第6話 現代の魔法は……どうしてこうなった。

  編入試験の試験官を務める風紀委員長、アイリス・フォン・アイスベルク。

 彼女は俺に敵意を向けつつ、第四階梯魔法の詠唱を開始する。


〈この大気に宿りし豊潤なる魔粒子たちよ

 我に氷結の加護を与えたまえ

 凍てつく空と海――天地すらも凍らせる

 絶対零度の破滅を我に……〉


 アイリスの詠唱を目の当たりにしながら、俺はホッと胸を撫で下ろした。


 どうやら第四階梯魔法というのは間違いらしい。


 これほど長ったらしい詠唱をするということは、さぞかし高位の魔法を使うつもりなのだろう。


「ゴクリ……」


 二〇〇〇年の時を経て、この時代の優秀な学生がどれほどの魔法を使うのか……心から楽しみだ。


 暇なので右手を広げ、俺は大気中の魔粒子を感じ取った。


 やはり、濃いな……。

 転生直後から気づいていたが、二〇〇〇年前よりも、魔粒子の濃度が遥かに高くなっている。


 アイリスの詠唱にも登場したが、魔粒子とは、大気中に含まれる微少な魔力の粒のことだ。

 体内の魔力だけでも魔法は使えるが、この魔粒子と反応させることで、より楽に、より強力な魔法を発動しやすくなるのである。


〈凍てつく姿は澄んだ水色

 我の魔法は至高の純度を伴って

 ゼクス様を愛する心を注ぎ込み

 今ここに描かれてゆく〉


 アイリスの手のひらに浮かんだ魔法陣は……未だ四つ。

 増える気配はない。


 術式は第四階梯魔法・アイシクルブレイズのままだが……そんなまさか。ここからクラスチェンジするのだろう?


 ……いや待て。

 今の時点で、魔法陣の描画に雑な部分がある。

 こちらで手直ししてあげたいほどに。


 というか、俺は魔導全書に長ったらしい詠唱のことなど書いていない。

 版を重ねるうちに、伝言ゲームのごとく内容がねじ曲げられていったようだ。


「ふぅ……出来てきた」


 俺の動揺をよそに、アイリスは『すごいでしょ』と言わんばかりのドヤ顔だ。


 周囲も大盛り上がりである。


「す、すげぇ! 第四階梯魔法だ!」


「うおぉぉぉさすがアイリスたん! ……で、あれは何て魔法なん?」


「ほぅ、あの魔法陣の形は……。ボクはフローズンショットと推察します」


「たったこれだけの詠唱で第四階梯魔法の魔法陣を完成させるなんて、風紀委員長はやっぱり非凡ね!」


「自称ゼクス(笑)なんて木っ端微塵よ~!」


 しょうもない歓声を発する生徒らに、俺はただただ困惑していた。


「ア、アイリスは何をしているんだ……?」


 仮に、体内に蓄積できる魔力が少ない体質だったとしても、大気中にこれだけ濃密な魔粒子があるんだぞ? 俺の魔導全書を読み込んでいるなら、第四階梯魔法ぐらい無詠唱で使えるはずなのに……。


〈我の氷結魔法に更なる加護を

 ゼクス様の智徳と愛に身を焦がし

 凍てつく刃を鋭利に磨いて

 憎きニワカに風穴を――〉


 アイリスの詠唱はまだ続いている。

 魔法陣を生み出したら、あとは発射するだけのはずだが、何をそんなに詠唱する必要があるのやら。


 なのに周囲の盛り上がりは止まらない。


「ギャハハ! おい、アイツびびってるぜ! 一歩も動けねーでやんの!」


「当然だわ! 学院最強クラスの実力、とくと味わいなさい!」


「学院最強クラス!? これが!?」


 困惑を通り越して、愕然である。

 二〇〇〇年で魔法のレベルは上がるどころか、ここまで退化してしまったのだ!


 ロリサキュバスのスージーが、第三、第四階梯魔法ごときで大げさに驚いていた理由がわかってしまった。


「フッ――アイリスの氷結魔法、思い知るといいですわ」


 いかにもデキる女じみた口調で言ってのける副生徒会長のユリーヌ。

 こちらが恥ずかしくなるレベルで滑稽である。


〈ゼクス様ゼクス様

 あぁゼクス様ゼクス様

 私の愛をお受けください

 そしてニワカに鉄槌を

 それはもう辛くて厳しい鉄槌を……よしっ〉


 おっ、ようやく終わったようだ。

 こんなに詠唱に時間をかけてしまっては、実戦のときにどうするつもりなんだ? 魔獣も魔族も待ってはくれないだろうに。


「心も身体も凍りつけ……アイシクルブレイズ!!」


 微妙な文句とともに、アイリスは練度の低い第四階梯魔法を撃ってきた。


「ぐっ……」


 こういう場合、どうするのが正解なのだろう。アイリスが恥をかかない形で場を収め、それでいて俺が編入試験に合格するには……。


 ガッシャアアアァァァンッ!!


