初めての雛飾り

まっく

初めての雛飾り

「それって、逆じゃない?」


「でも、右が女雛って書いてあるよ」


「向かって右だと思う。ほら、写真」


「そうなの?」


「大体そうでしょ。なんでアンタお内裏様目線なのよ」


 私も旦那も、初めて雛人形を並べるものだから、いきなり内裏雛だいりびなをテレコに置いてしまう始末。


 雛祭りの前日の今日、突然、田舎の母から雛人形のセットが送られてきた。

 実家にそんな物は無かったから、詐欺か何かと思って、慌てて母に電話すると、仲良くしてる近所の人から譲り受けたのだそう。

 その方は子宝に恵まれず、母親から受け継いだ雛人形をいつか処分しないといけないと思っていたのだが、うちの母がたまたま孫の話をして、今なら雛祭りに間に合うだろうって事で、是非役立てて欲しいと言われたのだ。

 古くて申し訳ないということだったが、保存状態も良く、うちのマンションには似つかわしくないほど立派な物だ。

 母一人で私を育ててくれたものだから、雛人形を買う余裕などなく、母は孫が出来て、ようやく母親らしい事が出来て良かったなんて、満足気な声で喋ってたけど、こちらに連絡もなしに、いきなり大荷物を送り付けるのは勘弁してもらいたい。

 まあ、それが母らしいと言えば、母らしいのだけど。


三人官女さんにんかんじょの中央は、三方さんぽうを持ったやつだって」


「さんぽー、って何?」


「分かるわけないじゃん」


 五人囃子ごにんばやしは、向かって左から、太鼓たいこ大鼓おおつづみ小鼓こつづみ、笛、扇を持ったうたいと、持っている物が大きいやつから順番に並べるようだ。

 それから、四段目に随身ずいじん(通称、右大臣と左大臣)、五段目に仕丁しちょうという三人組までを並べて、ようやく人心地が付く。

 娘がなかなか寝つかず、それから準備を始めたものだから、予想外に時間が遅くなってしまったが、朝起きて、娘が初めて雛人形を見た時の顔を想像すると楽しみで仕方がない。

 旦那は「もう二度とやりたくねぇー」なんてほざいてやがったが、毎年やります!

 私には、娘のももに出来る限りの事をしてあげる義務があるから。それに付き合うのも旦那の仕事でしょ。




「うぁー、なにこれ。きれーなおにんぎょさん、いっぱぁい」


 朝起きて、存在感のハンパない雛飾りを見た娘は、少し舌足らずな声でそういって、「なんでー、なんでー」と、私の袖を引っ張る。


「今日は桃の節句だから、雛人形を飾るのよ」


「えー、ももの?」


 娘は自分の事を指さし、目をぱちくりさせている。


「そうだね。ももの名前は桃の節句の桃から取ったんだよ」




 産婦人科を受診し、赤ちゃんを授かったと分かった時は、本当に嬉しかった。

 出産予定日を計算してみると、三月の最初あたりになりそうだった。

 赤ちゃんは、女の子だと分かっていたので、旦那と「きっと雛祭りの日に生まれてくる」と言い合って、その願いを込めて二人してお腹の中に向かって、『ももちゃん』って呼び掛けたりしていた。


 一つ心配だったのが、お医者さんから「子宮頚管しきゅうけいかんが短いから、早産になるかもしれません。なるべく安静を心掛けて下さい」と言われていた事だった。

 しかし、ずっと体調も良く食欲も旺盛、張り止めの内服薬も飲んでいたので、変わらずにスーパーのパートに出ていた。

 正直に言ってしまうと、出産を甘く見てしまったのだ。


 妊娠三十週目に入った十二月二十五日。パートからの帰り道で、突然の破水。救急車で運ばれて、緊急帝王切開になってしまった。


 気が付いた時には、出産の実感もないままに、ももが生まれていた。

 看護師さんに「おめでとうございます。母子ともに命に別状なくて良かったですね」と言われても、全く喜ぶ気にはなれなかった。

 自分の油断のせいで、赤ちゃんの命を危険に晒したのである。

 旦那は、目いっぱい心配した反動か、超ハイテンションで、赤ちゃんの名前も「クリスマスだけど、もう、ももしか考えられないよな」と嬉しそうに言っていたが、私はちゃんと雛祭りの日に生んであげられなかった後ろめたさがあったので、少し躊躇ためらう部分もあった。でも、その事を忘れずにいようと思って、名前をももに決めた。


