弥生と小雨と、

佐々木実桜

恵みの雨??

「ねえ佐藤」


「深瀬さん、なに?」


二年生最後の日、帰り支度をしていると話しかけてきたのは同じクラスになって二年目にも関わらず数えるほどしか話したことがない深瀬弥生。


出席番号が近い訳でもない、ただ同じクラスなだけの女の子だ。


「3月18日、空いてる?」


今日は3月4日、まだ二週間ほど先のこと。


しかし残念ながら暇を持て余してる友達の少ない男子高校生なもので、その日もたしか空いていた。


「空いてるけど」


「弥生祭り、一緒に行ってくれない?」


弥生祭りとは、高校の近くで毎年開かれているらしい地元の祭りのこと。

俺は行ったことないけど、同級生のSNSに載っていたのを見たことがある。


「…誰と?」


「私と」


いかん、ここで二人きりだと勘違いしたら最後、高校最後の一年からかわれて終わってしまう。危ない危ない。


「他には?」


「私と二人きり。ダメだったら誰か誘うけど」


予想外。二人きりらしい。


ダメだったら〜と言いながら深瀬さんは少し顔を曇らせている。


「ううん、俺はいいけど、深瀬さんこそ俺と二人きりでいいの?」


少し馬鹿な質問をした自覚はある。


「」


「え…」


「じゃあ、18日の6時半、改札前で。バイバイ」


「あ、うん、バイバイ」


俺が深瀬さんの返答に放心状態になってる間に深瀬さんは去っていってしまった。


でもずるいと思う。


少し耳を赤くしながら、


「いいに決まってるでしょ、佐藤と二人きりで行きたくて誘ったんだから」


なんて。18日、どんな顔をして行けばいいんだ。






二週間は一瞬で、あっという間に18日になってしまった。


「兄ちゃん出かけるなんて珍しいね、デート?」


と妹にからかわれてなんとなく


「そうかもね」


と返してしまったものだから問いただされて大変だった。


駅に着いたのは6時20分、いいくらいだろうと思っていたらなんと深瀬さんは先に着いていた。


「ごめん、待たせた?」


「いや、私が早く来すぎただけだから」


「何時に来たの?」


「…5時半」


そういう深瀬さんの顔と手は真っ赤で、マフラーもしていないものだからきっと寒かっただろう。


「寒かったでしょ、マフラー貸そうか?嫌じゃなかったらだけど。」


「あ、うん、借り…ます。」


なんで敬語なんだろう。


(マフラー、臭くないといいなぁ)


ぼんやりと考えながら、深瀬さんが巻くのを眺める。


「ありがとう、行こうか」


「うん」


そうして駅の外へ出ようとして、今日は小雨が降っていることに気づいた。


「天気予報見忘れてた、コンビニで傘買ってこようかな。」


「私、折りたたみなら持ってる。」


「そうなの?じゃあいいかな、俺は別にちょっとぐらいなら濡れても大丈夫だから」


「…入る?一緒に」


「え、」


「ちょっと狭いけど…」


「じゃあ、お言葉に甘えて…」




俺は知らなかったが、弥生祭りは小雨決行だったらしく、人もそこそこ来ていた。


雨なのによく来るものだ。


りんご飴やフライドポテト、食べ物だけじゃなく射的やボールすくいの屋台もあって、結構大掛かりなようだ。


いちご飴を食べる深瀬さんはなんだかリスみたいで可愛かった。


「…そんなに見ないで」


「ごめん、つい」



色んな屋台を回って、俺は深瀬さんが少し足を痛そうにしているのに気づいた。


「深瀬さん、俺少し疲れたからどっか座ろっか」


「…うん」


会場に休憩所として設けられたテントに座れる場所を見つけ、二人並んで腰かける。


「足、大丈夫?」


「ちょっとだけ、痛いかも。」


ヒールによるかかとの靴擦れが痛々しい。


「貸して、絆創膏貼ってあげる」


「…ごめん、迷惑かけて」


「気にしない気にしない。はい、出来た。」


「ありがとう、調子に乗って慣れもしないヒール履いてくるもんじゃないね。」


「まあまあ、似合ってるし俺は可愛いと思うよ。」


「そういうのよくないと思う」


「何が??」


「そういうの。」


そういうのって、どれだ??


「雨、止まないね。」


「そうだね、小雨にしては長いかも。せっかくのお祭りなのにね。」


空を見ながら話す。


「…私にとっては、最高のお祭りだけど、」


「え?」


「うちの高校のジンクスのひとつに、この祭りのことがあるんだよ、知ってる?」


「んー、知らない。」


「小雨が降る弥生祭りの日、好きな人と二人で行けたら恋が叶う、っていう。」


「…?」


「もう足大丈夫だから行こっか」


俺の気がハッキリしないうちに深瀬さんは先々と歩いてしまった。


「…え?」



気がついた時には、雨はもう上がっていた。


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弥生と小雨と、 佐々木実桜 @mioh_0123

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