最低なお祭り

枕木きのこ

最低なお祭り

「ついにこの日がやってきた」


 照り付ける太陽を全身に浴び、のどかな日光浴がごとく緩んだ表情で、アリサが言った。その声は一陣の風にさらわれて、瞬く間に消えていった。


「うん」


 隣に立つ衣笠くんは私の手をぎゅっと握った。

「僕たちの人生の、集大成だ」


 それに対して声を立てて笑ったのは、いくつか間を挟んで立っているモニカだった。彼女の笑い声は聞いているものを愉快にさせる独特の波長があって、さざ波のように広がっていく。


 私はひとり、衣笠くんの触れている手に汗を掻いているのを感じていた。

 それが恥ずかしくて、どうして私は彼の隣に立ってしまったのだろうと思った。


 多汗症であることを恥じ続ける人生だった。小学生のころ、無邪気な他人によってそれがひけらかされ、自分は人とは違うのだと知った。マリちゃんも、ユカちゃんも、さらさらしたやわらかい、きれいな手をしていた。私の手は、ばい菌だらけだとののしられた。

 そういうトラウマがあって、もちろん、男の子と恋愛関係になることもなかった。高校生にもなって、ひとの唇の感触も知らないことは少数派に位置するのだと、雑誌やSNSで言っていた。私は数十パーセント、数パーセントの住人なのだと世界が笑っていた。


 ——法燈ほうとう祭は、毎年大きな盛り上がりを見せる。

 わが高校は歴史あるスポーツ校で、数々の著名人を世に排出している。それもあって地域とのかかわりが密接で、毎年文化祭には多くの町民が訪れる。町民が親類を呼び、親類が友人を呼び、まるで本当のお祭りみたいに人がごった返すのだ。


 そこで私たちは反旗を翻す計画を立てていた。


「成功するといいよね」


 ベースの音が鳴る。ベースの音は、音楽番組で聴いているのと違って、近くで聴くとすごくおなかに響く。それを知ったのも、最近のことだった。

 サッカーボールが思ったよりも空高く蹴飛ばされることも、野球部の声が渦のようにひとつに収束していくことも、太陽がこんなにも眩しいことも、風がさわやかだという感覚も。


「きっとみんなびっくりする」

「そうだね。うまくいかない人生だったけど、うまくいく気がする」


 私たち六人は、改めて強く、手を握った。


 衣笠くんが、こちらを一度見て、笑う。

 それはきっと、私の手汗についてなのだけど、今まで向けられてきたものとは全く違う、やさしいものに思えた。


 ■


「最低だよ」

 男子生徒のひとりがグループラインに文句を上げると、賛同の声が相次いだ。


 法燈祭は中止。テレビでは見知った顔が頭を下げている。

「——まことに遺憾だと言わざるを得ません。しかしわが校において、いじめは存在しなかったと、ここに明言させて——」


 どうでもいい、と男子生徒は思った。

「あんなくずどものせいで」

 

 それから男子生徒はツイッターを開いて、例の動画に目をやる。


 ■


「私たちが今まで虐げられてきたことを、きっと学校は認めない。でも私たちが生きていたことだけは、否定されたくない。私たちは強くありたかった。でも、強くあり続ける力がなかっただけ。お父さん、お母さん、ありがとう。先生、皆さん、さようなら」


 ■


「大丈夫だよ、湯川さん。これから僕たちは一つになる。どんな些細なことも気にならないくらい、ぐちゃぐちゃに混ざり合うんだ。最低なお祭りを中止させる、最高のお祭りを用意してやろう」

 衣笠くんはそう言って、私から視線をはずした。

 彼ともっと早く出会えていたら、もしかしたらもっとがんばれたかもしれない。


 人生において、大事なことは、一歩踏み出す勇気だと聞いている。

 そうかもしれない。


「俺も動画を上げたら、すぐに行くから」

 後ろで竹田くんが手を上げた。

 アリサが頷いて応える。


 私たちは手をつないで、ゆっくりとその一歩を踏み出した。


 三階の軽音楽部。

 二階の美術部。

 グラウンドをひた走る陸上部の視線も、すべて集めて。


 ——今回の祭りは、私たちが主役だ。

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