第29話 思い出の味

「美味しそうですね~いつもレンちゃん言ってましたけど、お母さん料理上手ですね」

「そんな……私なんかよりずっとセシルさんの方がお上手でしょう。それにお口に合うかどうか……」

「私は行く先々でなんでも食べてるので好き嫌いないですよ、この国にもいたことありますし。それに私も確かに腕に覚えはありますけど、やっぱり母親の味というのは特別なものですからね」

「はい……」


 母さんは出来上がった料理を運びながら、セシルさんと料理について語り合っている。なんか端から見てると親子みたいに見えないこともない。

 それにしても母親の味か……僕はこうしてまた食べられるわけだが、セシルさんはそうはいかないからな。



 そうしてメインのシチューとパンをはじめ、色とりどりの様々な料理が食卓へと並んだ。

 思い出すな、誕生日やクリスマスといった特別な日はこうやって料理好きの母さんがたくさんのご馳走を作り、食卓を囲んでいた。

────本当に、本当に懐かしい。


「おかげでずいぶん助かったわ。お疲れ様、レン」

「母さんもね」


 全ての支度を終えた僕たちは、既に父さんとセシルさんが座っている食卓の椅子に腰を下ろした。

 いつもは二人で食べる夕食を、今日は四人で食べる。たったそれだけ、それだけのことだが僕はそれができたことの喜びを深く噛み締めた。


「じゃあ、母さん……いただきます」

「どうぞ、おなか一杯食べて」


 いつものように一礼ををしてスプーンを手にとった僕はシチューをすくい、ゆっくりと口へと運んだ。

 ……ああ、そうだこの味だ。何度も何度も子供のころから数えきれないくらい食べた味。ずっと食べたかった、僕にとっての母親の味だ。

 自然と身体が震え、涙が溢れてくる……


「ううっ……うっ……」

「ちょっとレン、大丈夫?」

「……大丈夫だよ。本当に美味しいよ、母さん」


 涙を拭いながら、そう答えた。見上げた母さんの目にも、うっすらと涙が覆っていた。



「ふんふん……なるほど、これがレンちゃんが何度も作ろうとしてきたお母さんのシチューですか」

「やっぱり違いますよね……僕が作ったのもいい線だったと思ったけど、こうして食べてみると……」

「レンちゃんには悪いけど……確かにそうだね」


 セシルさんも母さんのシチューを食べ、その味に興味を持ったようだ。

 基本的になんでも美味しそうに食べる好き嫌いのない人だが、本当にこの味が気に入ったことがその口振りから感じることができる。


「特別なことはそんなにしてませんよ。まあしいて言うなら仕上げに隠し味を入れていたり……」

「やっぱり入ってるんじゃん、後でちゃんとしたレシピ書いてくれない?」

「もちろん、向こうでもセシルさんにも作ってあげなさい」

「あっ、お願い~」


 目を合わせて、お互いに微笑む。だけどセシルさんは口ではそう言っているけど、もしかしたら既にある程度、レシピの見当がついているのではないだろうか。

 まあいずれにせよ、秘密もわかりセシルさんも手伝ってくれるなら、この味を向こうで食べられるようにするのも簡単なことだろう。


「さあセシルさん、ワインもどうぞ」

「ありがとうございます。これは……いいワインですね」

「わかりますか? こんなときですからね、奮発しました。レン、あなたも飲むよね?」

「そうだね、頂戴」


 返事を聞いた母さんが全員のグラスへと宝石のように美しい赤ワインを注いでいく。一応は僕も成人済みだ。そんなに強くはないけど、普段から嗜む程度に二人でいろいろお酒は飲んでいる。

 それに初めて親子で飲み交わすんだ、なにも遠慮する必要はない。


「じゃあ、乾杯~!」

「乾杯~!」


 父さんの音頭で四つのグラスが上がる。そして一拍おいて、各々がグラスに口をつけた。


「うん……美味しい」


 舌の上で転がすようにしてじっくりと味わう。甘味、苦味、渋味、酸味、それらの冴え渡った味わいが口の中に広がり、そして喉の奥を通ったあと、素晴らしい葡萄の香りが鼻を抜け、余韻をもたらした。

 セシルさんは香りだけでわかったようだが、お酒の知識があまりない僕もこれはなかなか高級なものだということはわかる。


「ほらほらレン、どんどん食べてちょうだい」

「うん、わかってるよ」


 母さんに薦められ、僕たちはほかの料理にも箸をつける。やはり料理そのもののレベルの高さ、完成度はセシルさんの作ったものの方が上かもしれない。

 だけど……七年ぶりの、もう二度と味わうことのなかったはずの料理は普段のものよりもずっと美味しく感じた。僕はその味を決して忘れないよう心に刻み、味わいながら食べていった。

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