縁日、縁むすび。

柚城佳歩

縁日、縁むすび。


「おーい!寿弥としや、早く来いよ」

「はぁ……、何でそんな元気なんだよ」


夏休み半ば。

クーラーに当たって寝ていた所を呼び出され、地元の神社主催の夏祭りに来ていた。

祭りと言っても小さなもので、何万発もの花火が上がるわけでも、巷で話題の有名人のステージがあるわけでもない。


それでも何となく来てしまうのは、小さい頃に感じた、まるで別世界に迷い込んだようなわくわくした気持ちを忘れられないからだろう。

口では適当な返事をしつつも、待ち合わせの三十分も前に着いてしまったのがその証拠でもある。


焼きそば、たこ焼き、りんご飴。射的に籤引き金魚すくい。

良く言えば安定感のある、ありのままを言うなら代わり映えのしない屋台を男五人で一通り制覇した頃、誰かが言った。


「なぁ、久しぶりに競争しねぇ?」

「競争って?」

「ガキの頃、よくあそこまで走ったじゃん」


そう言って指差したのは、山の中腹にぽつんと佇む大鳥居。

いつからあるのか、周りに拝殿も何もないのに、鳥居と狛犬だけが立っている場所がある。


以前は本殿もあったのだろうか。

いちいち階段を登るのは大変だから、今の神社がある麓に移動したのかもしれない。

でも鳥居だけ残すってのも何だか変な話だよな、なんて考えていたから不意打ち的なスタートに出遅れた。


「んじゃ負けた奴が焼きそば奢りで!よーいドン!」

「おいっ!今のなしだろ」


笑いながら石段を駆け上がる背中を慌てて追う。日頃運動部で鍛えている奴らばかりだからか、サンダルだというのに一向に速度が落ちる気配がない。

対して自分は帰宅部で培った申し訳程度の体力に加え、文明の利器、クーラーによって甘やかされてきた故の驚きの暑さ耐性のなさ、その他諸々。


先を行く四人の背中と足音がどんどん遠ざかる。

いや、これもう絶対俺の奢りじゃん。

そうと決まれば急ぐ必要もない。休憩だ休憩。

石段にずるずると座り込んだ時、手のひらに違和感を感じた。

何かが貼り付いている。


「何だこれ?」


文字というよりは絵に近い何かが描かれた薄っぺらい紙。御札のように見えなくもないが、誰かの落書きだろうか。

何となく捨てるのも憚られて、取りあえずポケットに入れると、再び鳥居目指して歩き出した。



みんなから遅れる事、体感で数分。

ゴールである大鳥居が見えているのに、とうに着いているはずのみんなの声が聞こえない。

あれか、あまりに遅いからどこかに隠れて俺を驚かそうとしているのかもしれない。


そういうところは昔から変わらないな、なんて思いながら鳥居を潜った途端、真っ暗な闇に覆われた。それまで微かに聞こえていた祭り囃子や風の音さえも一切聞こえない。

無音の世界に言い様のない恐怖がじわじわと込み上げてくる。

何だこれ、急にこんな事ってあるのか……。


──リィン。


静寂を切り裂いて、軽やかな鈴の音が響いた。

反射的に音のした方へ顔を向ける。


「……は?」


そこに浮かんでいたのは赤い提灯。

左右にゆらゆら揺らめいて、手招きしているようにも見える。正直言って不気味だ。

直後、無意識に後退あとずさった俺の手が何かに掴まれ、そのままぐいんと引っ張られた。


「うわっ!?」


振り向けば、どこから現れたのか、一人の少女が目の前に立っていた。見たところは小学生くらい。さっき腕を引っ張ったのはこの少女だろう。


「ええっと……、迷子?誰かとはぐれたんなら一緒に探そうか?」


自分も迷子みたいなものだったが、その事は一先ず棚に上げて問い掛ける。


「最高のお祭り、興味ある?」


俺の言葉を遮って、脈絡のない質問を返された。


「最高の…?祭りなら、階段下の神社でやってんじゃん」

「連れてってあげる」

「おい、少しは俺の話を聞けってうぇっ!?」


繋いだままだった手が強い力で引っ張られる。それも前ではなく、上へ。

混乱している間にも高度はぐんぐん上昇していく。


「お、降ろせっ、離せよ」

「離していいの?お兄さん、落ちちゃうけど」

「やっぱ絶対に離すな!」


少々弄ばれている感がなくもないが、今はこの小さな手に頼る他ない。

早く止まれと願っていると、上昇した時同様、唐突に止まった。


辺りは真っ暗闇。つい先程感じたばかりの既視感を覚えていると、ずっと繋いでいた手がするりと離された。


「さぁ到着。ようこそ、私たちのお祭りへ」

「ようこそって、何もないじゃんか……」


パチン。


少女の指が鳴らされる。

まるでそれが合図だったかのように、辺り一斉光と音に包まれた。


「う、わ、すっげぇ……」


闇夜を照らすは宙に漂う赤提灯。

ずらりと並ぶは見た事のないものばかり陳列された屋台の列。

どこからか聞こえてくる祭り囃子。

遠目で見るならば、見慣れた縁日の風景に思えなくもなかったが、大きく違うところがあった。


「あのさ、ここって一体何なの」

「ここは現世うつしよ幽世かくりよの境界。このお祭りは神々と、人ならざるもの達のお祭りだよ」


少女の言葉通り、辺りにいるのは見るからに人ではないモノ達ばかり。

更には時折目の前を、金色に煌めく羽を持った妖精らしきものが通り過ぎていく。


「お祭りってね、遠い昔は神様と人間の交流の場でもあったんだ」

「へぇ、初耳だ」

