悲しさと寂しさを思い出の地で

岩水晴檸

悲しさと寂しさを思い出の地で

中学三年生の冬。どちらかというと立春を過ぎて春が近づき始める今日この頃、僕は自家用車の助手席に乗って受験に向けての参考書を眺めていた。目的地は東北のとある県。父親の仕事の都合で東北に引っ越すことになったのでその荷物降ろしに行くのだ。

高速道路の外の景色は見てても面白くなく参考書を読むのも飽きて窓の手前に肘をかけると運転中の父が話しかけてきた。

「やっぱり、みんなと別れるのは嫌か?」

あぁ。こんな言葉、何度聞いたことか。

「いや、そんなに。」

呆れたように返すと父は困ったようにそうかと頬を掻いた。


僕は一度、小学校に入るときに東北から東京に引っ越した。幼稚園のときの記憶なんてもうほとんど無くて、当時悲しかったかも何かもわからない。今回は東京に九年もいて流石に悲しい気分になるのだろうと思ったが然程ではなかった。離れ離れになって寂しいとか、いつでも会えないから悲しいとかそんな感情は抱いたことが一時からなかったのである。


県内に入ると何故か車はおじいちゃんの家の近くについた。父親達は引っ越し予定の家で荷物を降ろしてくるらしいが、僕は息抜きにおじいちゃんも居る冬祭りにでも行ってろとのことだった。

別に乗り気ではなかったが、行く宛もないので仕方なく公園内に入る。足元には多少雪が残り、屋台がずらりと並んでいる横の小さな広場には子どもが楽しそうに遊んでいる。中には一人で遊ぶ成人ぐらいの女性もいた。

「成人ぐらいの女性……?」

自分の心の声に突っ込みながらもう一度その方向を見ると一人で楽しそうに雪玉を作って投げる美人の女性がいた。

「それっ!あぁ、置いてかないでよ!それっ!!」

誰に置いていかれそうなんだ……。しばらくそれを観察してると、その女性の投げる玉が自分目掛けて飛んできた。気づいたときには避けようもなく顔にスパァンと豪快にあたった。

「いってぇ……」

明後日の方向に飛んでいって僕の顔に直撃した事が分かったのか、女性は僕に向かって飛んでくる。

「ふぁ?!だ、だだだ、大丈夫ですかぁぁ!?」

すみません、すみませんと言いながら冷たい手で僕の顔の雪を取ってくれた。

「申し訳ないですっ!怪我がなくて良かった……!」

「いえ、こっちもぼうっとしてましたので。それでは」

あまり初対面の人と話すのは得意じゃないので早々に立ち去ろうと思ったのだが今度は冷たい手が僕の手を握って止めた。

「お詫びを!お詫びをさせてください!」

必死にそう言って顔を近づける。

「いや、いいですから」

「そうはいきません!私が良くないんです!」

鼻頭と頬が赤く染まっている顔を更に近くまで寄せられこんなにお願いされるので流石に根負けしてしまった。


「何が食べたいですか?!薄焼き、たこ焼き、焼きそば、全部美味しそう!好きなのいいですよ!」

無邪気な人だ。本当に成人だろうか。もしかしたら高校生ぐらいなのかもしれない。

「じゃあ、僕はあれが」

そう言って指差した方向にあるのは氷の一文字の暖簾だ。

「かき氷……ですか?」

「えぇ、僕、冬に冷たいもの食べるの好きなんですよ」

「なるほど!わかりました!じゃあ、買ってくるのでベンチにでも座って待っててください!」

言われたとおりに近くのベンチに座ると屋台の一角を見ることができた。

本当にずらっと多くの屋台が並んでいて、熱気も、ステージから聞こえる太鼓の音も何ら夏祭りと変わらない。

冬でも活気が溢れていた。

「お待たせしました!遠くを見て、どうしたんですか?」

かき氷を受け取ると、女性も俺の隣に座る。

「……冬なのに、こんなにすごい熱気が出せるなんて凄いなって思って」

「確かに!そうですね。毎年見てるから普通だと思ってました!お兄さん、この地域の人じゃないですもんね?」

少しドキッとした。何も悪いことなんてしてないのに。見透かされているようなこの感じに緊張した。

「なんで、分かるんですか」

にこやかなその女性は笑顔を貼り付けたように口角を落とすことなく疑問に答える。

「この地域、子どもなんて覚えられるぐらいしかいないんですよ。夏祭りは夏休みで人が大勢きますが、冬祭りは普通の土日にやるので特別な人は来ません。つまりそういう事です!」

