第25話 旧友
「満弦が!?」
「はい」
魁は真一宅でサクラに見た事を伝える。
「偽物じゃないの?」
優美がいつもの調子で言うが、確かに姿を変える能力を持った変異種がいてももう驚かない。
「私が感じた限りでは、黒川くん本人に間違いないと思います」
「……でもわたし、この目で見たのよ。……満弦が死ぬとこ」
自らの手で、心臓に木製の剣を差し込んだのだ。
正しくは簪だが、普通に考えれば生きているはずはない。
「いや、待ってください。壬生くんのお祖父さんが生きていたんです。お祖父さんも木剣を心臓に刺したんですよね? それなら同じように生き返っても不思議はないです」
いや不思議でしょ、という女子達に構わず真一は続ける。
「もしかしたら死んだと言うのが、そもそも勘違いだったのかもしれません。あの後、公園には大きな木が現れました。特に深く考えませんでしたが、それも十分不思議だったんです。木だって生きているわけですから」
「つまり、死んだのではなく、姿を変えていただけだと?」
そうです、と真一は眼鏡を上げる。
「でもそれがなんで急に人間に戻るワケ?」
優美の当然の疑問に真一も「そこが問題です」と額を押さえる。
「そんな事はどうでもいいんだよ」
先程から興味なさげに隅にいた蟇目が、しびれを切らしたように割って入る。
「そいつはハーデス・ゲートにいるって言ったんだろ? 居場所を突き止められないのか?」
それは分かりません、と答える魁に追うとか何かしなかったのかと詰め寄る。
「あの時は誠司さん、友人がケガをしていましたし……」
その処置対応が優先だったと申し訳なさそうに言うが、はっとその顔を上げる。
「そう言えば、豊橋組の人達もハーデス・ゲートの信者だったんです。その一人が変異種に。その前の様子を聞けば、何か分かるかもしれません」
「変異種になったって奴か? あれ以来新しい変異種は現れてないはずだろ」
蟇目の言葉に真一が答える。
「そうですね、門を閉じて以来聞いた事がありません。今いる変異種は当時の生き残りです。もっとも本人も気付かなかったのが覚醒したとかはあるかもしれませんが」
誠司の話では今までそんな兆候は全くなかった。
派手な喧嘩をした事もあるが、変異種の力を隠しているような様子は感じられなかったという話だ。
最期の様子は、当初の変異したばかりの変異種の様子に似ている。
自分の身に何が起きたのか、まだ受け入れられてない者の反応のようだった。
「やっぱりまた新しい門を開いたのではないでしょうか。ハーデス・ゲートという名前にも通じますし」
真一の言葉に頷き、魁は豊橋組詰所に向かう事にした。
誠司の案内で、変異したというシン兄――新谷の舎弟だった二人に話を聞く。
どちらかと言うと新谷は自分本位で、二人にも分け前はおこぼれ程度。
多くの証を抱え、幹部とはいかないまでも二人よりも深い所まで近づいていた事は間違いない。
変異種になる数日前から行方がしれなかったが、どこへ行くのかは二人にも知らされていなかった。
二人は新谷の取り仕切っていた仕事、つまりは遺産を引き継げるよう立ち回るのに必死で、あまり話を聞けそうになかったが、誠司が後釜につけるよう口添えしてやろうという事で、少しだけ情報を引き出す事が出来た。
その話では普段から独り占め思想の新谷に不満を募らせていた二人は、一度新谷の後をつけた事がある。
警戒心の強い男だったが、二人で連携し、とあるビルへと入って行った所までは突き止めた。
もっとも留守中に言いつけられていた用件もあり、すぐ戻った為そこから先は分からない。
ハーデス・ゲートの拠点かどうかは分からないが、今の所唯一の手掛かりだった。
「ここか」
蟇目はオフィス街の中に建つ五階建てのビルの前に立つ。
真一と魁もその横で同じようにそのビルを見上げた。
「意外過ぎて、全然関係ないビルなんじゃないかという気がしてきました」
ビルはまだ新しく、最新鋭の警備を備えていそうな外観だ。
実際ゲートはカード認証と回転扉。監視カメラが至る所にあって警備員も詰めている。
しかし前面はガラス張りで一階エントランスの様子は見え、スーツを着た人達が受付でやり取りをした後エレベーターに消えていく。
出入りも多く、完全に普通の会社だ。
ただ何の会社か、というとよく分からなかった。
ビルには「SAIDOU商社」と書かれている。
「もっと塀で囲まれた屋敷みたいな所を想像していたんだがなぁ」
忍び込んで証拠をつかみ、企みを潰すと言う名目の報復をするつもりだった蟇目は、完全に興を削がれた様子だ。
「確かに、まずは関係あるかどうかをハッキリさせる必要がありますね」
他のビルと比べても物々しすぎる警備だが、儲かっているだけの企業かもしれない。
企業秘密を多く抱える会社なら分からないでもない設備だ。
夜間には完全に閉鎖されるだろうし、客を装って入り込める雰囲気でもない。
場合によっては警察に捕まるだけで、何も得られない可能性もある。
「なあ相棒。セキュリティをハッキングして何とかならないのか?」
蟇目が自分の相棒であるかのように真一の肩に肘を置く。
「いやあ。さすがにこの規模となると。それに警察とかの情報を抜き出せたのは知り合いのツテがあるからですし、それも『今』では難しくなっています」
蟇目は不満そうに口を曲げる。
「入口で見張っていれば動きがあるかもしれませんが、何しろ相手は出入り口を使わずに自由に移動するわけですからね」
一同は神妙な面持ちになる。
無関係だという証拠でもあれば諦めもつくが、限りなく怪しい物を前に何もできないと次へ進むのにも迷いが出る。
「ここへ忍び込んで調べるにしても……、それこそ透明人間でもない限りは……」
真一が言葉を切り、魁と蟇目も互いに顔を見合わせた。
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