17

 技術室を後にしたぼくは、三階の自分たちの教室に向かう。音響効果に使う機材を今一度チェックしておこうと思ったのだ。


 だけど、ぼくの頭の中では、長谷川さんの言葉がぐるぐる回っていた。


 "お前の彼女じゃないの?"


 そう聞かれてとっさに、そうじゃない、みたいなことを言ってしまったけど……


 改めて考えてみると、ぼくと高科さんの関係って、何なんだろう。友だち……なのは間違いなさそうだけど……ぼくの彼女に対する気持ちは、明らかにそれ以上だと思う。

 彼女の顔を見ると、ドキドキしたり、嬉しくなったりする。キスしたり、抱きしめたい、なんて気持ちも……ないわけじゃない。


 やっぱり、ぼくは、高科さんが好きなんだろうな。でも、彼女は……ぼくのこと、どう思ってるんだろう……


 中田先生は、"彼女もまんざらじゃないみたい"、なんて言ってた。今も長谷川さんに "彼女じゃないの?" って言われたばかりだ。そういう雰囲気の二人に見えた……ってことだよな……


 でも、実際のところ、高科さんの気持ちは……わからない。


 少なくとも、嫌われてはいない……よな? そうだったら、彼女だってわざわざコンサートに誘ったり、今日もぼくの作品展示を見に来たりしない。


 そうだ。


 べニーズのライブにも誘われているんだった。


 ……。


 やっぱり、文化祭が終わったら告白しよう。それでダメならダメで、このまま友だちでいればいいんだ。


---


 あっという間に文化祭も午前の部が終了。コンサートや文化部の展示は午前だけで終わりだ。昼食はPTAバザーの振る舞うカレーまたはうどんだった。一般の人は有料だが、学生証を見せれば無料でもらえる。

 バザーのメンバーにはレストランのプロの料理人がいたりするので、給食とは違った本格的な食事が食べられるのだ。ぼくらは自分たちの教室に戻ってそれを食べた。食べながら、演劇の最後の打ち合わせをするために。


 と言っても、既に練習も十分だし、特に話し合うこともない。他のクラスの情報もちらほら伝わってくるが、だからと言って今さらぼくらの演劇について、これ以上何か手を加える、なんてこともできない。ぼくらはただ、ぼくらができることをするだけだ。


 そして、午後の部。いよいよメインイベントの演劇大会だ。ぼくらは会場である体育館に向かって移動を始めた。ぼくは音響効果用のCDラジカセを持って、階段を降りていた。


 その時だった。


 いきなり、真後ろの生徒がぼくの背中に、ドン、とぶつかったのだ。そのまま階段を落ちるほどではなかったのだが、ぼくがバランスを崩すには十分な衝撃だった。


 そして……ぼくは、痛恨のミスをやらかした。


 CDラジカセを持っていた手を、思わず離してしまったのだ……


 ガシャン、という衝撃音。


 ラジカセは階段を跳ねながら滑り落ちていく。幸い、それは生徒の誰にも当たることはなく、階段の降り口で止まる。


 やばい。


 ぼくは急いで階段を駆け下り、ラジカセを手に取ってみる。パナソニック RX-DT701。かなり古そうな製品だけど、大きいし、ずっしりと重くて、結構いい音で鳴っていた。だけど……今はその本体に大きく亀裂が入り、スピーカーをカバーするパンチングメタルの部分がかなり凹んでしまった……


 なんてことだ……


 クラスのメンバーが次々に集まってきて、一気に人だかりができる。だが、中田先生が早足でやってきて、


「はいみんな、ここにいたら交通の邪魔になるから、とりあえず体育館に行って」


 そう言ってみんなを誘導する。その場に残ったのは、先生とぼくと隆司と、ぼくにぶつかった、知らない男子生徒。制服からして2年生だが、全く見覚えがない。違うクラスで小学校も別なんだろう。


「翔太君、大丈夫?」中田先生が、真剣な顔をぼくに向ける。


「ぼくは大丈夫なんですけど……ラジカセが……ぼくがしっかり持ってなかったせいで……すみません……」


 元々このラジカセは中田先生の私物だ。ぼくはそれを壊してしまった……


「ううん、違うよ」と、知らない男子生徒。「僕のせいだ……ごめん、ちょっと、よろけちゃって……」


 そう言いながら、彼はすまなそうに頭を下げる。


「いいのよ。もう20年以上前のヤツなんだから」中田先生は一瞬微笑むが、すぐに心配そうな顔に戻る。「だけど……大丈夫かしら。音、出るかな?」


「ちょっと試してみます」


 ぼくは手近なコンセントを探して、電源プラグを挿す。電源は……入った! だけど……右チャンネルから、音が出ない……しかも、効果音が録音されたCDが、再生されない……


 まずい。片チャンネルだけ、ってのも音量が足りないのに、CDが再生されないのは……致命的だ。これはもう……使えない……

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