四年に一度

第1話


―――


 その日の僕は朝から大忙しだった。

 身だしなみをいつもより念入りに整えて、笑顔の練習もした。久しぶりに会うから緊張するけどきっと大丈夫。彼女に会えばそんなもの、一瞬で吹っ飛ぶから。


「あ、ヤバい!時間だ!彼女は……あぁ、もう来てる。」

 僕は慌てて待っている彼女の前に立った。彼女は俯き加減で立っていたが、僕に気づくと顔を上げた。


「久しぶり、だね。」

「うん。四年振りだよ。君はますます綺麗になったね。」

「そういう貴方は変わらないね。」

「そうかな。」

「そうだよ。」

 惚けた顔で言うと彼女は口に手を当ててくすくすと笑った。


 僕と彼女は小学校からの幼馴染で、中学生の時に一時付き合っていた。でも僕の方にちょっと事情があって別れてしまったのだ。

 それでも気まずくならずにこうして数年に一度会いに来てくれる彼女は、僕にとって今でも大切な人。


「実はね……今日は貴方に報告があるの。」

「報告?」

「……こっち来て。」

「?」

 彼女が振り向いて手招きする。僕はその時になって初めて彼女の後ろに誰かがいる事に気づいた。


「私、この人と結婚するの。貴方には一番に報告したかったから。まだ誰にも言ってないのよ。」

「け、結婚……?」

「えーっと、初めましてでいいのかな?本当は俺なんかが来てもいいのかなって思ったんだけど、こいつがどうしてもって言うから来ました。」

「…………」

 彼女の結婚相手はいかにも爽やかな好青年といった印象で、悔しいが二人はとても似合っていた。

 僕は口を尖らせながらそっぽを向く。


「俺、結婚決めるまで悩んだんですよね。こいつの心の中には貴方がいる。真ん中に陣取って中々退いてくれない。あ、気悪くしたらごめん。でも思い出話をする時はいつも決まって貴方の話。初デートの話なんて何百回聞かされたか。今じゃ一字一句間違えないで暗唱できる。」

 そう言って彼氏、もとい婚約者は苦笑した。


「でもこう思う事にしたんだ。これまでの思い出は貴方とこいつのものだから、それはもう揺るぎない事実であってそれをどうこう思う資格は俺にはない。だけどこれからのこいつの人生の真ん中に俺がいればそれでいいって。」

「君はそれでいいんだね?」

 僕が念を押すと彼はゆっくりと頷いた。


 彼女が結婚するという事にショックを受けていた僕だったけど、彼の本気が伝わったから本当は溢れ出しそうな涙をグッと堪える。そして意を決して言った。


「彼女を、幸せにしてあげてね。」

「もちろん。」

「ありがとう。認めてくれて。」

「当たり前だよ。君が幸せになれる事なら全力で応援するんだから。……僕はもう君に何もしてあげられないから。」

 僕の言葉に彼女の頬から雫が一つ零れた。彼も目頭を押さえている。僕は静かに後ろを向いた。


「じゃあもうここには来なくてもいいね。」

「えっ!?どうして?」

「どうしてって……君はこの人と幸せになるんでしょ?だったらここに来る必要はないよ。」

「必要あるよ。だって今でもこれからも、私の心の中には貴方がいるから。スペースは少し狭くなるかも知れないけどね。」

 彼女が珍しく冗談めかした言葉を吐く。僕は一瞬ポカンとしたがすぐに意味を理解して大笑いした。


「あはは!君も冗談言うんだね。うん、わかった。じゃあまた四年後に待ってるから。」

「待っててね。今度はきっと子どもも一緒だと思うから。」

「楽しみだね。」

 僕が笑顔で手を振ると、彼女も振り返してくれる。彼は丁寧に頭を下げると二人並んで歩いていった。


「どうして四年に一度なのかなぁ~毎年会いたいのに……」



 僕は目の前の墓石を睨み付ける。そこには平成⚪⚪年2月29日という刻印が刻まれていた。



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四年に一度 @horirincomic

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