第11話 では、えっちな気持ちになってみるんだ。

 その日の放課後。

 授業を終えた生徒たちには、寮の門限まで自由時間が与えられる。


 図書館で勉強する者、カフェで友人と談笑する者、近くにあるフターナの町へ繰り出す者、まっすぐ寮に帰る者……などなど。過ごし方は様々だ。


 赤髪のいじめっ子――アマンダ・セクストン

 青髪のいじめっ子――ディビ・ズベコラーナ

 緑髪のいじめっ子――カリーナ・ペェズラー


 終礼後、奴らはすぐに教室を出て行った。


 実技の成績はクラストップの三人だが、今日は放課後の鍛錬はせず、フターナの町へ話題のジュースを飲みに行くらしい。

 これは俺の盗聴魔法がキャッチしたフレッシュな情報である。


 そんな中、俺とリベルは……。


「おぉ、精が出るな!」


「ううぅ……。ゼクスさん、ホントにここでやるんですか……?」


 やってきたのは第三運動場。

 俺が編入試験で大暴れした場所である。


 放課後は生徒のために開放されていると聞いたので、さっそく弟子を鍛えに来たというわけだ。


「せい! やぁ!」


「黄金の力よ目覚めよ。我の右手に灼熱の……うーん、これはイマイチかしらね」


「はぁ!? ジャッジ、マイボールマイボール!」


 五日後の模擬戦に備えているのか、たくさんの生徒たちが自主鍛錬に励んでいる。木剣でカカシを殴ったり、詠唱を考えたり、魔法で浮遊させたボールを飛ばし合ったり、かなりの盛況ぶりだ。


 すでに簡易闘技場や客席は撤去されている。

 俺とリベルが鍛錬するスペースぐらいは、問題なく確保できそうだ。


「リベル、あそこで鍛錬しよう」


「は、はい……」


 やや奥まったところに丁度いい場所があったので、他の生徒たちの間を縫って歩いていく。


 すると、案の定――。


「ね、ねぇ! アイツですわよ、アイツ!」


「アレが変態編入生なの? 自称ゼクス・エテルニータっていう?」


「あ? なんで落ちこぼれのリベルなんか連れてんの?」


「変態と無能同士、馬が合ったのよ。きっと」


 ヒソヒソ、クスクス。

 ヒソヒソ、クスクス。

 内緒話と嘲笑がそこら中から聞こえてくる。


「ふん、言っていろ。色欲魔法のどこが変態だというんだ」


 小さく肩を揺らし、幼稚な寝言を聞き流す俺だったが――。


「あ、あのぅ、ゼクスさん……。や、やっぱりわたし、ここはちょっと……」


 リベルは小さく身を縮め、すっかり怯えてしまっている。


 この子にとって他の生徒は、あの手この手で自分の心を攻撃してくる『敵』に他ならない。

 そんな奴らが見ている前で、魔法を失敗したくないのだろう。

 その気持ちはよくわかる。


「安心するんだ。だったら、のびのび鍛錬できる場所を作ればいい」


 俺はその場で片膝をつき、右の手のひらを地面に置いた。


 そこに現れるのは三つの魔法陣。

 間髪容れず、七色に輝く結界がドーム状に展開した。


 そうして完成したのは、編入試験の簡易闘技場と同じぐらいの閉鎖空間だ。


 第三階梯魔法――ミラージュ・フィールド。


「ふぇっ!? ゼクスさん、これは!?」


「周囲から認識されなくなる結界を張った」


 結界の外側からは、誰も俺たちを認識できない。

 しかし結界の内側にいる俺たちは、周囲の様子を視認できる。

 そんな効果を持った結界だ。


「す、すごいです!」


 俺の説明に、リベルは興奮気味にうなずいてみせる。


「元々は、魔族の領域内で拠点を築くことを想定して開発された軍用魔法だ。外からの攻撃を反射できるから、ボールが飛んできても何ら問題はない」


「わぁ……!」


 今にも泣き出しそうだったリベルが、ぱぁぁっと明るい笑顔になった。


「あ、ありがとうございますゼクスさん! 内側からは外が見える結界を張っていただいたのって……わたしの鍛錬になるから、ですよね?」


「おぉ! 俺の真意に気づいたのか?」


「はいっ……! 模擬戦で、あの三人と向き合ってもビクビクしないように、あえてみんなの近くで鍛錬しようとしてるんです……よね? 度胸……つけないとダメですし……ね」