「な、なるほど」

ちょっと変な気持ちになってしまった自分にかき氷を投入する。

「そういえば!自己紹介してませんでしたね!私、やなっていいます!今年で20!成人です!」

かき氷を口の中で溶かしてから飲み込むとなんか自分も自己紹介しなきゃいけない感じだったので続ける。

「僕は、宮司っていいます。中三です。」

「中三!?受験生じゃないですか!?こんなとこにいて大丈夫なんですか?!」

この人もか。受験、受験。面倒くさい。

「……問題ないですよ。こっちの僕が志願した高校の偏差値なんて皆が行く東京の高校より相当差がありますから。勉強しなくたって入れます。」

「へぇえ……。引っ越して、来るんですか?」

こっちで高校に入っているであろう人には強烈な煽りになっていると思ったがそうでも無かったようで次の質問をされた。

「まぁ。」

素っ気なく返す。

「寂しいですよね。皆と別れるの。」

まただ。受験、引っ越し、このワードにはなんだか大変、と寂しい、がセットになっている気がする。もう正直うざったらしかった。

「そんなことないですよ。別れなんて、何回も経験してますけど。」

自分の中でのテンプレートで返した。

「私は、寂しかったなぁ。って感じがします。」

遠くを見つめて、何か引っかかる言い方をする。

「感じがする……?ってなんですか?」

「私、実は記憶が曖昧なんです。ここ5年ぐらいの記憶はあるのに6年前ぐらいの記憶から段々と。」

かき氷の下のほうが溶けて山頂が少し傾く。まずい方に話が進んでいる。そんな感じがした。

「病気……ですか?」

だけど自分の口から質問が止まることがなかった。聞きたかったのだろう。この人が少し謎めいていることに興味を持ったのかもしれない。

「いやー。多分、落としてきてるんだと思います。この公園のどこかに。」

「は?」

ふざけているのだろうか。悪いことを聞いたかな、と。少し心配しながら恐る恐る聞いていた自分が馬鹿らしい。僕は立ち上がり、すっかり水っぽくなってしまったかき氷を飲み物の様に飲み干すとさっきまで座っていた所にカップを置いた。

「なんか、付き合ってられません。かき氷ご馳走様でした。お元気で」

背を向けて歩き始めようとしたその時だった。

「待って!置いていかないで!!」

びくっと体が震えて、止まらなくてはいけないような、そんな不思議な力で僕の足は止まっていた。

「……。」

「お願いだから、もう少しだけ話を。」

振り返るとすごい必死な顔で、どこか寂しそうに僕の手を握っていた。

「はぁ。分かりましたから。手を、離してください。」

きっとまともな頭をしてないんだろう。そう思いながら少し付き合ってこっそり帰ろうと考えていた。

「……どんな形なんですか。その落とし物は。」

「熊の人形。多分。そうだったと思います。」

数時間だろうか、僕たちは公園内をくまなく探し回り結局最初雪玉を当てられた場所に戻っていた。

「無いですよ、やっぱり」

「全部回ったのに。今年も見つからないんだ」

落胆しているやなさんに疑問をぶつける。

「……毎年探してるんですか?」

「はい。弟と私を繋ぐ、大切なものだから。あれしか、私達姉弟を繋ぐものが無いから。」

そう言って立ち上がると枝打ちした木が大量に積まれている所に視線を向けて、身を小さくする。

「ん?あれって。あそこにあるのはっ」

走っていくその姿は何だか懐かしくて、記憶に刻まれているとある人とぴったり、重なった。

「姉……さん?」

「あぁ懐かしい……。やっぱり、思い出す。見つけた!見つけました!」

無邪気に熊の人形を掲げると、それを持って僕に近寄って、差し出す。

「はい、みや。落とし物だよ?」


僕には五歳年上のお姉ちゃんが五年前までいた。家族思いで弟の僕には人一倍良くしてくれた。当時中三だったお姉ちゃんはこの冬祭りの時に熊の人形を射的で取ってくれた。そこまで子どもじゃない自分は素直に喜べなかったけど一応受け取った。そんな帰りに事故は起きた。お姉ちゃんは横断歩道を赤信号で渡りだした幼稚園児を止めるために輸送トラックの前に飛び出して、亡くなった。幼稚園児は無事助かったけど、僕はあまりにも突然の別れに、ショックで泣けなかったし、何なら何も感じれなかった。その時にこの人形は落としたんだろう。それを、姉ちゃんは幽体になっても探しててくれたということなのだ。


冬祭りは終盤に差し掛かっていて、もうすぐ花火大会が始まろうとしていた。

「なんで、最初に教えてくれなかったんだ」

「多分信じてくれなくて、すぐに帰っちゃうと思ったの。」

「……。」

「図星ね。は〜あ。みや、大きくなったね。お姉ちゃん、もっかい会えて嬉しいよ。あ、これ!みやにあげようと思って去年射的で取ったんだ。」

上着のポケットに手を入れると細い木の棒を僕に手渡した。

「鉛筆……?」

「受験だし丁度いいんじゃない!?……みやに私の受けれなかった受験、ちゃーんと経験してほしいんだ。あのドキドキ、ワクワク、私にもこの鉛筆で伝えてよね。あ!ほら!花火!上がったよ!!」

「うん。なぁ、姉ちゃん。俺さ、やっぱり悲しいし、寂しいわ。皆と別れるのも、姉ちゃんが死んだのも。」

「うふふ、私に関しては今更ぁ?皆には後でちゃんと気持ちを伝えれば大丈夫。……泣いちゃだめ。中三の男の子、でしょ?上を向いてれば、溢れないから。」

「うん。……綺麗だね。」

「そうねぇ。毎年見てるけど、今年は見てて最高に嬉しい。最高の冬祭りだよ」

そう言って姉ちゃんは僕の手をぐっと握ると少し震えて小さな声で言った。

「受験、頑張ってね。宮司。」

手を握られている感覚はなくなって、隣を見ても誰も居なかった。

ありがとう。お姉ちゃん。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲しさと寂しさを思い出の地で 岩水晴檸 @boru_beru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