第19話 オペレーション:ダウンフォール
「いつの時代も‥‥矛盾は嘘から生まれるんだ」───────神乃木荘龍
─1918年 5月8日 フランブル地方北部 ニリニースタ 西部方面軍 第29歩兵連隊
日は沈み、活動の昼は終わった。
ここニリニースタでは苛烈な前線にも関わらず安穏とした空気が漂っていた。
「どうした?早くしろよ早く。」
「ケムラ、早くしろ〜」
「早くしろよ〜」
塹壕の中で談笑をしていた、一人の一兵卒はその耳が拾った微かなノイズに反応していた。
「…。」
思い切って目の前の土に耳をあててみる。すると、彼は驚いた顔をして見せた。
何十、いや何百もの人や馬の駆ける音、鳴動する大地の声がうるさいほど聞こえてくる。
「おい!敵だ!て…。」
轟く大地のうねりと共に放たれたジャイロ軌道の弾丸は、若い兵卒の脳天を貫いた。
すぐさま塹壕のランタンの火は吹き消され、そして見えない敵を必死に捉えようと銃を覗き込む間に、人民帝国の騎兵部隊のサーベルが肉を切り裂いて行ったのだった。
後にこの戦いは『ニリニースタの攻防』と呼ばれ戦史の1ページに残される。
レイノルズ大佐の率いる第29歩兵連隊、通称レイノルズ連隊は本来ここまで最前線で戦う部隊ではなかった。しかしここ最近の押され気味の状況でいよいよ怪しくなってきた。
「レイノルズカンパニーの人間を戦死させては不味い。」
ということで撤退命令と司令部付に転属する命令が出ていたが、その時この戦いが始まってしまったため、急遽ミコたちクレセント・コマンドを送り込んで戦争に臨むことになった。
─1918年 5月8日 フランブル地方北部 ニリニースタ 西部方面軍 第一独立機動支隊
重砲の砲声が、目覚ましには十分すぎるほどだった。野営地の中、粗末なランプにぼんやり照らされた地図を見ている振りをしていたミコは、急に立ち上がり状況を本能で察知した。口元に手をやり、思考を研ぎ澄ませる為に地図を見ながら黒目をあちこちへと絶え間なく動かす。そしてまた急に座ると、机の上にあるコップから既にぬるくなっていた水を飲み干した。
第一独立機動支隊が、動き出した。
「全員、揃っているな。」
ミコが場を見回す。
「はっ、各小隊長全員が集まっています。」
ミコの馴染みの部下である曹長が答えた。よし、と一息ついたミコは喋りだした。
「我々は、当初の総司令部の意向に則りレイノルズ連隊を援護する。サーシャ、敵の勢力と方面軍からの連絡は?」
「レイノルズ連隊の伝令によると、1個師団は確実に来ているようだ。方面軍司令部からは予定されていた援軍本隊が来るのは夜明けごろと報告されているよ。」
ミコの右腕のサーシャ・コンドラチェンコ少尉がそのピンク髪を少し触ってから報告した。
「夜明けまでは?」
「あと4時間から5時間です。」
サーシャの報告を聞いて、ミコは戦いの方向性を決めた。ミコは今回のような防衛戦を、過去にも経験している。ベリヤ将軍の下で戦ったカンブルグの戦いだ。あの時は、とミコは思案した。あの時はそもそも撤退なんて思考はなかったはずだ。突破されたら首都のローゼンブルグまで進軍されたかもしれない。今も状況は似ているな。撤退するべき事案だが、政治に付き合わされて撤退は許されない。
ハア、とミコはため息をついた。マイナスな事を考えるのはやめよう。あの時と同様、前哨部隊が後退している。司令官があんなんだしきっとわたしがアレコレ指示したっていいだろう…。
ニリーニスタの部隊展開は、扇状に兵が展開し陣地を構築している。南に数キロ行けばエルムズ河へ到達する。ミコは部隊を3つに分けて、片方の陣地へ2個小隊、もう片方へ2個小隊、中央にミコ、サーシャ、マキナと残りの部隊をもって第一独立機動支隊は展開することに決めた。
馬と箒の部隊がいそいで現場へと急行する。道中で部隊は別れ、ミコたちは重圧をかけられているニリーニスタ中央部へと駆けた。
第一独立機動支隊、通称クレセント・コマンドはカンブルグの戦いの経験から機関銃という新兵器を大量に持っていた。
