【KAC】ひな祭りは突然に

流々(るる)

ひな祭りは突然に

「マジか……」


 夕飯を食べながら見ていたニュースでアナウンサーが速報を読んでいる。

『繰り返します。ただ今入った速報です。矢部首相は週明けの月曜日から全国の小中、高校を春休みまで休校にすることを要請すると発表しました』

 週明けの月曜って、今日は木曜だぞ。

 本当に休校にするなら、明日で学校は終わりってことかよ。俺たちの卒業式は? 火曜の謝恩会は――当然、中止なんだろうな……。


「最初で最後のチャンスだと思ってたのに」


 誰に言うでもなくつぶやいて、茶碗と箸をおいた。椅子の背にもたれかかって天井に目をやる。


「康太、休校になっても一人で留守番してね。四月からは高校生なんだし、母さん急には休めないから」

「あぁ。分かった」

「それにしてもいきなりよね。卒業式どうなっちゃうのかしら」


 ニュース番組に気を取られている母を残し、部屋に戻ってベッドへあお向けになった。

 出るのはため息ばかりでボーっとしていると机に置いていたスマホが鳴った。

 LINEの送り主はたけるだった。


『ニュース見たかよ 休校だってさ』

「知ってる」

『卒業式やるのかな』

「どーすんだかな」

『明日で学校終わりかー 外出禁止になったらつまんねー』

「だな」

『テンションだだ下がりじゃん そんなに学校が好きだったっけ?』


 うるせー、そういう問題じゃねぇし。


『あれか、里桜か?』


 うっ、なんで里桜りおのことをいきなり出したんだ、あいつは。


『スルーしてるってことは当たりだな』

「ちげーし 謝恩会の司会練習 無駄になっちまったなって」

『里桜と一緒に司会だったもんな』

「だからちげーし」


 可愛い犬がお辞儀をしている「おつかれさまでした」のスタンプが健から送られてきた。

 お殿様の「くるしゅーない」スタンプを返しておく。


 三浦里桜。ウチ演劇部の部長で、演出だけじゃなく自分で台本まで書いちゃう。後輩女子たちからも慕われる、あこがれの先輩ってやつだ。

 彼女に比べて俺はおちゃらけキャラで通ってるし、劇でもモブ役しかやったことがない。

 そんな俺たちが卒業謝恩会で司会をやることになった。

 隣のクラス推薦で決まった相方が里桜だと分かったときは――胸の中でガッツポーズを五連発したくらいだ。

 それなのに……。


 当然というか、翌日、学校で来週からの休校が知らされた。

 もちろん謝恩会も中止。

 卒業式はやる方向で検討中らしい。

 抱えきれないほどの荷物を持って家へ帰った。

 いま言いたいことはただ一つ。


「新型コロナウイルスのバカヤローっ!」



  週明けの月曜日、朝からやることもなくYoutubeを見ていた。

 インスタントラーメンを食べ終わってから、部屋で漫画を読んでいるとまた健からLINEが来た。


『暇か』

「お前は相棒の係長か」

『明日だけどさ、須賀神社へ来い』

「なんで?」

『暇だろ』

「そーいう問題じゃないだろ 外出はするなって学校から言われてるし」

『不要不急だっけか? 明日の話だから急じゃないし、目的があるから不要でもない』

「何するんだよ」

『この騒ぎが早く収まるように神様へお祈りするのだ!』

「マジに言ってる?」

『大マジだ』

「お前だけで行って来いよ」

『誰が俺だけで行くと言った? 劇部の連中も一緒だ』


 劇部って……。里桜も来るのか?