「でも時代が変わる毎に内容も変化していった。そんな人間達のお祭りがあまりにも賑やかで楽しそうだったから、私達も真似してみたくなったの」

「そんな場所に、人間おれがいてもいいのか?」

「もちろん。だってお兄さん、招待状を持っているでしょう?」


少女の言葉に首を傾げる。

そんなもの、受け取った覚えがない。

どこかで拾った覚えも……いや、ある。


「まさかとは思うけど、コレの事?」


ポケットに無造作に入れていたあの紙を取り出して見せる。


「そう、それだよ。たまにね、気紛れで人間達の近くに招待状を落としていく神様がいるの。山の鳥居は境界の入り口。このお祭りに来る為にはそれが必要。お兄さんはラッキーだね」

「はぁ…」


情報処理が追い付かなくて、気の抜けた返事しか出来ない。

でもつまりはあれか。あのただの落書きみたいな御札もどきは、特別な祭りへの招待状だったのか。


「”最高のお祭り“ってそういう事か……」


ぽつりと呟いた俺の言葉に、今度は少女が首を傾げる。


「そういう事ってどういう事?」

「ほら、神様がいっぱい集まる特別な祭り、って事じゃないのか?」


すると少女は少し考えた後、思い出したように「あぁ、あれ」と手を打った。


「私が言ったのは、”最も高い場所でやるお祭り“って意味だよ」


”最も高い“で最高って……。


「殆どダジャレじゃねーか!」

「ふふっ、まぁせっかく来たならいろいろ回ろうよ。私が案内してあげる」


腕を引っ張られるままに雑踏の中を歩く。

小さい頃、祭りの日には別世界に迷い込んだように思えた事もあったが、まさか本当に別世界に来ようとは。


「ねぇ、綿あめ食べたくない?」

「食べたいかどうかで言ったら、そりゃ食べたいけど」

「じゃあ好きなだけどうぞ!」

「はぁ?何言ってんだ」


周りには綿あめどころか屋台の一つもない。

ただ、ふよふよと霧のような雲が漂っているだけ。……まさか。

恐る恐る手近に浮かぶ雲を千切って口に含んでみる。


「甘い」

「こうするともっといっぱい食べられるよ」


少女はどこから取り出したのか、手にした割り箸で薄い雲を器用に絡め取っていく。


「はい、出来上がり」

「すごいな。上手いもんだ」


素直に感心しつつ、見慣れた形の綿あめを受け取り頬張った。


「次はあっち!」

「おい、急に引っ張んな」


続いて連れて来られたのは金魚すくいと書かれた看板の前。

やはりと言うべきか、金魚も水槽も何もない。


「おじさん、ポイ二つ」

「あいよ」


ポイを手にした途端、視界いっぱいそこら中を泳ぎ回る魚で埋め尽くされた。

空中を自在に泳ぐ小さな魚達。


「この子達はね、星座になりきれなかった子達なんだ」

「それって金魚じゃねーじゃん!」

「まぁまぁ、細かい事は気にしないで。それよりもさ、私と勝負しようよ。いっぱい掬った方が勝ちね」

「勝負って言うなら負けねぇぞ。普通の金魚すくいだったら結構得意なんだからな」

「これは金魚じゃないよ?」

「さっきと言ってる事逆!」


大いに振り回されつつも、不思議で楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。

全部の屋台を回り尽くした頃、来た時同様唐突に少女は言った。


「そろそろお祭りが終わるね」

「…そうだな」

「お兄さんを送るよ」


瞬間、ここに至るまでの過程を思い出してゴムなしバンジーばりの急降下を覚悟したが、実際はそんな事はなく、ふわふわと綿毛のように風に乗ってゆっくりと降りていった。


「はい到着。大鳥居前ー大鳥居前ー。お忘れ物のないようにお気を付けくださーい」


少女は鳥居の前に立ち、にこやかに手を振る。


「今日は楽しかったよ。またいつか、ご縁があれば遊んでね」

「俺も楽しかった。今日の事、忘れたくても絶対忘れられないくらい」

「じゃあまたね、寿弥」

「何で俺の名前っ」

「あれ、まだ気が付かない?寿弥とは何度も会ってるはずだよ。ヒントはこの場所」


そう言われても、全く記憶にない。

ヒントを頼りに辺りを見渡した時、ふと違和感を感じた。

鳥居の前に並ぶ狛犬。対になっているはずの一つが台座の上からなくなっていた。


「……狛犬?」

「正解!ここへ来る度、話し掛けてくれてたよね。嬉しかった」


確かに、いつも来る度に挨拶くらいはしていたが、まさかその狛犬が少女に姿を変えて現れるとは。


「それじゃあ今度こそバイバイ、元気でね」


小さな体がふわりと浮き上がり、くるりと宙返りしたかと思えば、次の瞬間には見慣れた狛犬が台座に座っていた。

そうっと手を伸ばして触れてみたが、ひんやりとした石の感触しか感じられない。

何気なく触れたポケットには、御札もどきの招待状。さっきまでの出来事は、夢みたいだけど夢じゃない。


「最後の最後まで振り回してくれやがって。でもほんと楽しかった。ありがとう。また遊ぼうな」



現世と幽世を繋ぐ大鳥居。

密やかに開かれる神様たちのお祭りへ。

ご縁があれば、またいつか。


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縁日、縁むすび。 柚城佳歩 @kahon

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