地獄の輪廻転生機

入川 夏聞

本文

      プロローグ


「茶番は終わりだ。もう、千年ぶりだとか何とか言って、この混乱は全部、お祭りなんだって事にしよう」

 朝の緊急会議の最後に飛び出した、目がイッちゃった課長のその一言は、本気、と言うより、本当にどうしようもない、と言うことなのかも知れない。


 呆然とする課員達に、てきぱきと“祭り”とやらの指示が伝達される。


 坂下さんには、総務課へ全舍臨時休業依頼と祭り開催の伝達(祭り内容の詳細は不明とあえて伝える辺り、本当にさも地獄で千年ぶりに謎の祭りが復活するみたいで悪質だ)、山本さんには、営業部地獄課の各界係へ、祭り期間中、各界は界道を開放して、死人への関与禁止を伝達、六道三役には、自分で話をつけるそうだ。


 私は課長のデスクの前に立ち、勇気を出して聞いた。


「あの……私のせいでこうなって申し訳ないですけど、そもそも地獄って今は、直接の設備運営を閻魔様達で、その他の死人霊体管理全般は我が六道舍にアウトソーシングじゃないですか。で、いくら輪廻転生機のインプット間違えて、明日以降死人が大量に溢れる予定だって言ったって、それをお祭りでーす、なんて、六道三役が許しても、閻魔様が……」

「おい、千夏」

「はい、課長」この人、目が、やっばー。

「閻魔様には、言わん」

「は?」

「死人がさばけないのは、運営たる地獄側の責任だ。俺たちは、千年に一度の最高の“祭り”が地獄であるんだよー、と、なんか、あれだ。黙示録的な何かで見ていて、知ってたんだ」

「はぁ」完全に目がロンパってきてるけど……。

「閻魔様達のような地獄のエリート様らが、よもや我々みたいな死人くずれの咎人として労役してるごとき輩が知りおろうこと、よもや知らぬとは言うまいな」

(言うまいな、て。知らないわよ、さすが労役二百年の元悪代官。ホントに怒ってるときだけ、いつも口調がそれっぽい)

「あの、で、私は何しましょう?」

「明日、日の本で五千人死ぬのを、食い止めろ」

「はーい」めんどくさ……は?

「てめえが、輪転機のインプットに入れる数を間違えたから、こんなはめになったんじゃあ、ねえのかい」

 課長は、バンッとデスクに、私が先週輪転機にかけた計画書を叩きつけた。


~第五九六〇三回期 輪廻転生機計画書~

(初版)

死人予定 四〇〇〇〇人

転生予定 三〇〇〇人

相殺霊魂 一〇〇〇人

※誤差有


 私は目をこらして、よく見た。うーん、何度見ても……「何度見ても、死人の数に〇がいっこおおいかな~、か?」

 裏声を出して、しゃくりあげるように見上げてくる課長の顔を見て、私は吐きそうになった。

「ふん。今頃泣き顔になってもしょうがあるめえ。急いで輪転機は停めたが、結局間に合いきれなかった分、日の本で五千人が明日死ぬことになっちまったんだ。小顔な美人が台無しなところ悪いんだがよ、泣きてえのは俺っちの方よ」

 そんな泣きっ面より聞きたいことがあったのに、彼は指示を投げてきた。

「てめえ、このまま祭りで誤魔化せるなんて、思ってるだろ。そうは行かねえ。これは時間稼ぎだ。と、言うより保険だな、地獄で祭りなんて、本気でやらせるものかい。死人が祭りなんて、閻魔の旦那に見つかれば、俺たち輪転課は文字通りお陀仏よ。この三千世界のいずこにも、跡形も残らず抹殺されらあ。いいかい、千夏」

「はあ」……あ、やだ、ネイル剥げてるかも。

「てめえは今すぐ日の本のニュースを調べて、明日、五千人が死にそうな事件を探せ」

「はあ、それじゃ……」スマニュかな、席もどってスマホでも見てよ。

「待ちやがれい!」

 そう言うと、課長は私に、日霊新聞を渡してくれた。


      二


 千夏は五分程、自席でスマホをいじってニュースを調べたあと、課長にもらった新聞から同じニュースを丹念に探して赤印をつけ(ここまで十分)、それをくしゃくしゃしてから、一時間スマホでゲームをして、ランチのために離席した。


      三


「課長! やっと調べました! 苦労したんでくしゃくしゃでスミマセンが、どうぞ!」

 なぜか肩で息をしている千夏から渡された新聞を手に取り、諸岡越前はしばし熟考した。


 我が六道舍は、日の本で死人となった霊体すべてを扱う。それが、明日、死者五千人……頭が痛い、どころの騒ぎではない。すでに、下界では何らかの兆候が出ているはずだ。予知を得意とする霊界ニュースで、把握できれば良いのだが。


 アホの千夏が印を付けたニュースは、次の三つ。


 一つ目。世界が注目! 卓球世界選手権開幕! ミウ&マウペア、遂に因縁の丁&寧ペアと地元中国で激突! 延べ五千人の日本人が応援に!


 二つ目。遂にエアロ参戦! 富士サファリロックフェス、開幕! 前夜祭には五千人が詰めかける!


 三つ目。驚愕! 沈黙のゾノタウン前園社長、北朝鮮のミサイルで、念願の宇宙へ! 将軍様も五千人の市民らと共に、打ち上げ式へ!