─1918年 5月9日 深夜 フランブル地方北部 ニリニースタ 西部方面軍 第一独立機動支隊
現場についたミコらはまず、司令部へと向かい状況を説明した。
「…というわけです。我々は前線に出ますので、失礼致します。」
ミコは背を向けたままのレイノルズ将軍に対し、返事をまたずに去った。
前線の様子を見ると、それは酷いものだった。次々に落ちてくる榴弾の雨で土壌は耕され、砂塵が舞い、それがやんだら闇夜から人民帝国の兵が銃剣を煌めかせて突撃してくる。このサイクルであった。
(おそらく全ての拠点でこの光景が広がっているんだろうね。幸運なのは、あの時みたいに全方位囲まれているという訳では無いということか…。)
ミコはまず、塹壕に等間隔に機関銃を配置させた。集落の防壁などに配置しても、深夜とはいえ榴弾に狙い撃ちにされるリスクがあるという判断からだ。カンブルグの戦いと今回の戦いの違いは、人民帝国も今回は榴散弾ではなく榴弾を使用していることにあった。
次の攻勢がくる。砲弾がそこらに落ち、雄叫びを上げながら人民帝国の兵士が突撃してくる。そこに、ニリーニスタ各地の拠点から、断続的な発射音が鳴り響いた。攻勢は、頓挫した。
ニリーニスタの本拠点の手前まで押し込んでいた人民帝国の攻勢は、ここに来て足が止まった。
逆に、ナルヴィンスク連邦の方から動きがあった。
ミコ、サーシャ、マキナは魔法使いとして箒にのり、偵察行動と逃げ遅れた兵士を殺す為に夜空へと上がった。
ミコが胸にかけたダイヤルに手をやり、口元まで近づける。
「マキナ、サーシャ、これから陣地から2キロまでの範囲を偵察する。別拠点の様子も見に行くんだ。」
「了解─」
そう言って3人は、夜空を西へと飛び始めた。ミコは重砲が発する嫌な匂いに顔をしかめた。そして、視界に飛び込んで来たのは、攻勢をかけられている拠点だった。数十騎の騎兵が拠点に向かって強襲しようとしている。これは不味いな。ミコはそう感じた。
(あの騎兵はきっと報告にもあった前哨拠点を襲った精鋭部隊だな。機関銃の装填と冷却の合間を狙われたか…!)
「ミコ!どうする!?」
ダイヤルから、ノイズ混じりのサーシャの声が聞こえてきた。
「助けに行きましょう!」
同じようにダイヤルからマキナの声も聞こえてくる。
ミコは少しだけ目を瞑ってから答えた。
「…我に秘策あり、だ。Xフォイル戦闘配置。」
3人がそれぞれ箒に付けられたスイッチを押すと、箒の勢いはぐんと上がり、箒に付けられたライトが残光を残した。
─1918年 5月9日 深夜 フランブル地方北部 ニリニースタ 西部方面軍 レイノルズ連隊
戦闘は苛烈を極めていた。騎兵隊は断続的に前線の兵を襲い、それはまるでこの拠点を突破し占領することよりも殺戮することを目的としているようだった。
レイノルズ連隊の一兵卒であるこの男は、本来寝ているはずの時間に戦い、絶え間ない砲声に耳を聾し、仲間は肉塊と化していく様を見て絶望した。正直、なぜ自分が正気を保てているのかが分からない。男は悲観的だった。どうせ俺もすぐ死ぬのだ。気が触れようが触れまいが関係ない。
騎兵がまた突撃してくる音が聞こえる。男は銃すら構えなかった。
「あれが俺の天使か───────」
男は目を閉じた。
しかし、急な爆音と、火炎の煌めきが男の死への睡眠を妨げた。
「全速、友軍を援護する。撃て!」
空から若い女の声がした。見上げると、複数の人間が空を飛び、銃を撃ったり爆弾のようなものを投下している。
ミコは、戦闘開始の合図として、クレセント・コマンドの魔法使いの標準装備である結束された手榴弾を騎兵部隊の進路上に投下したのだ。本来人民帝国のワイバーンを殺す為にこの装備があるが、ミコはそれを地上の敵に使用した。敵からされていることをやり返す考えであった。
3人は爆弾を投下すると、手に持ったライフルで次々に敵を狙った。夜明けが近づいているからか、敵の姿も視認することができた。
