最後の文化祭

緋色 刹那

最後の文化祭

 私立 輪所為わっしょい高校が来年、閉校する。

 最後の在学生である3年生達は、高校最後の文化祭を悔いなく成功させるべく、クラスごとに話し合いを行なっていた。


〈3年A組〉

「まずは出し物を決めよう。最後だし、今までやったことのないことがしたいな。何か、いい案はないか?」

 文化祭実行委員の賀来かくが壇上から質問すると、お調子者の与村よむらが手を上げた。

「だったら、チーズ転がし祭りやろうぜ!」

 チーズ転がし祭りとは、イギリスで行われている、丘の上からチーズを転がし、追いかける祭りである。

「知ってる! すっごくデンジャラスな祭りだよね!」

「俺、一度でいいからチーズ転がし祭りをやってみたかったんだよねー」

 他の生徒達が皆、チーズ転がし祭りに賛同する中、チーズ転がし祭りの恐ろしさをよく知っている賀来は「ダメだ」と首を振った。

「あんな危険な祭りを学校でやっちゃいけない。そもそも、どこでやるつもりなんだ? 学校の近くにあんな丘はないぞ」

 すると与村は「待ってました」とばかりに説明した。

「1階から5階の階段に板を置いて、スロープにするんだよ。ぶつかっても怪我をしないよう、壁にはクッションを置く。大勢で一斉に転がると危険だから1人ずつ転がって、チーズを捕まえるまでのタイムを他のプレイヤーと競う。チーズも本物じゃなく、作り物で代用する」

「なるほど……それならいいかもしれない。では、A組の出し物はチーズ転がし祭りということで、いいかな?」

「異議なーし!」

 こうしてA組の文化祭の出し物は「チーズ転がし祭り」に決まった。


〈3年B組〉

「それでは、B組の文化祭の出し物を決めます。今までやったことがない出し物がいいですね。何かいい案はありますか?」

 文化祭実行委員の四崎よんざきが壇上から質問すると、演劇部のが秋沢しゅうざわが手を上げた。

「フラッシュモブがやりたいです!」

 フラッシュモブとは、あらかじめ集まった不特定多数の人間が申し合わせ、偶然を装って通りかかった公共の場などで突然歌ったり踊ったりする、パフォーマンスのことである。

「知ってる! 私、ああいうサプライズ大好き!」

「俺、一度でいいからフラッシュモブをやってみたかったんだよねー」

 他の生徒達が皆、フラッシュモブに賛同する中、休みの日はフラッシュモブの動画を1日中見ている四崎は「ダメよ」と首を振った。

「みんなが歌やダンスが得意なわけじゃないのよ? 人前に出るのが苦手な人だっているでしょうし。それに、校内は狭いから、フラッシュモブには向かないんじゃないかしら」

 すると秋沢は「大丈夫です!」と説明した。

「それぞれ、得意な分野ごとにグループを分けるんですよ。少人数なら、校内でもパフォーマンスできます。人前に出るのが苦手な人には、通行人を整理する警備係をやってもらいましょう。安全にパフォーマンスをする上で、警備も重要な仕事の内ですからね」

「なるほどね……それならいいかもしれないわ。では、B組の出し物はフラッシュモブということで、いいかしら?」

「異議なーし!」

 こうしてB組の文化祭の出し物は「フラッシュモブ」に決まった。


〈3年C組〉

「では出し物を決めます。最後ですから、今までやったことのない出し物がいいですよね。何か、いい案はないですか?」

 文化祭実行委員の稔野ねんのが壇上から質問すると、コスプレ好きの織田おだが手を上げた。

「コスプレ喫茶、やりたい!」

 コスプレとは、アニメやゲーム、漫画などのキャラクターの姿に扮することである。

「私もやりたい! メイドとかセーラー服は嫌だけど、コスプレならやってもいい!」

「俺、一度でいいからコスプレやってみたかったんだよねー」

 他の生徒達が皆、コスプレ喫茶に賛同する中、同じくコスプレが趣味の稔野の「ダメに決まってるでしょー!」と即答した。

「衣装が汚れたらどうすんのよ! コーヒーのシミなんて、絶対落ちないじゃない! かと言って、汚れてもいいような衣装で妥協はしたくないし!」

 すると織田は「それな」と稔野を指差した。

「私もシミが残るのは嫌。だから、作ったの。吹きかけるだけで、汚れを寄せつけなくなるスプレーを! これさえ吹きかければ、一切の汚れがつかなくなるの! 私の制服にもかけてあるんだよ。ほら、この通り! 油性のマジックで書いても、インクが付かない!」

