茨の異形と彼方の歌姫

憂杞

茨の異形と彼方の歌姫

 閃光。


 ステージに立つ一人の歌姫を中心に、突如として光の柱が立った。それは頭上に浮かぶ巨大なミラーボールによって乱反射し、数千を数えるライブ観客たちに魔力を分け与える。


『みんなーッ! 今日はメローリアのライブに来てくれてありがとォーー!』


 甲高く叫ばれる第一声に、会場じゅうで熱狂の声が上がる。観客たちは与えられた光を思い思いの色に変えて、ステージの周囲を花園のごとく華やかに彩った。


 並び立つ使い魔たちによる伴奏に、七色の声を乗せる歌姫の名はメローリア。

 会場じゅうの摩訶不思議な設営も、個性豊かな使い魔たちの召喚も、全体へ歌を響かせる拡声も、驚くことに彼女一人の魔法によってまかなわれている。


 そのファンの一人である青年フレッドは、毎度のように彼女のライブに胸を躍らせていた。

 今宵も彼は特等席の視点から、煌びやかな会場の風景と歌姫を見上げている。


 不意に、メローリアは歩を進め、ステージ正面に繋がる下り階段を目指す。待ち望んでいた時間が訪れ、フレッドは思わず感嘆の声を漏らす。

 透き通るような歌声を奏でたまま、歌姫は右てのひらを広げる。それは観客たちが嬉々として伸ばす片手を捉えては、弾ける音とともに互いの表情に笑みを咲かせる。


 今か今かと待ち構えた自分の番。堪え切れずフレッドは名を叫ぶ。

「メローリアちゃんっ——!」



 幻影メローリアをすり抜けた茨の鞭ハイタッチは、自室の壁を強打した。



「あやっべ、また壁壊しかけた」

「おいフレッド! てめー何やってんだよ!」


 衝撃のはずみで周囲の幻が霧散した。

 見渡すと正面の壁だけでなく、部屋の四方が嵐の後ような有様だ。唖然とするフレッドのもとへ、蝙蝠こうもりの姿をした使い魔が黄色い声とともに這入り込んでくる。


「いや、ごめんってファービィ。次からは気を付けるから」


 小さな体躯から「うるせー!」という怒鳴り声が響く。鬼の形相をしたこの使い魔は召喚主ファービィと五感を共有し、声や行動をありのままに伝える通信手段として遣わされている。


 一連の騒ぎの理由は、毎月この部屋に送られる

『会場さながらのをお届け! メローリアのライブ生中継★ファントム』という一欠片の水晶である。これに微量の魔力を注ぐことで、会場外にいながら臨場感のあるライブを体感出来る。ちなみに生中継とあるが、時間外でもライブの一部始終を観直すことは可能である。


 フレッドは再三の注意を受けたにも関わらず、今のように『メロ★ファン』による鑑賞にのめり込み暴れ回っては自室内を滅茶苦茶にし、後始末にファービィを巻き込むというお決まりルーティンを繰り返してきた。

 いい加減にしろと再度釘を刺されたフレッドは、さほど反省の色を見せずにやれやれと肩を落とす。その胸中では「自分の部屋だけだしいいじゃないか」などと、お節介を焼くファービィにかえって苛立ちを覚えてさえいた。


「まったく、どうしたら二度とやらねーって反省してくれるんだ?」

「そりゃ勿論、本物のメローリアちゃんの生ライブに行けたら大満足の大猛省さ」

「言うだろうと思ったがそれだけは絶対にナシだ」


 使い魔が呆れ顔で割れた姿見を指す。フレッドは渋々、それを見る。

 そこに映る姿は深い緑、緑。恐ろしく巨大ないばらの怪物。

 奥に見えるはずのヒト形は、幾つもの太いつるによって覆い隠されている。


 その姿でメローリアちゃんに会えるのかと言われて、そうだよなあと気のない返事をする。

 飄々とした人柄だが、フレッドはかつて一国の王子を務めていた。しかしなまけ癖が祟って魔力を持つ一市民の恨みを買い、化け物になる呪いをかけられてしまい今に至る。

 当然のように王家からは追い払われ、居場所は人里離れた一軒家以外になくなった。人ならざる者に成り果てた彼には、二本足を動かし部屋から脱け出す術すら持たないのだ。


「ここにお前が閉じ込められてるのは自業自得だろうに。メローリアちゃんのおかげで毎月ハッスル出来るだけでもありがたいと思うぜ?」

「分かってる。でも僕はどうしても彼女に一目会いたいんだ。それに、僕の人生に光をくれた彼女へせめてもの恩返しをしたい」

「急に殊勝な表情を向けるなよ。紹介した俺には何のお礼もされてねーぞ」


 自分に代わり毎月の『メロ★ファン』を注文している盟友をよそに、フレッドは思案する。

 どうにかして生の会場へ行く手段はないだろうか。それだけをひたすらに考え、物置きの戸を突き破った。

 中に仕舞われていた約三年分の『メロ★ファン』水晶と、ファービィの使い魔を交互に見る。そこで、ぴんと閃いた。


「そうだファービィ、僕に召喚魔法の使い方を教えてくれないか」

「は、お断りだよ。どうせロクなこと考えちゃいないだろ」

「頼む。軍資金は有り余っているんだ。メローリアちゃんの限定グッズ、一生分おごるから!」

「えっ……それなら、いいけど」



 こうして苦し紛れの説得に成功したフレッドは、比較的短い期間で召喚魔法の習得に成功した。

 もともと魔力に適性のある彼だったが、呼び出した使い魔は小さな芋虫という独特の姿をしていた。

 横で顔を引き攣らせる盟友など気にせず、初めての成功に手を叩いて喜んだ。しかし結局のところフレッドは海を渡る手段を持てなかったため、ファービィと使い魔は元王子の遣いを背に乗せながら『メロ★ファン』の匂いをたどり遠征するという、今までにない経験をする他なかった。


 その後、使い魔を通したフレッドの声が殊の外イケメンボイスで、呪いが解けぬまま歌姫に見初められてしまったことはまた別のお話。


 【了】

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茨の異形と彼方の歌姫 憂杞 @MgAiYK

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