エルドレッドさん?」

 不思議に思って名前を呼べば、エルドレッドはがたんと椅子を蹴って立ち上がって叫んだ。


「なんでパンツ!?」

「ええっ!?」


 この発言に驚いたのはグレッグの方だ。何を今更、と。先ほどまで華麗に知らぬ顔を貫いていたというのに。


「急にどうしたんですか!?」

「どうしたもあるか! 馬鹿な恰好した兎頭が弟だって気づいちゃった俺の気持ちになってくれよ! 叫びたくもなるでしょう!?」

「弟ォ!?」


 驚くグレッグの声に「何ィ!?」と反応したのは審判のライオネルだ。そのどちらにも応えることなくエルドレッドは「そこを動くな!」と実況席を飛び出していく。


「ザカライア!」

「お前良い蹴りだったなぁ!」

「服を!」

「日々研磨しているのが良くわかる!」

「着なさい!!」

「兄は誇らしいぞ!」


 走りながら弟に詰める解説者の声と、興奮した様子の審判の声が交互に響く。しかし弟に服を着せようと駆けだしたエルドレッドにとって、ライオネルのどこか外れた物言いは邪魔でしかない。


「兄貴うるさい!」

 その一声と共に繰り出された右の拳が正確に彼の頬を捉えた。が、ライオネルの鍛え抜かれた体は上体を逸らす事すらない。

「……いい度胸だ」

 いっそ愉しそうにすら聞こえる地を這うような低い声。握りこぶしを振りかぶるライオネルを前に、エルドレッドは「しまった」と舌を打つが、今は怒れる兄よりもほぼ全裸の弟をどうにかする方が重要である。その弟はというと、

「場外乱闘だ!」

 と嬉しそうにはしゃいでいた。場外ではないので正しくは場内乱闘。ただし乱闘するのは審判と解説者だ。


 この前代未聞の場内乱闘は、他の参加者や酔っぱらった聴衆などにも波及していき、過去に例を見ない盛大な喧嘩祭となった。

 優勝した兎頭の少年、ザカライア・カルバートは、「喧嘩しても怒られなくて、兄ちゃん達も遊んでくれるなんて最高のお祭りだな!」と眩しい笑顔で語ったという。

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