最高のお祭り

第1話


―――


「えっ!?犬を祀っている神社があるの?」


 あたしは思わず大声を上げる。隣を歩いていた親友はしーっと口に手を当てた。

「煩いから。ちょっと静かにして。」

「ご、ごめん……でも珍しいよね。犬を祀ってるなんて。」

「何でもその犬にまつわる伝説があるんだって。私も詳しくは知らないんだけど。あんたお祭り好きでしょ?来週そこでお祭りがあるらしいから行ってみたら?」

「そうだなぁ~犬を祀る神社のお祭りなんてお祭りウオッチャーの血が騒ぐね。行ってみようかな。バイト代も入った事だし。」

 ワクワクしてきたあたしは両手をグーにして目を輝かせる。そんなあたしに冷たい視線を向けた親友は『言っとくけど私は行かないからね。』と小さい声で呟いた。


 ふんっ!いいもん!どうせいつも一人で行く事になるんだから。


 そう思いながらもちょっと寂しいと思ってしまうあたしだった……



―――


「昔むかし、神社の裏山に化け物がいた。その化け物は毎年お祭りの日に美しい娘を人身御供として差し出さなければ田畑を荒らすので、村の人達は困っていた。

 ある年、村を通りかかった一人の修験者がこのことを聞いて、お祭りの夜に神社の天井に隠れて見ていると二人の大入道が現れ、舌をなめずりながら娘を二つにし、頭の方を東の坊、足の方を西の坊が持って「また来年お目にかかろう」といいながら暗闇の中に姿を消した。これを見ていた修験者は、娘の代わりに犬を囮に使う事にした。

 お祭りの日、修験者は娘の代わりに犬をかごに乗せ、例年通りお宮に供えた。やがて夜中になって現れた二つの大入道は、かごの戸を開け娘を出そうとすると犬が一声高く吠え化け物に飛びかかり、とうとう化け物をかみ殺したが、自分も血に染まって倒れてしまった。

 以来、化け物を退治した犬は神社のお前立となり、毎年この伝説をなぞらえて人身御供をかたどった「仮女房」と「犬ひき」を交えた行列が町を練り歩く祭りが毎年行われるようになった。その歴史は300年以上と言われている。……ふんふん、なるほど。そんな謂れがあるんだ。それにしてもその犬、可哀想だなぁ。村は守ったけど結局犠牲になったなんて……」

 あたしは読んでいた資料から顔を上げてため息をついた。


「それにしても……人多いっ!」

 周りを見回してみる。新幹線で何時間もかかる田舎だからと高をくくっていたけど、どこから集まってきたのっていうくらいの人手だった。


「でも確かに行列は見応えあったし、山車も凄かったなぁ。電線ギリギリだったし。」

 さっき見た山車と行列を思い出す。そして段々と引き始めた人並みに逆らうように歩き始めた。



―――


「あ、あれ……?いつの間にこんな所に来たんだろ……」

 ふらふらと歩いていたらいつの間にか神社に辿り着いていた。そこは例の犬を祀っている神社だった。しかし不思議な事に誰もいない。


「何で誰もいないの?確か行列の中にいたお神輿隊がここに集まるって村の人達が言ってたのに……」

 あたしはきょろきょろと首を振る。しばらく神社の入り口を睨んでいたけど、誰も現れなかった。


「どうしよう……帰ろうかな。」

 小さく呟いて踵を返そうとする。だけど何故か足が動かなかった。

「う、動かない……」

 中途半端な格好のまま、あたしは途方にくれた。

 するとその時、ぱぁっと辺りが光った。思わず目を瞑る。


「こんな所に迷い込むなんて。君はこの町の人じゃないよね?」

「え……?誰?」

「僕?僕はモモ。ここに住んでる……まぁ、守り神みたいなものかな。」

「守り神?あ!」

 声の主を見つけてア然とする。そこには犬がちょこんと座っていた。


「もしかして君が……」

「あの伝説知ってるんだ。そう、僕が村の人達の身代わりになって化け物を退治した犬さ。」

「そうなんだ。思っていたより小さいんだね。」

 あたしがそう言うと何故かモモは声を上げて笑った。


「理解が早くて助かるよ。何年かに一度こうやって迷い込む人がいるんだけど、ほとんどの人はパニックになって中々話を聞いてくれないから。」

「あたしはほら、変わってるから。」

 そう言って自分を指差す。モモはまた大笑いした。あたしもつられて笑う。


 でもどうしてだろう?犬が喋るなんて現実ではあり得ないし、他に誰もいないのも不思議だ。それなのにあたしはこうして受け入れている。これもお祭りウオッチャーの血がなせる事なのかな。


「じゃあさ、君が伝説の犬なら聞きたい事があるんだ。」

「何?」

「身代わりになって化け物のところに行くなんて恐くなかったの?」

「それは恐かったよ。でもこの村には僕の家族がいた。捨てられていた僕を拾ってくれたんだ。それにその年の生け贄はその家の娘だった。だから僕は決意したんだよ。家族を守る為にね。」

「そう、だったんだ。じゃあちゃんと守れたんだね。」

「うん。優しくしてくれたその娘も、その娘が大切にしている家族も、そしてこの村も。」

「そっかぁ。良かったね。」

 あたしが頭を撫でるとモモは擽ったそうに首を竦めた。


「村の皆が苦しむ方が僕にとって恐い事だったんだ。例え自分の身が犠牲になろうとも。」


 モモの声が頭の中に響く。そしてそれが消えた頃、あたしはふと目を開けた。


「あ、れ……?」

 いつの間に戻ったのか、そこは人でごった返す神社のど真ん中だった。


「はぁ~……それにしても不思議な体験だったなぁ。あ、モモ!」

 取り敢えず歩き始めたあたしの目に飛び込んできたのは、さっき会ったモモの銅像だった。


「そっくり。本当に会って話したんだなぁ。」

 そっと触れてみる。それは当たり前だけど冷たくて、モモの頭を撫でた時の感触を思い出してちょっと泣きそうになった。


 誰かの為に自分を犠牲にする。自分の命よりも大切なものがある。


 そんな思いを抱くのは人間だけだと思っていたけど、動物も同じなんだってあたしはモモに教えてもらった。


 人間の身代わりになって犠牲になったモモだけど、こうして300年もの間ここの人達に大事に祀ってもらって幸せなんじゃないかな。


 モモとここの人達にとってこのお祭りはきっと最高のお祭りなんだと思ってあたしは一人微笑んだ。



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