 健のやつ、ニヤリと犬が笑っているスタンプを送ってきやがった。

 あいつはエスパー斉〇楠雄か。


「何人来るんだ?」

『一、二年生も来るから十人くらいかな』

「それじゃ、行ってやるか あいつらと会う機会もなくなっちゃったし」

『んじゃ、二時に須賀神社の鳥居で』


 両手でOKマークをしたペンギンのスタンプを送ってやった。



 翌日の昼ごはんは冷凍チャーハンを暖めて食べた。

 皿を洗って着替えをし、戸締りをしてチャリ自転車に乗った。

 家から須賀神社までは十五分も掛からない。

 普段はめったに来ることもない鳥居が見えてきた。


「よ、久しぶり」

「金曜にあったばかりだろ」「康太先輩、お久しぶりです」「ちーっす!」「こんにちは」


 笑いながら健が片手をあげた。

 二年生の田中に益子、一年の木口も来ている。

 それとなく里桜を探したけれど姿は見えない。

 三月末に一、二年生だけでやる予定だった冬公演が、コロナのせいで延期になってしまったことをみんなで愚痴っていると、一人、また一人と集まってきていた。


「見に行きたかったんだけどなぁ」

「五月までには絶対やりますから見に来てくださいよ」

「ゴメン、遅くなって」


 振り返ると、綾と里桜が立っていた。


「よ、久しぶり」

「金曜に会ったばっかりでしょ」


 綾が健と同じツッコミを入れてきた。

 その隣で里桜が笑っている。


「それじゃみんな揃ったから行くか」


 健の一声でみんなぞろぞろと歩き出した。

 この少し奥に本殿がある。


「謝恩会、残念だったね。せっかく練習したのに」

「俺的には良かったかもな。台詞を噛んで恥をかくのが目に見えてたし」


 里桜が気をつかってくれたのに、思ってもいないことを言ってうつむきながら歩いた。

 残念なんて言葉で表せない程、がっかりしたんだよ。本当は。

 クラスも違うし、卒業式でも二人になることなんてないと思っていたから、この謝恩会が終わるときに里桜へ告ろうと思っていたんだ。

 そんなこと、今は言えるはずもなかった。


「すごーい!」「なんか感動する」


 綾たちの声に顔を上げて――驚いた。

 ここの本殿は少し高いところにあって、そこまで昇る石段が二十段ほどある。

 そこの両脇にひな人形がびっしりと並べられていた。

 華やかな色とりどりの衣装を着た人形たちが静かにこちらへ顔を向けている。

(そうか、今日はひな祭りだった)

 この街で生まれ育った子供たちの幸せを願おうと、十年ほど前から三月三日に須賀神社へひな人形を奉納するようになったことは知っていた。

 でも実際に見たのは初めてだった。

 神社と言うこともあるせいか、厳かな雰囲気もあるし親しみも感じる。


「どうだ、すげーだろ」


 なぜか健が自分のことのように偉そうにしている。


「姉ちゃんがいるから、俺は何回か見に来てるんだよ。綾も里桜も見たことがないっていうからさ、どうせならここでやろうと思って」


 へぇー、そうなんだ。ん? やるって何を?


「ほら、俺たち劇部版のひな飾りをやるぞ。人が来ない間にぱっと終わらせよう」


 そう言うと、健は俺の腕を取り上段へと押し上げた。

 綾に促された里桜も上ってくる。


「はい、お内裏様とお雛様はさっさと座っちゃってくださーい」


 健は何言って……え、あ……えぇっ!?

 里桜が隣に座ってこっちを見上げてる。


「おまえ、なんで俺がお内裏様をやらなきゃいけないんだよ」


「マジにそれを俺から説明させる?」

「だいたい康太先輩は鈍すぎるんですよ」

「演出には厳しい里桜が、康太にはほとんど注意なんかしたことなかったでしょ」

 呆れたような声があちこちから飛んできた。


「早く座って」

 里桜がシャツの裾を引っ張る。


「はーい、三人官女さんたち、並んでー。はい、次、四人しかいないけれど五人囃子ね。最後に右大臣、入りまーす」


 健が仕切って並び終わった。

「それじゃ撮りますよー」一年生が声を掛ける。

「リア充、はんたーい」益子がわざと低い声でぼそっと言った。


 みんなで大笑いしている写真は、次の日から俺のスマホの待ち受けになった。

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