「察しがいいな。わかっているじゃないか」


 今日の授業を経て気づいたが、リベルは意外と頭の回転が早い。


 一限目の歴史学でも、二限目の算術でも、三限目の魔法陣学でも、教師の質問には全問正解だった。

 いじわるな引っかけ問題を出されたときも、しっかり機転を利かせて正解をもぎ取っていた。


 とはいえ……。


「やはり、問題は実技か」


「はい……。恥ずかしながら、大問題でして……」


 しょぼんと肩を落とすリベル。


 俺は彼女の頭を撫でて、


「よしよし、心配することはない。この結界内ならいくら失敗しても周りには見られないぞ。ここでたくさん失敗し、たくさん学ぶといい」


「はいっ!」


 いい返事だ。それでは本題に入ろう。


「リベル。教室ではあえてスルーしていたが、えっちな気持ちにならないと魔法が使えない……とはどういうことなんだ? 詳しく頼む」


 あえて一撃で核心をつく。

 リベルは頬を染め、そっと目を伏せると、左右の人差し指を胸の前でくっつけた。あからさまに恥じらっている。


「え、えっと、えっと……えっちっていうのは、そのぅ……」


「俺は師匠であり、なにより色欲魔法の使い手だ。えっちなことは大歓迎だから、何でも話してくれ」


 再び栗毛を優しく撫でると、彼女はちょっとだけ吹っ切れたように目線を上げた。


 上目づかい。

 赤らんだ頬。

 制服の胸部をパツンパツンに押し上げる、むっちりたっぷりもっちりお肉。


 そんな絶景を改めて意識し、俺はリベルに先駆けてえっちな気持ちになった。


「じゃあまず、普通に……えっちな気持ちにならずに魔法を使ってみますね」


 右手を掲げるリベル。


「わたしの右手に雷雲を……紫電の導きに従い……」


 教科書どおりの詠唱が始まった。

 第一階梯魔法、スパークを撃つつもりらしい。


 俺はリベルの魔力反応を観察する。

 問題点を洗い出すのだ。


「そ、それぇ~!」


 やがて、長ったらしい詠唱を終えたリベルが気合の一声を放った。


 ――が。


 彼女の右手から放たれたのは、鼻水のような一筋の紫電だった。

『撃つ』というより『垂れる』といった趣である。


 スパークもどきは地面に落ち、そのままプスンと消えてしまった。威力もへったくれもない。


 リベルは申し訳なさそうに肩を縮める。


「ううぅ、すみません……いつもこんな感じになるんです。清楚・可憐・高潔がモットーの学院で、えっちな気持ちにならないと魔法が使えないなんて、バレたら大変で……。ですから、えっちな気持ちにならなくても魔法が使えるように頑張ったんですけど、結局落ちこぼれてしまって……」


「なるほどな」


 リベルの魔力反応を確かめていた俺は、大きな問題に気がついた。


 通常は、魔法陣を展開させてから魔法を発射するまでの間に、使い手の体内の魔力反応が変化していくものなのだ。


 仮に、電撃魔法を撃つとする。

 すると魔法陣を展開後、体内の無属性の魔力が、電撃属性へと変化していく。


 次に、その電撃属性を帯びた魔力が大気中の魔粒子と結合することで、電撃魔法の威力を増幅させるのである。


 リベルは第一段階がよろしくない。

 体内の魔力を、ほとんど電撃属性に変化できていないのである。出力が鼻水レベルになってしまうのも無理はない。


 さらに詠唱も問題だ。

 そもそも詠唱とは、魔法の完成形をより強くイメージし、体内の魔力を目的の属性に変化させる手助けをするものである。


 つまり、初めから自分の中に確固たる魔法の完成形がイメージできていれば、詠唱など不要なのだ。


 現代では詠唱が必須とされているが、本来、詠唱はあくまで補助。

 詠唱に頼っているうちは、魔法の地力は大して向上しないのだ。

 馬術を学ぶ者がいつまでも木馬に乗っているようなものである。


 なにより、長い詠唱は実戦向きではないわけで……。


 それはさておき。


「では、えっちな気持ちになってみるんだ」


「えっ」


 小さな身体がビクッと震える。


 そう。

 まずは使用前・使用後を比較しなければ始まらない。


 昨日の言葉を思い出す。


『わたし、えっちな気持ちにならないと、ぜんぜん魔法が使えないんです!』


 ということは、えっちな気持ちになれば多少は魔法が使えると解釈できる。

 えっちな気持ちになったリベルの実力を確認しなければ、効果的な指導は難しいだろう。


「さあ、えっちな気持ちになるんだ。さあ、さあ」


 俺はリベルに迫っていく。


「ううぅ、急に言われましても……」


「大丈夫。結界内なら、外の奴らにバレることはない。何でもやり放題だ」


「な、何でも……!」


 その言葉が契機となった。

 カ~ッと頬を色づかせながらも、リベルはおずおずと俺を見上げる。


「で、ではゼクスさん……お願いしますっ! わたしがえっちな気持ちになるには……えっちになるには……!」


 今にもはち切れそうなほど真っ赤になったリベル。

 一体どうすれば、この子はえっちな気持ちになるのだろう……?


 俺は静かに、しかし確かな興奮を感じながら、リベルのぷるんっとした唇の動きを見守ったのだった。

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