やばい女(その3)

浅草寺前の履物問屋・池乃屋の手代・仙吉は、暮れ六つの鐘が鳴るとともに店を出ると、ぶらぶらと歩いて鳳神社の境内を抜け、吉原大門をくぐった。

仙吉は、登楼するでもなく、見世の格子女郎をいちいち冷やかして練り歩く。

格子の中の女郎とも顔なじみなのか、

「仙さん、たまには上がりなよう」

などと、女郎のほうも長いキセルで手招きして、気安く話しかける。

仙吉は、そこそこのいい男だ。

ただ、のっぺりとした顔にまぶたの垂れた目、ひょろりと細い体つき・・・トカゲの化身のような不気味な雰囲気をまとっている。

格子女郎をからかうのに飽きたのか、半刻ほどすると大門を出て、三ノ輪の辻を左に折れ、日光街道を歩いてすぐの圓通寺裏の小料理屋に入った。

仙吉はここの常連なのか、「仙さん」とあちこちから声がかかっていた。

一刻ほど張っていたが、仙吉は動こうとはしない。

あるいは、家はこの近くなのか?

矢場の女のお美津をかどわかしたなら、こうも小料理屋で長居はしないだろう。

そろそろ引きあげようとしたとき、仙吉が千鳥足で店を出てきた。

浮多郎はあわてて店の横にかくれ、すぐあとをつけた。

仙吉はいきなりしゃきっとして、速足で歩き出した。

三ノ輪から浅草寺裏へ、元来た道をもどった仙吉は、池乃屋の裏手に回った。

いつしか、仙吉は手拭いで頬被りをして尻を端折っていた。

そこへ、やはり頬被りした5人ほどの男が音も立てずに集まり、仙吉を先頭にして裏木戸から池乃屋に押し入った。

大川橋たもとの番屋には駆け込んだ浮多郎は、

「池乃屋に押し込み強盗だ。火盗を呼んでくれ」

と、一声叫んでからすぐに池乃屋にとって返した。

半刻ほどすると、池乃屋の身上を洗いざらいかっさらった盗賊が、盗んだものを肩にして再び姿を見せた。

「御用だ!」

十手をかざした浮多郎は、ひとりで盗賊に立ち向かった。

頭らしき大男が、匕首を抜いて立ち向かってきた。

そのとき、呼子が鳴り、裏路地の向こうから抜刀した侍たちが殺到してきた。

「野郎!」

大男が匕首を腰だめにして、突き掛かってきた。

身をかわした浮多郎が、匕首を持つ手をはっしと打ち、喉に十手を突き入れたので、大男はもんどり打って倒れた。

このスキにと、仙吉が脇をすり抜けて逃げようとするのを、足を掛けて転ばし、馬乗りになって腕を締め上げたので、仙吉は女のような悲鳴をあげた。

「泪橋の浮多郎。お手柄だったな」

6人の盗賊を数珠つなぎにして引き立てる10人ほどの火盗の侍たちから、小頭の重野清十郎がもどってきて、ねぎらいのことばを掛けた。

「大事な話があるから、明日にでも清水門外の先手組へ来い」

と、いい捨て、重野は闇の中へ消えた。

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