三 祭礼週間《アルマク・ベス・エッタ・イェリッギャヴァシキ》ⰡⰎⰏⰀⰍ ⰁⰅⰔ ⰅⰪ ⰘⰅⰎⰦⰦⰆⰙⰀⰔⰍⰅ

舌に乗せて、手で語って

舌に乗せて、手で語って(前)

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抜粋(四号月二十三日から五号月七日まで)

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 前述のように、貴族は忙しいものだ。先日の茶話さわかいは、わざわざカズスムクが時間を取ってくれたもので、僕はしばらくほったらかしにされた。

 彼はまだ若いので、仕事の何割かはレディ・フリソッカなどが代行を務めている。祭礼週間が近づいているのもあって、マルソイン家はどこもかしこも忙しいらしい。

 その間にもタミーラクは何度か遊びに来ており、茶話会の気まずい別れのことは、もう引きずっていないようだった。その点はありがたい。


 ソムスキッラは一度、カズスムクの髪を切りに来ていた。角持つ魔族にとって、頭髪を他人にいじられることは耐えがたい不快だと言う。

 だから貴族と言えども、髪を切る役目は親族や婚約者に限られ、特にザドゥヤ女性は理髪技術を磨くのがたしなみだとか。


「伯爵の髪を整えておられたのは、お嬢さまユーダフラトルだったんですね。素晴らしい腕です」

「どうもありがとう。未来の旦那さまですもの、当然のことよ」


 そう言うソムスキッラは、自信深げに目を閉じていた。が。


「伯爵もお嬢さまの髪を整えているんですか?」

「それは結婚してからの話よ!? このハレンチ猿!!」


 伯爵令嬢は顔を真っ赤にしてその場を走り去り、僕は怖い眼をした執事と数名の使用人たちに別室へ連行された後、こってり絞られた。

 どうやら、男性から女性の髪を触る場合と、女性から男性の髪を触る場合とでは天と地ほどの差があるらしい。当然、彼女には丁重に謝罪した。

「社交界なら悲鳴を上げられていましたよ」とカズスムクに釘を刺され、タミーラクからも「そりゃお前が悪い」と睨まれ、さんざんだ。


 僕は屋敷の中で、それとなくアジガロの姿を追うようになった。

 彼はこちらに気づくと、にっこりと控えめに微笑んで会釈してくれるので、なんだか申し訳なくなる。それでも、死を目前に控えた人間とは思えないほど、落ち着いている彼が不思議で仕方がなかった。猶予が長いとはいえ、タミーラクもそうだ。


 聞きたいことは山ほどあるが、茶話会で無知と無理解を晒した恥ずかしさで、僕はいつものようにずけずけと質問することが出来ない。

 だから、図書室の蔵書をあさったり、屋敷で働く使用人のみなさんと話したりして、僕はザデュイラルについてあれこれ調べることにした。

 ここの蔵書はかなり面白かったのだが、それについての詳しい話はまた別項で。

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五号月八日 剣曜日タロゼルヤク〔Thâlơserjak〕

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 僕は図書室の蔵書を読みあさる休憩に、帝都新聞にも目を通していた。ガラテヤでもそうだが、貧富の格差は広がり続け、ちまたには浮浪児があふれ返っている。

 保護者のいない未成年は大抵が狩り立てられて、翌日には偽〝猿肉〟としてヤミ市場で売り飛ばされるのだ。


 こういう違法な人肉市場の摘発だとか、どこぞの貴族が救貧院に寄付した・または新しく建てたとかいう記事が毎日のように載っている。

 まあ救貧院に保護されても、そこの院長にいつ合法的に【肉】にされてもおかしくない生活が待っているだけなのだが。


 ザデュイラルの社会問題に僕が暗澹たる気分でいると、カズスムクとタミーラクが連れ立って図書室にやって来た。いつものように。

 タミーラクの堂々たる体躯を見かけると、その場に家具が一つ増えたような錯覚を覚える。僕がそんなことを考えていると、眼帯の伯爵は「大事なことをお訊ねしていませんでした」と切り出した。


「何でしょう」


 カズスムクは冴え冴えとした月にも似た顔を、いかめしく曇らせて問う。


「ガラテヤの食卓では、茶会タフと同様に会話を楽しまれるそうですね?」

「ええ、大いに楽しみます、伯爵。特に宴のように大勢で食べる場では、会話も重要なごちそうに数えられますね。食べ物を咀嚼しながらしゃべらない、ぐらいのことは僕らもわきまえています」


 タミーラクがえっ、と素っ頓狂な声を上げた。カズスムクともども、少年たちはすまし顔を保ったままだが、僕らの間には重要な誤解があったらしい。


「……もしかして、ですが。ガラテヤ人は噛んでる食べ物を吹き出しながらしゃべる、とか思っておられたんですか」

「茶話会では会話と飲食を危なげなくこなされていたので、大変安心いたしました」

「お前個人が礼儀正しい奴なのは確かだ」


 つまりカズスムクもタミーラクも、ガラテヤの人々にはやや偏見を持っていたわけである。まあ、実際にそういう品の良くない食事をする人もいるにはいるが。


「それでは本題に入りましょう、イオ。〝ヤクタユム・ガプサラ〟〔Jaktaym食事の gåpzala言語〕をご存知ですか?」

「初耳ですね」


 僕は素直に首を振ってみせた。原義を解すならば「供物を受け取るときの言葉遣い」、訳すならば〝正餐語せいさんご〟というところか。


「おっ、この学者バカの長話が始まらなかった。やったな、カズー」


 先日(※五号月五日)、僕はタミーラクから「ガラテヤにはどんな鳥肉料理があるのか」と聞かれて、ニワトリを家畜化した歴史から調理法の発展、祭りに食べる七面鳥の丸焼きまで、ひと通り網羅した話を語った。


 それを聞き終えた彼に「お前の脳みそと舌は食ったら旨そうだが、バカみたいな長話はうんざりだ」と心底閉口したという顔で怒られたが、まだ怒っていたらしい。

 僕としては分かりやすく、そこそこ学術的で充実の内容をお送りできたと思っていたので、非常に残念である。需要と供給の不一致だ。


 なお「旨そうヨーツ・ユジール」〔 Joz ljusir〕「美味しそうワ・デル・カムシーイ」〔 Va der kamsgi〕はザデュイラルでは一般的な賛辞の表現で、脳に対しては頭の良さや博識さ、舌については話の面白さを褒めてくれているらしい。


「ヤクガプ[※タミーラクは本当にこう略した]ができないんなら、お前、あれだ、祭宴パクサに出れねえぞ」

「なんですと!?」


 青天の霹靂とはこのことだ。

 カズスムクを見ると、彼は神妙な面持ちで説明してくれた。


正餐語ヤクタユム・ガプサラとは、食事中に会話するため考案された専用の手話で、礼儀作法の根幹をなしています。特に、祭宴では〝古シター典礼正餐語〟という伝統あるものが必須なのですよ」

「そんなものがあったなんて……!」


 いよいよ異境独特の、よく分からない文化とルールに踏み込む段になったようだ。僕は未知の落とし穴を踏まないよう、慎重に言葉を選ぼうとした。


「それは……一切会話せずに参加する、ということは無理があるので?」

「どうしても仕方のない理由、つまり眼や手が不自由で正餐語ができない・読めない者たちのための補助具があります」

「でも、お前はちょいとガリガリだが、五体満足だよな」とタミーラク。

「つまり、自分で立てるのに車椅子を使うような、みっともない感じになりますか」


 するとカズスムクは芝居っ気たっぷりに節をつけ、朗々と歌い上げた。


「〝おお、あのマルソイン家も落ちたものだ、あんな無礼な異邦の猿をこんな大きな祭宴パクサに参加させるとは!〟」


[このカズスムクの発言はかなり持って回った表現を使い、実際は数小節からなる歌を一席ぶったほどの長さだった。解説を書き出したら短編小説ができそうだったので、僕は諦めて直接的な意味を書くに留める。

 カズスムクの小芝居は、タミーラクには大好評だったのも頭の痛い話だ。]


「つまり我々はたいした笑いものになる、と……」

「そういうことですよ、イオ」

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