「マキナ、拠点の周囲を旋回して被害状況を確認して!」
ミコはセミオートの新式ライフル、正式名称ワルターM1917の薬室に弾を送り込みながら命令した。
「─僕の目からは負傷者と損害は中央拠点よりも多いです。」
ダイヤルからマキナの声が聞こえた。これはまずいな、急場を凌いだが、このままでは突破される。銃声と轟音の中でミコはダイヤルの回線を切り替えた。
「クレセント・コマンドより第1軍司令部へ、援軍についてお尋ねしたい!!送レ。」
少しの間の後、第1軍の通信回線から声が響いた。
「第1軍司令部からクレセント・コマンドへ。報告では現在人民帝国の攻勢は頓挫しているとあるが何か深刻な事態でも?」
ミコは歯ぎしりしながら怒りに任せて3回トリガーを引いた。1発が馬上の敵に命中した。
彼女は叫んだ。
「バカ!深刻でなければ連絡などするものか!」
一瞬、ダイヤルは沈黙した。
「了解。援軍は予定通りあと1時間から2時間のうちに到着する。すまない。」
「了解っ、援軍がニリーニスタに到着したらまず左翼の拠点に多めに兵を寄越してくれ。」
会話は一段落ついたが、ミコはサーシャが落馬した兵に狙われていたため、急に通信を絶った。
土埃のついた軍服の中で脇に汗をかくのを感じた。
ミコは落ち着いてそれを狙い、阻止した。
戦闘は落ち着き、ミコらは中央の拠点へと戻った。休憩をする間もなく、戦闘が始まった。もう日は上り、援軍が来てもおかしくない頃合だった。
兵たち全員が風切りの音を上から聞いた。箒に乗った女、しかも連邦の軍服を着た人間が、汚らしい笑顔を浮かべて突撃してくる。朝焼けの日光が銃身に反射している。足元には手榴弾が転がっていた。
塹壕から湧き上がる火炎、轟音、砂塵、煙。飛び散る肉。この戦争が始まってから、人類がこれから経験する戦争の仕方がここに現れていた。
ミコは箒を腕で引き上げ、高度を取り、反転した。きっとこれでまた攻勢が止むだろう。そう思っていた。だが、この攻撃の波は止まらない。
ミコは陣地に戻り、驚いた。
この異常な攻撃への執念に、機関銃士も歩兵も呆気に取られているのだ。
「機関銃!何をしている!おい!曹長!これはどうした!」
ミコは馴染みの曹長を見つけ話しかけた。返事を待つ前に、ミコは行動した。
「機関銃用意!一斉に、薙ぎ倒せ!」
ミコは腰に据えたサーベルを引き抜き、機関銃の指示を開始した。今や大隊規模の部隊指揮官となったこの少女が、銃座の指揮を取っている。曹長はカンブルグの初陣を思い出し、感動した。
それでもなお、取り憑かれたように敵が迫ってくる。今度はミコも呆気に取られた。どういうことだ。自殺行為だぞ。
いやいや、とミコは我に返った。歩兵も機関銃もまた沈黙している。わたしが出なければ…!
まず最も陣地に近い敵に対して、ミコは狙いを定めた。自分の背中に銃があるという事も忘れ、右手にもったサーベルをそのまま振りかざした。そして箒を振るように半円を描いて腕を振るった。
「インカー・ゼルス! (失神しろ!)」
蒼い炎の閃光がその兵士に直撃し、苦悶の顔のまま倒れた。
その後も失神術を何度か繰り返したが、これでは埒が明かない。
ミコは箒に乗り、飛び上がった。無我夢中のまま敵の波の上にたち、あの日の再現をしようとした。
サーベルである、軍刀・雷切を引き抜き、手を猛禽類のようにして爪を立てた。眼下の敵へと狙いを定める。あの時出来たのだから、今もできるはず。
「─イニシエート・エクリクス (爆発せよ)」
細い閃光が敵の波へいく。そこで爆発が起きた。砂塵が舞い、何かが複数空に飛ばされた。
ミコはそれを集中して見続けた。しかし、あの時のように爆発は連鎖しなかった。自分の中で魔法力が大きく消費されたことを感じ取り、フラフラと陣地へと戻り箒から降りていく。友軍はどうやら味方の魔法使いが爆発を発生させる魔法を使ったことを知り、銃撃音はまた活発となった。
(あの時あの呪文が使えたのは一体なんだったんだ…?)
