18

 演劇大会の音響については、どのクラスも体育館のPA設備は一切使ってはいけない、と言うルールになっている。もちろんキャストもマイクを一切使わずに演技する。だから、各クラスとも自前で音響用の機器を用意するのだ。


「ごめん……本当に、ごめん……」


 ぼくにぶつかった男子生徒は、泣きそうな顔になっている。


「気にしないでよ。わざとじゃないんだろう?」


「うん……でも……君らのクラスに、すごく迷惑かけちゃったね……」


「大丈夫。なんとかするから。ほら、みんな体育館に行っちゃったよ。君も行った方がいいよ」


 そう。他の生徒はみな、もう体育館に入ってしまっている。ここにいるのは、ぼくら4人だけだ。


「わかった……僕、3組の中島だから……また後でね。それじゃ」


 中島はそう言って、体育館に駆けていく。


「はぁ……」


 残されたぼくと隆司、中田先生は、揃ってため息をつく。


「どうしよう……さすがにこれは、翔太君でもすぐには直せないよね……」


「ええ……ちょっと、難しいです」


「でも、今さら音響なし、ってわけにもいかないし……代わりのものが必要ね」


「ええ」


「だけど……全然時間がないわよね。30分くらいしか」


 演劇大会の発表順は、学年も何も関係なく、抽選で決まる。ぼくらのクラスは今回、最初から2番目、という順番だった。ぼくらの後のクラスを先にやって、出番を後に回す、ということもできない。プログラムは一般の人にも配られていて、お目当てのクラスの時間にだけ体育館に来る、という人たちも多いのだ。特に、そのクラスの生徒の家族とか。


 たぶんクラスのメンバーに聞けば、家にCDラジカセがある人もいるだろう。実際、ぼくの家にも2台ほどある。だけど、それくらいの時間じゃ今から往復しても、間に合うかどうか。


 その時。


「お前の作品のスピーカー、使ったらどうだ?」


「!」ぼくと中田先生の視線が、隆司に集中する。


「作品のスピーカー?」中田先生が怪訝そうに首をひねる。


「ええ。こいつ、部活の作品展示で、五合升使ってスピーカー作ったんですよ」そう言って隆司は中田先生からぼくに視線を移す。「あれ、小さい割に結構大きな音出るよな。しかも音も悪くないし」


「細野君! それ、いいアイデアじゃないの!」


 中田先生に褒められると、隆司の顔が真っ赤になり、彼は照れくさそうに頭をかく。


「え、えへへ……」


 実は、ぼくもそれはちらっと考えなくもなかった。だけど。


「いや、でも、CD再生するものがないよ」


 ぼくがそう言うと、隆司は


「……う」


 と呟いて、肩を落としてしまう。


「でも、別にCDを演奏できる機械があれば、いいのよね」と、中田先生。


「そうですけど……」


 もちろん放送室にはCDプレイヤーはある。だけど、ラックに据え付けられていて、簡単には外せない。


「DVDプレイヤーでも、いいよね? だったら職員室にあるから」中田先生が、ニヤリとする。


「!」


 そうか!


 DVDプレイヤーは、大抵CDも再生できる。


 だが。


「あ、でも、やっぱ……ダメか」先生の顔が曇る。


「どうしてですか?」


「あれ、再生画面をテレビに映すタイプだから、テレビまで持って行かないと……だけど、さすがに職員室の40インチのを舞台袖まで持ってくわけには……」


「う……」


 また、三人とも、揃って下を向いてしまう。


 他にCDが再生できそうなものって、ないんだろうか……うーん……


 ……あ! 思いついた! ぼくは思わず叫ぶ。


「「「パソコン!」」」


 それは、明らかに三人分重なった声だった。


 ……え?


 ぼくらは思わず顔を見合わせる。どうやら、全く同じタイミングで三人とも同じことを思い付いたようだ。


「先生、誰かDVDドライブ内蔵のノートパソコン持ってきてる人知りません?」


 ぼくがそう言うと、


「……」


 先生は無言のまま、満面の笑みを浮かべる。そして……もったいを付けるように一文字ずつ区切り、自分を指さしながら、言った。


「わ、た、し」


---


 職員室。


 ぼくは技術室から持ってきた自作五合升スピーカーとアンプを、さっそく中田先生のノートパソコンにつないでみた。もともとこのアンプはパソコンにつなぐことが前提で、デスクトップの5インチベイに収まるようにもなっている。隆司はメンバーに指示を出すため、一足先に体育館に向かっていた。


 全く問題なくCDは再生できた。かえって先生のCDラジカセよりもいい音かもしれない。


「やったわね! これで大丈夫だわ!」先生は右手でサムアップサインを作って、ウインクしてみせる。こういうお茶目なところが、この人の男子人気を高くするポイントなんだよな……


 その時。


 職員室の引き戸が、ガラガラと開かれる。大道具係の森川さんだ。


「二人とも、早く来て下さい! もう前のクラスの舞台、終わりそうなんですから!」


「!」


 ぼくと先生は、顔を見合わせると、同時にうなずく。


---


 体育館に着くと、ちょうど前の舞台のカーテンコールが終わったところだった。なんとか滑り込みで間に合った。幕が下りて、クラス交代だ。ぼくは即席の音響システムをセットする。テストなしのぶっつけ本番だが、全く音響がないよりはマシだろう。


 大道具係がステージ上にてきぱきとセットを揃えていく。高科さんがピアノの前に座る。キャストが最初のシーンの位置につく。照明係も、OKを意味する大きなマルを両手で作っている。全て準備完了。


 ブザーと共に、幕が上がる。会場の拍手。


 ぼくらの舞台、「雨に唄えば」、上演開始!


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