斯くして、カナリアは飛び立つ(中)
-------------------------------------------------------
六号月二十四日
-------------------------------------------------------
そして
〝聖なる婚礼の儀が始まる〟と、有無を言わさず頭蓋を叩く。
ついにその時が来たのだ。
-------------------------------------------------------
四号月十日
-------------------------------------------------------
タミーラクは聖婚式の介添えに、カズスムクを指名した。
そのことを告げるためだけにマルソイン別邸を訪れたザミアラガンは、なんとも苦々しい顔つきをしていたものだ。
「碧血城に発つ前、弟に『幸せだったか』と訊いた」
――『充分すぎるほどに。ワタシは素晴らしい友を持ちました。それに、父上と兄上の家族で良かったと思っておりますよ。だから、後のことはお願いします』
ザミアラガンの伝言に、僕はタミーラクの快活な笑顔を脳裏に思い描いた。カズスムクもそうだったのでないだろうか。
僕が知る限り、兄弟の中ではザミアラガンが一番末弟を可愛がっていた。
当のタミーラクにはありがた迷惑だったのか、彼からもらったプレゼントを「趣味じゃない」とたまに愚痴っていたが。
「アンデルバリ伯爵。弟は最後まで、あなたを気持ちの支えにしていた」
「光栄の至りです」
少しの間、彼らは二人だけで話した。その内容は、僕には半分までは想像がついたが、もう半分は謎のまま。
「
そう告げたカズスムクは、穏やかな顔をしていた。
-------------------------------------------------------
六号月二十四日
夏至前夜祭
-------------------------------------------------------
夏至祭礼のムーカル役として着飾られたタミーラクは、コーオテー役の令嬢と共に、赤碧玉の伽藍を歩いていく。その衣装は服ではなく、贈り物の「包装」だ。
何十種類もの金色を見せる
それは盛りを迎えて、後は散るだけの花と同じ輝きだ。
「なんじユワの子ら。新郎、タミーラクよ」
「はい」
大司祭に呼ばれ、重たげな飾り角のこうべが軽く下げられる。カズスムクはイチシを手に近寄り、そっとリボンを赤い角にかけた。
聖婚式のイチシは、その都度作り直される一度限りのものだ。細い帯を交差させ、くぐらせ、引っ張って、やがて固く締められる。
長く垂らされたイチシの先端をカズスムクから受け取って、タミーラクはゆっくりと頭を上げた。それは、飾り角の重さのせいではないだろう。
二人はわずかな間、見つめ合っていた――少なくとも、僕はそう確信している――無言のうちに何かを交わしながら、カズスムクはその場を離れる。
式は、太陽誕生の神話劇へ。
『これにふさわしきは命の火
誰かがその身を捧げて燃やす真なる炎のみ』
僕が知っているタミーラクは、ごく普通の、強面だが気の良い男だった。体格に恵まれた見た目通り少しがさつで、声も大きくて、明朗快活な。
心臓の上に手をあてて、彼は朗々とお芝居の台詞を叫ぶ。
「では私が捧げよう!」
今、碧血城に降り立ったタミーラクは、二十年の歳月を凝縮した一個の命そのものだ。すでに肉体はどこかに脱ぎ捨てて、魂の輝きだけになったような澄んだ存在感。
「この先千年に光を灯せるなら、我が命惜しくはない」
まるで赤い宇宙に灯った一つの星だ。カズスムクには、どう見えていただろう?
聖婚式はよどみ一つなく進み、僕はまたも
「いよいよご子息が召し上げられますな!」
「大トルバシド卿の最高傑作が待ち遠しいこと」
「あなたは歴代
ハジッシピユイも、ザミアラガンも、よってたかって祝福の言葉をかけられていた。カズスムクはそれを遠くから見るだけで近づこうともせず、僕も挨拶を促そうという気になれない。ただ、本当にあの人たちは嬉しそうだなと思った。
旧市街へと続く橋と、夏の碧血城を隔てる鉄柵が開けられ、パレードが始まる。
用意された屋根のない馬車は四頭立ての四輪、ガラテヤの王室馬車もかくやという豪奢さで、やはり金と赤――
内装の素材は、ザデュイラル中の名産地から集めた木材などが利用され、歴史の重みと乗り心地の良さ、目を引く美しさを兼ね備えている。
先頭を行くのは国旗と帝室の
威風堂々たる隊列の歩みは、
その後に皇族と長銃を捧げ持つ護衛官、帝国議会の議員たち、書記官、大使、その他の貴族が従い、ようやく贄の馬車が動き出す。
色とりどりの衣装と、きらびやかな旗幟が、沿道に飾られた長三角旗や国旗、紙吹雪と共に風に舞い、身悶えするようにひるがえっていた。
このパレードを見に来た帝国臣民の熱狂と歓声、音楽と足音が、谷間のような建物と建物の間、玉石敷きの道に鳴り響く。
タミーラクは、自分とそう歳の変わらないコーオテー役の女性とともに、馬車の上から笑って手を振っていた。それはいつか僕が見た、ただまっすぐに生きようとするのびやかな微笑みとはまるで違っている。これからはもう、永遠に若いままでいるという、大理石に刻まれた固く清らかな笑顔なのだ。
それが僕の知る、彼の最期の姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます