第17話 魔女の独白

「よ~し、これでおしまいっと」


 国の人間から依頼されていた薬の調合の仕事を終え、私は細かい作業でこった身体をほぐすように大きく背伸びをした。

 兵士長さんに頼まれた部下のための傷薬や栄養剤、元同僚の魔術師に頼まれた研究用の薬品、不眠症の王様に個人的に頼まれた睡眠薬とその種類はいろいろ。結構大変だったが、それ相応の報酬はもらってるし、普段お世話になっているからね。


 そして仕上げに容器に入った薬とラベルに間違いがないか、指差しながらしっかりと確認する。


「うん……大丈夫だ、間違いないね」

「お疲れ様です、セシルさん」

「お疲れレンちゃん、助かったよ」


 作業を手伝ってくれたレンちゃんに礼をする。

 やはり二人だと進むのが早い、今まで一人が当たり前だっただけにそのありがたみを深く感じる。それにすごく丁寧にやってくれるから本当に助かる。


「そろそろ私は寝ようと思うけど、レンちゃんはどうする?」

「僕は……もう少し起きてます。読みたい本があるんで」

「そう? 勉強熱心だね。じゃあ後片付けとかもよろしくね」

「わかりました」


 返事をもらい、私は研究室を出るために着ていた白衣を脱ぎ、軽くシワを伸ばしながら引っ掻けた。

 この白衣は私の特製であり、ラボでの私たちの作業着。着ている者に様々な外的要因から自動で身を守る魔術を施してある、私の自信作の一つだ。


 また同じ効果を持つローブもあり、今回みたいな薬の調合など科学寄りの研究をするときはこれ、それ以外の魔術らしい魔術をするときはそのローブに着替えたりする。気分というのは大切だ。


「そう言えばレンちゃん、一つ聞きたいんだけど……」

「……? 何ですか?」

「ここでの生活は楽しい?」


 ふと、ドアを開けながらそう問いかけた。その質問に特に深い意味はない、私たちが出会ってからそろそろ半年が経つ頃なので、ちょっと聞いてみたくらいのつもりだった。

 もし何か不満点があったならば、改善するようにすればいいし、何もないならそれでいいと思っていた。しかし……


「もちろん! そうに決まってるじゃないですか」


 笑顔でそう言ってくれた。これでも星の数ほどの人間と関わってきた身だ、その言葉に嘘がないことははっきりとわかる。


「魔術の勉強は楽しいし、料理は美味しいし、これは当たり前かもですけど……空気もよくていいところだし、充実した生活ですよ。それにこの身体も気に入りましたし」

「そ、そう……でも何かない? しいて言えば何か……」

「そうですね、しいて言えば……」

「言えば?」


 何かな、ちょっとドキドキ。


「たまには自分の部屋片付けてくださいよ。せめて、読んだ本はちゃんとしまってください」

「……わかりました」

「じゃあ、お休みなさ~い」

「お休み……」



   ◆◆◆          ◆◆◆



「ふう……」


 軽くシャワーを浴びてから寝巻きに着替え、自分の部屋に戻った私は、重力に身体を任せてバフッとベッドへと倒れこんだ。

 そのまま昼間干された布団のフカフカの感触を楽しむ……至福の一時だ。それにしても……


「やっぱりレンちゃん可愛いな~」


 私はさっきの言葉を思い出す。ああやって言ってくれると……やっぱり嬉しい。魔術の才能もさることながら、気が利いて、真面目で……レンちゃんに会えてよかったと改めて思う。

 やはり魔術の無い世界から来たせいか、かえって人一倍魔術に興味を持ってくれているのも実にうれしい。それに最初に男の子だったと知ったときは、正直またドジをやってしまったと感じたが、結果としてはいい方向へと転がった。


 ふとした仕草や考え方などから垣間見える男性的な内面のギャップがたまらないし、仮に女同士だったら揉めることなんかも多くなったかもしれない。

 それになんだかんだでレンちゃん自身もあの身体を気に入ってくれているようで何よりだ、……もしかして潜在的にそういう願望があったのかも。


「さて……」


 このまま眠りたい誘惑をなんとか断ち切って布団から顔を上げ、机へ向かう。毎日の日課である日記を書くためだ。

 部屋の中は確かに少し散らかっているけど……もう遅いし明日やろう!


「今日は……何があったかな?」


 机へ座った私はペンを取り、日記帳へ今日の日付を書き込む。毎日、変化を求めながら生きることを心がけているとはいえ、やはりこれといった出来事が無い日も少なくない。

 それでも何か書くことを見つけ、文を紡いでいく。今日は昼間、レンちゃんと剣術の稽古をしたことやさっきの会話あたりを日記にした。


 剣術を教えているのは一応護身のためや魔術の練習にもなるというのが大きな目的だ。

 私たちは争うための力を欲しているわけではないが、自由でいるには面倒事に巻き込まれても何事もなく切り抜けられる力、降りかかる火の粉を払うだけの力はやはり必要といえる。


 だけどそれ以上の目的として、私自身が相手が欲しかったというのがある。昔からこうして自らを鍛えることは好きだし、今では相当の腕前であることは自負している。

 だけど、魔力を純粋なエネルギーとして扱う先天的な器用さを必要とする私のやり方を、同様にできる見込みがあるものはいなかった。だからこれまで練習相手がいなかったも同然だった。


 だけど今は違う。これもよくよく考えてみたら、女の子だったら付き合ってくれたか怪しいし、もちろん全く向いてないということも考えられた。

 でもやっていて実感するがレンちゃんは飲み込みが早いし、何よりとても楽しんでくれている。この辺はやっぱり男の子といった感じだ。


 それに強くて凛々しい銀髪ポニテの少女剣士、しかもボクっ娘……最高すぎるでしょ! 

 今度他の武器や徒手での戦い方もいろいろ教えてあげようかな。




「これでよし……」


 一ページの三分の二ほど書き込み、日記帳を閉じた。そのまま振り返り、部屋の隅の方にあるそこだけ綺麗に整頓された本棚を見る。

 並べられているのは全て誰かに見せるつもりもない私の日記だ。


 私にとって日記はただ日々の出来事を記録するためのものだけではない。

 ……かつて、初めて違う世界へと来たその夜から毎日欠かすことなくつけているものであり、書くことが多くても少なくても上限は一日に一ページ、自分の誕生日の度に新しいものに変えることで、暦としての役割を持っている。


 そうして続けてきた日記は本棚いっぱいに並んでいる。……思えば長く生きてきたもんだ。

 書物として残す以外にも、魔術的にもっとコンパクトに情報を保存する方法はある。だけどもこれに関してはこのやり方を続けるつもりだ。


 偶然発見し、私の力を持ってしてもいまだ全貌の解明には至らない不老の魔術。やがて人が正しい進歩の果てにたどり着くであろう技術の先取り。

 独り占めと言ったら言い方は悪いが、今の人間には過ぎたものだと考えた私はレンちゃんに出会うまで自分以外にはこれを施したことがなかった。まあそれは正解だったと今は思っている。

 

 私はこれまで、自らの好奇心のままに人生を生きてきた。魔術の研究だって誰のためでもなく、自分が興味があるから続けてきたことだ。

 世界にはまだまだ知りたいことがあるし、行く先々での人との出会いと生活はそれだけで楽しい。そして飽きてきたら、また面倒事になってしまったら別の地域、別の世界へと行けばいい。とても、とても……いつまでも続いてほしいほど楽しい人生だ。

 だけど……


「はぁ~」


 最近どうしても頭によぎることがある。私が初めて異世界へと足を踏み入れたあの時、きっと引き返すことはできた。当時の私も心のどこかでわかっていたはずだ。

 だけど家族とも友人とも約束されていた輝かしい未来にも、自らの意思で別れを告げ、私は引き返さないという道を選んだ。そしてその道の先に今の私がある。


 私はそうして自分の意思で自分の人生の選択をした。しかし、レンちゃんはちょっと話が違う。レンちゃんの魂をこちらに引っ張ってきたとき、もしこの話を断ったら、ということを聞いてきた。あの時……私は動揺した。

 入る肉体がなければ、魂はそのまま普通に死んだときと同じく全てを忘れて輪廻の流れに戻る。だからこそ、私は記憶を持ったままもう一度生きられるというのに断るなんてことはないだろう、そんな考え方をしていた。


 あの日はいろいろあった、私も少々平静を欠いていたのかも知れない。一応精神を落ち着かせてあげていたとはいえ、いきなりお風呂に誘ったりしちゃうし……中身男の子だぞ……なんとなくで誤魔化したけどさあ。

 だけどそれでもそんな傲慢ともいえる考え方のまま、人生の岐路に立つレンちゃんに選択の余地のない選択肢を与えてしまったと、少し後悔しているのだ。


 レンちゃん自身がどう思っているかはわからないし、私は聞くつもりも覗き見るつもりもない。そして私はずっとレンちゃんに一緒にいてほしいと心から思っている。

 それでもそう遠くない未来、私の並行世界移動の技術に進展があり、一度行った世界にまた行けるようになったとき……その償いとして私は改めて問いかけ、そしてその選択を尊重しようと思う。レンちゃんが私と共にいてくれるのかを……




「ふふふっ……」


 まあそんなことはまた後で考えればいいとして、椅子を立ち、本棚から無造作に一冊の日記帳を手にとり、ページをめくった私はかすかな笑みをこぼした。

 記してあったのは百年ほど前のささいな出来事だ、もちろん詳細に覚えているわけがない。それでもこうやって読み返せば、こんなこともあったな……とかすかに思い出し懐かしい気持ちへと浸ることができる。

 一通りそのページを読んだ私は、さらにページをめくった。


『〇月△日 本日、学校の生徒たちに密かな楽しみである小説やイラスト、脳内でつぶやいていた詠唱などを記したノートを見られてしまった。うかつにも机の上においたまま…………』

「…………」


 当時の様々な感情をぶつけたかのように書きなぐったそのページを、バンッと音がするほどの勢いで閉じ、再びベッドへと倒れこむ。


「あ~~!」


 布団に倒れこみ顔をうずめる。例え遥か昔の事とはいえ、もう当人たちがいないとはいえ、こういうのは……やっぱりくるものがある。

 まあ、今もそういうの続けてはいるけどね……


「いいや……もう寝よう」


 ともあれ就寝前の日課を終えた私は部屋の電気を消し、ベッドへと横たわった。

 眠ること、というのは実に気持ちがいいものだと私は思う。その気になれば眠りを必要としなくなる身体にもなれないことはないだろうが、それはしない。

 それは人間から遠ざかってしまうとかそういうことではなく、例え活動できる時間が増えたとしても、この何より心地よい時間を失いたくないからだ。


 横たわり数分……眠くなってきた。明日はどんな日かな……おやすみ……なさい…………


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