「なるほど……そのスプレーはあとで個人的に検証するとして、とりあえずC組の出し物はコスプレ喫茶ということで、いい?」

「異議なーし!」

 こうしてC組の文化祭の出し物は「コスプレ喫茶」に決まった。


〈3年D組〉

「そんじゃ、出し物を決めまーす。どうせ最後だし、何でもいいんじゃね? 何か、いい案ある人ー?」

 文化祭実行委員の和布浦めうらが壇上から気怠そうに質問すると、オカルトマニアの出口でぐちがそろりと手を上げた。

「……お化け屋敷、やりたい。すっごく凝ったやつ」

 お化け屋敷とは、お化けが出そうな雰囲気を演出し、客を怖がらせる娯楽施設である。その歴史は古く、江戸時代から存在しているといわれている。

「いいね! 高校の文化祭とは思えないレベルのやつ、作っちゃおうよ!」

「俺、一度でいいから凝ったお化け屋敷を作ってみたかったんだよねー」

 他の生徒達が皆、凝ったお化け屋敷に賛同する中、ぶっちゃけ文化祭をサボるつもりだった和布浦は「えー?」と不満の声を上げた。

「お化け屋敷の準備って結構大変じゃん。当日だって、裏方として動かなくちゃならないし。もっと楽な出し物にしようよー」

 すると出口は「もう設計図は作ってある」と黒板にお化け屋敷の図面を書いた。

「組み立て式の材料を使えば、製作期間も短縮できるし、片付けも簡単。セットや仕掛けで怖がらせるから、お化け役は1人で充分。他のスタッフも、出入り口に1人ずつ立ってもらうだけでいい」

「なるほど……それならサボれるな」

「でも、」

「でも?」

「……本音を言うと、楽して妥協したくない。最後だし、みんなの思い出になるようなお化け屋敷が作りたい。和布浦くんは、本当にサボっちゃっていいの? この学校で文化祭が出来るのは、これで最後なのに」

 和布浦を説得しようとする出口にクラスメイト達も加勢し、和布浦に無言の圧力をかける。

「……分かったよ。サボらずに参加するって。その代わり、クォリティに妥協はしねーからな。んじゃ、D組の出し物は凝ったお化け屋敷でいいか?」

「異議なーし!」

 こうしてD組の文化祭の出し物は「凝ったお化け屋敷」に決まった。


〈3年E組〉

「よし、出し物を決めるぜ。高校最後の文化祭だし、記憶に残るような出し物にしたいよな。何か、いい案はないか?」

 文化祭実行委員の東大寺とうだいじが壇上から質問すると、命知らずの宇都宮うつのみやが手を上げた。

「それなら、屋上からバンジージャンプしかねぇだろ!」

 バンジージャンプとは、命綱1本で高い所から飛び降りるアクティビティである。原点はバヌアツ共和国のペンてコスト島で行われている成人の儀式「ナゴール」だと言われている。

「学校でバンジージャンプなんて、最高!」

「俺、一度でいいから屋上からバンジージャンプをやってみたかったんだよねー」

 他の生徒達が皆、バンジージャンプに賛同する中、バンジージャンプの動きをよく知っている東大寺は「屋上からじゃ無理だ」と黒板に図を描いた。

「バンジージャンプは飛んだ後、振り子のように動くんだ。屋上から飛び降りたら、校舎に激突する。そもそも、学生だけでバンジージャンプを作るのは難しいんじゃないか?」

 宇都宮は少し考えてから「いっそさ、」と提案した。

「落下地点にデッカいクッションを置けばいいんじゃないか? 命綱は長くして、普通のバンジージャンプみたいに途中で止まらないように調整すればいい。バンジージャンプの作り方については任せろ。知り合いにバンジージャンプの出張イベントやってる人がいるから、その人に来てもらおう」

「意外な交友関係だな……まぁ、安全基準を満たせられれば大丈夫だろう。では、E組の出し物はクッション付きバンジージャンプで、いいだろうか?」

「異議なーし!」

 こうしてE組の文化祭の出し物は「クッション付きバンジージャンプ」に決まった。


 「チーズ転がし祭り」「フラッシュモブ」「コスプレ喫茶」「凝ったお化け屋敷」「クッション付きバンジージャンプ」……輪所為高校創設以来、初の試みに、校長は職員会議で決断を下した。


「いいよ! 最後だし!」


 こうして文化祭の出し物は計画通り実現し、大盛況の内に幕を閉じた。

 しかし、この文化祭がキッカケで「輪所為高校に進学したい」という問い合わせが相次ぎ、輪所為高校の閉校は取り消しとなった。


 最後の文化祭は生徒だけでなく、多くの人々の記憶に残る「最高の祭り」になった。


(終わり)

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