俺とカノジョの初めての

新巻へもん

全国大会

 ちゅっ。


 ミキのマンションの敷地の前で素早く口づけをかわす。今日はサークルの新歓コンパだった。まだ未成年なのでお酒は飲んでいない。なのでお酒臭くはないのだけれど、特選サラダに入っていたガーリックスライスが気になるところ。まあ、マンションの前であまり濃厚なやつはできないので、唇を合わせるだけの軽いのだから大丈夫だろう。


 ミキは自動ドアのところで振り返ると小さく手を振って中に消えていった。さて、自分の家に帰ろうとしたが、急に喉の渇きを覚えて、近くのコンビニに寄ることにする。児童公園の側にある全国どこにでもある何の変哲もないお店だが、俺にとっては結構な思い出の場所だ。


 正確にいえば、ここで買ったアイスが鮮烈な記憶となっている。店内でアイスの冷凍ケースをのぞき込む。あった。思い出の品が隅っこの方に残っていた。入れ替わりの激しいコンビニの商品で3年経った今もあるということはそれなりに人気のある商品なのだろう。


 おにぎりの陳列棚を通りながら新作をチェックする。奥の冷蔵ケースまでぶらぶら進みながら、ミキとの初めてのキスのことを思い出す。あの時もほんの軽く触れるだけのキスだった。今ではもうちょっと濃厚なのもすることがあるけど、あの感触は格別なものだ。


 きっと知らず知らずのうちに顔がにやけていたのだろう。お茶のペットボトルの支払いをする俺のことを見て店員が怪訝そうな顔をしていた。きっと、気持ちの悪い奴だと思われたに違いない。思い出し笑いなんだ。別に他意はないんだよ。心の中で言い訳をする。


 店を出てペットボトルの蓋を開け、一口お茶を流し込む。家への道を歩きながら再び、あの日のことを思い出していた。あの日とは、俺が遊んでるカードゲーム、センゴク☆サモナーの大会に出た日のことだ。


 このゲームは1対1で対戦するカードゲーム。自分のターンにコストを払い召喚したもので相手を攻撃し先に相手のライフをゼロにした方が勝ちというありがちなゲーム。ただ、名前の通り召喚するのが戦国武将というのがミソである。そこそこの競技人口を抱えており、発売元による大会が開かれている。


 そこそこの競技人口があるとはいえ世間一般からいえばマイナーな趣味だ。大学生にもなってカードゲーム? と眉をひそめる手合いもいる。自分のコントロールできる範囲で好きなことをするのに何の問題があるというのだろうか? ゲームだから? 将棋だってゲームだぜ、同じことを羽生さんに言えるのか、と言い返してみたい。言わないけど。


 彼女のミキも俺の趣味に付き合ってくれているのか、以前から一緒に対戦している。負けず嫌いで勝負中は真剣そのもの。対戦相手としてこれほど楽しい相手もいない。勝っても負けてもいい気分。

 

 ある時、行きつけのショップでの小さい大会に出たら優勝してしまった。地区ブロックの予選を兼ねていたために、地区ブロック大会に出場する。そして、まさかの2位に入ったため、全国大会の切符を手に入れてしまった。急に気後れしてしり込みする俺の尻をミキが力いっぱい叩く。


「あのさ。どんなことだって勝てるってのは凄い事じゃない。誰だって勝ちたいんだから。やれるところまでやってみなよ」


 ミキに励まされて臨んだ日本大会の会場は今までとは異なり、立派なビルの中にある大きなイベントスペースだった。入口にはゲームのイラストが入ったポップやプスタ―が立ち並び、最新版のカードセットの即売会も開かれていた。カードのキャラクターに扮したコスプレイヤーもいて賑々しい。ちょっとしたお祭り会場だ。


 ミキと二人で練った作戦はライブラリー破壊。その時はキーカードに依存した拘束デッキが主流だったので並み居る強豪を退けて準決勝まで進んだ。その後に優勝した相手に負けたものの、3位決定戦でなんとか勝って入賞。副将は好きな武将カードをオリジナルイラストで作ってくれるというものだった。ミキのお気に入りの立花宗茂をお願いする。


 大会からの帰り道、おそらく一生に一度のお祭り騒ぎによる疲れが残るなか、ミキを送っていった彼女の自宅前でのこと。

「今日は良く頑張ったねえ。ヒロもやればできるじゃん。これは私からの敢闘賞」

 俺の唇に熱い余韻を残してミキはさっとマンションの中に消えていった。


 その後は一度も大会には出ていない。もうやる所までやったという充実感があるからだ。あの経験は最高だった。最高のお祭り。最後のおまけも含んでのことだけど。


 

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