 生まれた時の体重は1760gと、この時期の胎児の平均体重よりも大きく、現在に到るまで、大きな病気をする事もなく、健やかに育ってくれてはいるのだが。

 しかしまだ、ふいに、もし出産時の影響で病気になったらと考えてしまい、夜、眠れなくなってしまうこともあるのだった。




「ももはね、雛祭りの日に生まれてくるかもしれなかったんだよ」


「でも、もものおたんじょうび、クリスマスだよ?」


「そうだね。パパとママが、ももに早く会いたいって、ずっとお腹の中に向かって言ってたから、ももが早く出て来てくれたのかもね」


「うん! ももはやくパパとママにあえたならうれしい!」


 そう言って、娘と二人、ぎゅーっと抱き締め合ってあっていると、「二人だけで、ズルいぞー」って言いながら旦那も部屋に入って来て、三人で一塊になって、畳の上にごろんと転がった。



 晩ごはんは、菱餅ひしもち型ちらし寿司と、インスタントの蛤のお吸い物、デザートには娘の大好きな桃の缶詰。

 菱餅型ちらし寿司は我ながら感心するほどの力作だ。

 菱餅は、上からピンク、白、緑となっているが、ピンクは桜田麩さくらでんぶを混ぜたご飯、白は普通の酢飯、緑はほうれん草を桃缶のシロップで煮詰めてペースト状にして混ぜたご飯で作った。そして、ピンクと白の間には薄焼き玉子、白と緑の間にはスモークサーモンを挟み、一番上にはマグロの刺身で作った花を乗せている。

 その分、他は手抜きになってしまったけど。


 娘は「たべるの、もったいなーい。けど、おいしー」と言って、パクパクと食べ進めている。

 下の段の緑が、苦手なほうれん草だと気づかずに。


 私が晩ごはんの後片付けをしている間、いつもなら旦那とテレビでアニメを見ている事が多いが、今日は雛飾りのある部屋に玩具を持ち込んで、なにやら雛人形とお話をしながら一人で遊んでいる。よっぽど気に入ったのだろう。

 旦那は旦那で「久し振りに好きなテレビが見れる」と、普段あまり家で飲まないビールを片手にご満悦である。


 晩ごはんの後片付けが終われば、今度は雛飾りの片付けだ。その前に娘を寝かしつけないといけない。


「さあ、もも。お片付けして、寝る用意するよー」


「えー、もうちょっと、おにんぎょさんとあそびたいのにー」


 切ない表情で、娘に下から見上げられると弱いのだが、ここは心を鬼にする。


「ももがお片付け出来ないと、パパとママもお人形さん片付けられないでしょ」


「おにんぎょさん、かたづける? おにんぎょさん、あしたもいっしょがいいのー」


 もう娘の瞳からは涙が溢れそうになっている。

 私もせっかく綺麗に飾れたので、少し片付けるのは惜しい気はするが、婚期が遅れるから、くれぐれも三月三日のうちに片付けるよう母に強く言われてもいるし、迷信だろうが娘に出来る事はやっておきたい。


「お人形さん、今日に片付けないと、ももお嫁さんに行けなくなっちゃうよ」


 そう私が言うと、娘は「えっ」と一瞬絶句した後、「それはだめー」と言いながら玩具を片付け始める。

 娘の今の夢は素敵なお嫁さんになる事なのだ。


「ママも毎日、ももの為にお片付け頑張るから、ももだって、これからは自分の玩具は自分でお片付け頑張ってね」


「そしたら、およめさんになれる?」


「きっとなれるし、来年はもっとたくさんお人形さんと一緒にいられるよ」


 雛人形は、二十四節気にじゅうしせっき雨水うすいの日から飾るのが良いとされているみたいなので、来年は必ずその日に飾ろうと思う。


「じゃあ、パパも、おようふくぬいだら、かごにちゃんといれないとダメだね」


「だってさー、パパ」


 心の中で「ももグッジョブ!」と親指をたてつつ、旦那に追い討ちを掛ける。


「パパも、ももの為に頑張るよ」


 この約束がいつまで続くかは分からないけど、ほんの少しづつでも家族みんなで成長していけたらいいなと思う。


 こんなに最高の雛祭りのきっかけを作ってくれた母も呼んで、来年はもっともっと最高の雛祭りにしよう。

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