ミコが使用したのは禁じられた呪文である爆炎の呪文であった。しかし、爆発は連鎖しない。自分の中で疑問を感じながら、ミコは司令部近くへと足を運んだ。
そこで第1軍と連絡を取っていたサーシャと、被害を見て回っていたマキナと、なんとレイノルズ将軍と出会った。
「よう、ミコさん!」
マキナが挨拶してくる。
やあ、とミコが返事をすると、レイノルズが口を開いた。
「貴様ら魔法使いごときに助けられるとはな。空に飛び魔法を好き勝手使うのは楽しいだろう?地上で戦う我々の事を考えたことはあるのかね?」
ミコはギョッとした。なんだ、このハッキリと感じる魔法使いへの悪意は…?
「………。」
ミコは敬礼をしたままその質問には答えなかった。
「魔法使いなど、科学に取り残されたロートルだ。軍でしか働く場所のない、未熟な存在だ。」
ミコはあまりの言われように言葉を失った。視線が、足元へといき俯いた。
「お言葉ですが将軍、彼女らが魔法使いと言えど我々はこの祖国を守るため一緒に戦っています。我々は共に生き、共に戦っています。今は分断を生むような事を言うべきではありません。」
レイノルズ将軍の副官である細くメガネをかけた男が発言した。
「そもそも、君があの部隊が魔法使いの部隊と教えていたら…」
「わたくしは何度もお伝え致しました。」
「しかし俺は…」
「……」
「……」
「ミコ、行こう。」
2人が喋っている間に、サーシャとマキナに連れられて、ミコは別の場所へと移動しようとした。そこへだった。
爆発。何かが吹き飛んだ。しかもそれは連続したものだった。第1軍の砲兵部隊の75榴─75ミリ榴弾砲が、大規模な火力支援を開始したのだ。援軍が到着したに違いない。地図でブロック分けされた火力制圧地域をたちまちのうちに砲弾で埋めつくしていく。
「どうした?どうしてこうなった?」
ミコは、バラバラな心情のままこの重砲のコンサートの風景を眺めていた。普段は元気印であるミコだが、彼女はネガティブに思った。
くだらない戦争という行為の為に、これだけの嵐が生まれている。この戦争はどれだけ鉄と血液を欲する?この魅入られる光景はなんだ。戦争が無くならない理由が分かる。今までわたしは、軍に入った理由がよく分からなかった。魔法使いだからという理由で軍に入った。もしかしたら、わたしは、戦争が好きなのか?人の命を好きなだけ毟り、無意味なまでに破壊の限りを尽くす行為が。冗談じゃない。魔法使いが差別されてきた理由…それは科学技術の発展にある。わたしが生まれる前、「英雄」と共に魔法使いは内戦を起こした。そのおかげで今軍に魔法使いが多く登用されている。わたしがすべきことは、きっと───────
そう考えている間にミコのもとに第1軍からの伝来が来た。様子を見るに、それなりの階級のようだ。
「ミコ・カウリバルス中尉、ですね。」
「は、はい!」
ミコは急に話しかけられた事にびっくりして舌を噛みそうになった。
「あなたに手紙が…海軍のシャナ・ビリデルリング大尉からです。」
その将校は手紙を取り出して渡した。
「ハア…どうも。」
「まだ続きがあります。2つ程。ひとつは昇進についてと、もうひとつは…特別任務についてです。」
その将校はさらに2つの封筒を取り出した。
続く。
斜陽の魔法 旭日の産業革命 テラ生まれのT @schlieffen_1919
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