 俺の全身に、おびただしい量の氷刃が直撃した。

 砕けた氷が白い煙幕となり、闘技場をもうもうと覆っていく。


 おっと。

 警戒ゼロだったので、攻撃を食らってしまった。


「キャー! さすがアイリス様!」


「な、なんて純度の高いアイシクルブレイズ!」


「アイツぜんぜん反応できてねーじゃねーか! ギャハハハ!」


 観客のボルテージは最高潮だ。

 やがてアイリスコールが始まり、客席が低レベルな歓喜に花を咲かせる。


 だが、そんな中。


「……ッ」


「まさか……ッ!」


 アイリスとユリーヌだけは異変に気づいたようだ。


 そう。

 たっぷり時間をかけたアイシクルブレイズを直撃させたはずなのに、憎きニワカ――俺の魔力反応が、まったく揺るがないのだから。


 氷の煙幕が晴れるにつれて、周囲の歓声はどよめきへと変わっていく。


「お、おい……ウソだろ……!?」


「あいつ、なんで立ってるのかしら!?」


「ノーダメージ――だと!?」


 俺は小さく息を吐き、


「当然だ。第四階梯魔法ごときで、俺がどうにかなるわけないじゃないか」


 アイリスが奥歯を噛みしめる。


「くっ……。ニワカのくせに、すごい魔法障壁……」


「な、なかなかですわね……。ま、まあどうせ、固有スキルが魔法障壁なのでしょう。そうに決まっていますわ」


 隣のユリーヌは腕組みをして余裕ぶっているが、額に冷や汗をかいている。


 固有スキル?

 この二〇〇〇年の間にできた概念だろうか?


 どうでもいいので、俺は一歩前に出た。


「残念だけど、俺は魔法障壁なんか使っていない。この程度の魔法なら、魔法障壁を張るどころか防御の姿勢すら取る必要がないからね」


「えっ……」


 俺の言葉に、アイリスがストンと顎を落とす。


 その横で、ユリーヌが悔しげに顔を歪めた。


「くっ。でしたら、わたくしが!」


 今度はむちむち金髪美少女が相手をしてくれるようだが……。

 俺は、頭を振った。


「二人まとめてかかってくるといい。学院最強クラスの二人を降参させれば、編入試験は文句なしで合格だろう?」


 アイシクルブレイズが効かなかった時点で、アイリスには恥をかかせてしまった。


 だったらせめて一撃で葬ろう。

 変に希望を抱かせず、圧倒的な差を見せつけて。

 恥をかく時間は、少なければ少ないほどいいはずだから。


 というわけで、ちょっと挑発してみたのだが、


『~~~~ッッ!!』


 効果は抜群だ! ムキーッと顔を真っ赤にしたユリーヌとアイリスが、こちらに躍りかかってくる。


「今度は第五階梯魔法をお見舞いしてあげますわ!」


「……ユリーヌ、やって。私が隙を作る……!」


 こちらに肉薄したアイリスが、右の正拳を放つ。

 俺が手を払って打撃を受け流すと、今度は左のハイキックを放ってきた。

 短いスカートでハイキックをするとは、よほど必死の様子である。


 だが、アイリスはリーチが短い。

 こちらがバックステップしたせいで攻撃を外し、俺にスカートの中を見られるだけの結果に終わってしまった。


 剣聖の目がばっちり捉えたのは、白と水色の縞模様。


 ――良き選択だ。

 ややローレグであるという点、むにっと肌に食い込んでいる点も高ポイントである。


 拳を掲げて臨戦態勢のアイリスと、長ったらしい詠唱を開始したユリーヌ。


 なるほど。

 この時代の魔法使いは複数で戦うことが多いようだ。


 一人が魔法を詠唱し、もう一人は体術で時間を稼ぐ。砲手と装填手の関係だ。


 時代とともに戦法は変わるものだが……そんなこと、今はどうだっていい。


 俺は大声で言ってのける。


「第四階梯? 第五階梯? ケチくさい! 見ろ、これが色欲魔法の一端だ!」


 二人に左手を差し伸べる。

 左手――色欲魔法、発動の合図である。


 直後。

 左手の周囲に魔法陣が浮かび上がる。


 五個、十個、十五個――魔法陣の生成は止まらない。


 様々な多角形の魔法陣がうなりを上げて虚空を回転し、歯車のように絡み合い、複雑な模様を描きながら闘技場をドーム状に覆っていく。


『~~~~~!?!?』


 客席の人々が絶句する。


「……な、なに、これ……」


「ま、魔法陣……い、いくつあるんですの!?」


 アイリスとユリーヌも、魔法陣の乱舞に目を見開いている。


 魔法陣が二十二個、二十三個――二十四個!


 術式、完成。

 俺は二人に向き直った。


「第二十四階梯魔法――アイリス、ユリーヌ、気をつけろ。動いたら、イクぞ!!」

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