14の戦争

麦直香

14の日常

 暇だ。

 朝とかだったら早く過ぎるくせに、こういう時に限って時間はノロマだ。二年玄関ここは深夜の住宅街みたいに静まり返っている。一方で体育館からはいくつものボールの音がきこえてくる。ボスッ、ボスッと鈍く、どこかドスの効いた響き。ただそれだけが耳に入ってくる。

「おっ、待ってたか。」

 いつのまにか、拓馬がおりてきていた。

「何分待たせんだよ」

「いや、わりいわりい。しばかれて」

「誰に」

「柴田」

「やば、最悪じゃん」

 柴田先生は二年の数学担当だ。おまけに学年の生徒指導も兼任している。

 ワークひとつでも忘れたらもの凄い勢いでどなる。三週間前、久しぶりにキレたときは、教室二つ分はさんでもはっきり声が聞こえてきたほどだ。

 だから、みんなビビっている。――――たった一人、拓馬を除いて。

「何でそんな怒られたん?ま、あいつの場合、なにしてもキレるけど」

 そう言って、薄い黄土色に染まったシューズを手に取る。拓馬のは最近買い替えたばかりらしい。まだ真っ白だ。

「大した事はねえよ。期限おくれて提出しに行ったら、いきなり『他に言うことあるだろ!』って怒鳴られて。まじイライラするわ」

「週明け、逆ギレして殴るなよ」

「分かってる。柴田殴っちゃいけないってことぐらい」

 他のやつは殴るのかよと言いたくなったが、すんでのところでこらえる。こんなこといちいち言ってたらきりがない。


 紐を整え、外に出た。背中にダンベルを背負ってるみたいに重い。自転車通学の奴らがうらやましいと、こういう時つくづく実感する。

 体育館の方角に、夕陽がぼうっと、提灯のように灯っている。目の前の校庭も照らされて砂漠みたいになっていた。

 奥には、第一カバンがきれいに整列していた。軟式テニス部だ。須賀中うちでは一番人気の部活でもある。昼休みには、校庭としても併用されるから、コートはでこぼこだ。となりの席の水上みなかみ いずみという女子が軌道が読みづらいと話していたが、なぜかここ最近、軟式テニス部は県大会で結果を残すようになった。

歩いていくと、アスファルトの駐車場がみえてきた。その先が校門だ。朝通ると、運動部のミーティング場兼たまり場と化している。

「浅田」

突然後ろから声をかけられる。誰だろうと振り向くと、宮嶋朱音みやしまあかねが笑みを浮かべて立っていた。俺らと同じく、ネイビーに白いラインと蛍光色の入ったジャージに、身を包んでいる。

「何笑ってんだよ、お前」

「別に。それより、ちょっと二人で話さない?」

ドクッ。胸が高鳴る。これ、ワンチャンある……ってやつか!?

「あ。先に言っとくけど、告白とかじゃないからね」

そうだよな。そうだよな。知ってた。


近くの大通りまでくると、朱音は「ここなら大丈夫でしょ」と言った。他人の恋バナやら、失敗談やらが大好物な、拓馬は意外にもついてこなかった。まあ、来週登校したら、全員が僕を注目してくれるだろう。もちろん悪い意味で。

「最近、どう?」

「あ?なにが」

「成績とか……ほら………」

やけに、しどろもどろだ。不自然。そう感じる。いつもマンシンガントークで喋る紗英とは、百八十度ちがう。

ああ。なるほどな。魂胆が分かった。

「部活だろ。聞きてえの」

朱音の目がとまる。

「悪いけど、今は話したくねえんだよ」

ひどい。こんな自分勝手な言い訳で、片づけられるわけがない。自分でもわかっている。だけどウソを言って、自分がこれ以上傷つくのもイヤだ。

朱音はしばらく黙っていた。

「ごめん」

びっくりした。てっきり、そのまま立ち去ると思っていた。

「私が悪かったわ」

朱音がコクっと頭をさげる。

「変な気持ちにしちゃったね。大丈夫?」

「大……じょぶ」

声がこわばって、うまく言えない。オレの顔をみると、朱音は再び笑顔に戻った。

「じゃ、バイバイ」

そう言って、オレとは反対方向へ駆けていった。

深く息をはく。陽は、薄曇りに隠れていた。


 


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