「私は、前園社長が怪しいと思います!」

「……行きたいのか」

「はい! ……あ、いいえ!」


 まあいい。すでにこいつの行き先は決まっているが、今一つ決め手に欠ける。新聞の予知欄に何か……む、これか!


「千夏。お前は富士樹海のロック会場へ急行しろ」

 全体的に短めな髪のくせに、わざわざ前髪をねじって不満を表す部下には構わず、諸岡越前は捲し立てた。

「霊界暗殺人を連れていけ。ターゲットは、これだ」

 彼は、話を聞かない部下のために、該当の新聞記事に大きく印をして、渡した。が、すでに彼女は踵を返していた。

 諸岡越前は嘆息して、新聞を複合機でスキャンした。暗殺人依頼書とターゲットの説明書を作り、クリアファイルに入れ、担当部署への送付状と共に封筒へ閉じた。また、出張先の地図、宿泊先、分単位のスケジュールを二部ずつ印刷して、こちらはピンクとクロのクリアファイルに入れ、それぞれに付箋でピンクは“千夏殿”、クロは“暗殺者殿”と書いて、合計三部の書類を、噛んで含めるように言い含めて、千夏に手渡してやった。彼女はあくびを二度ほど噛み殺していたので、前歯にずっと付いた海苔の件は、そっとしておくことにした。


      四


「か……ー、て……すと……」

「あー? なにー?」

 翌日、千夏からの霊界通信を受け取る諸岡は、気が気では無かった。もし、これで失敗すれば、全てが終わる。だが、自信もあった。

 実は昨日アホの千夏が消えたあと、優秀な坂下さんがこんな提案をしてくれた。

「あたしですね、前から気になってたんですが……」

 そう言って、パソコン画面を見せてくれた。


~第五九六〇三回期 輪廻転生機計画書~

(二版)

死人予定 八〇〇〇人

転生予定 三〇〇〇人

相殺霊魂 一〇〇〇人

※誤差有


「予定欄は初版以降は触れないので、強制再起動後の二版でも、もちろん変更不可ですけど、この、相殺霊魂欄は、触れます。これ、いじれば、何とかなるんじゃないですか?」


 諸岡越前は、天啓を得た思いだった。すぐに相殺霊魂を四千に修正した。二百年も、気づかなかったとは……どちらにしろ、ギリギリすぎるため、手を打つ必要は残る。


「会場潜伏のテロリスト、片付けましたー」

 通信が回復した千夏の報告で、勝負は決した。もう彼女の仕事はないので、そのままロックでも楽しむよう指示し、霊界通信のマイクはそのままにして、今日は課員全員で、ロックを楽しむことにした。舍内への伝達は、明日でも間に合う。


 一際大きな歓声が、マイクから響いた。海外の大物ロックバンドの、マイクパフォーマンスのようだ。同時通訳抜きでも、緊張感は伝わってくる。


“日本のみんな、ありがとう。今、この会場は滅亡の危機に瀕してる。ニュースを見るまでもない、ほら、空を見な!”


「ギャー!! 課長! あれは……」


 うるさい。コーヒーは、粉の量がだな。


“隕石さ!! あと数時間で、俺たちは地獄へ落ちる【ゴートゥへール】!!”


      五


 諸岡越前は、言った。

「さあ、てめえら。死人が溢れるぜ、もう地獄で最高の祭りを、やろうじゃないか」

 その目は、かつてないほど、ロンパっていた。


 地上では、祭りは最高潮だった。

“ゴートゥへール! ゴートゥへール!”

「あ、アサシンさん……実は、私」

 千夏は、二度と戻らなかった。


 坂下は霊界テレビをつけて、隕石が落ちる最後を見届けるつもりだった。


 山本は、定時で上がっていた。


 誰もがダメだ! と思ったとき、いつも奇跡は、遅れて起きるものだ。


 その時、坂下のつけたテレビから七色のまばゆい光が漏れた。それは、強烈な、原子と原子の融合的連鎖の末の、宇宙全体から見れば、ちっぽけな光だった。


 地上では、今、奇跡の歌声が、鳴り止まない。


 瞳を閉じては、いけない。

 この一瞬の全てを、逃したくない。

 

 この日、人知れず一人の英雄が、五千人もの命を救い、地獄へ旅立った。


      エピローグ


「諸岡君、ちょっと」

「はい、前園さん! なんざんしょ」

 てぐすね引いて前園に従う諸岡越前に、かつての威厳は全くない。


 いまや前園は、その経営手腕により、地獄の一切を取り仕切るまでに至っている。


 彼は生前、手っ取り早く打ち上げに合意してくれた北朝鮮から宇宙に行こうとしたが、ロケットだと思っていたのはロシアが転売破棄した核ミサイルで、打ち上げ後にたまたま現れた隕石に当たって死んでしまい、何の因果が影響したのか、そのまま地獄へ来た。そして、六道舍の派遣舎員となった。同じような立場で行方を眩ませた千夏の補充として、諸岡の元でゼロからスタートしたが、すぐに頭角を表し、数年で諸岡を六道三役へ押し上げて独立。裏で諸岡を操りつつ、三千世界全体へ人脈を広げ、莫大な資金を獲得して、六道舍および閻魔の設備全体を買収し、ゾノタウンへールディングスをぶちあげたのだった。


「祭りだよ、諸岡君」

「へえ!」

「要領を得ないかな、輪転機、あるだろ?」

「へえ」

「遂に、この時が来たよ」

「へえ……」

「最高の、祭りにしよう」

「へ……」


ーーさあ、死人予定欄のケタを、増やそうよ。


(了)

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