第22話 古来の業

「魁よ。蕪古流は何だと心得る」

「はい。己が精神を磨き。弱き者を守る為に振るうものと」

「ではなぜ刃を振るう」

「そ、それは……」

「そこに深い理由は無い。戦いとは相手が武器を持っているもの。鎧を纏っているもの。それが常だったからの。だが私の生きた時代でも刀は廃れつつあった」

「はい。父は伝統を守る為だと言ってました」

「お主は何と考える」

「私は……。蕪古流の心得は、何事にも通じる。必ず役立つ事があると」

「それも私が魁一郎に教えた事だ」

 魁は顔を赤くして俯く。

「まあ、間違いではないからの。魁一郎の教えを受け継いでいるのならそれもよい」

 魁は顔を上げる。

「あの……。お祖父様」

「ん?」

「なぜ、先程からサクラさんの方を?」

 弥一郎はサクラから視線を外し、魁の方に向き直る。

 魁の祖父が現れたと聞き、興味本位で見学しようと道場で正座していたサクラだったが、じっとサクラの顔を――正確には顔のやや下を凝視する弥一郎にどうしたらよいのか分からない顔で固まっていた。

「英雄色を好むと言うが、お主も私の血をしっかりと引いておるな。魁一郎もさぞかし助平であったろう」

 はあ……、と魁は何といったものかと曖昧に返事をする。

「しかしお主は乳が無い方が好きではないのか?」

 サクラは露骨に「え!?」という顔をする。

「昨夜はそれで不覚を取ったのではないのか?」

「いえ、特にそういうわけでは」

「しかし美しかったな。剣の腕も立つ。そうそうおらぬ女子じゃ。てっきりあれが正妻かと思っておったが」

 サクラは口を開けてあわあわと何か言いたげだが、結局何も言い出せずにいた。

「あれは、私がまだ未熟であるが故に」

 魁の頭が高く跳ね上がる。

 ぼたぼたと鼻面から落ちる血が道場の床に赤い点を作っていく。

「未熟とはこれから成熟する者に用いる言葉。実戦とは真剣勝負。敗北は即、死を意味する。昨夜の不覚で命を落としていればそこでお主の人生は終わっておった」

 魁は正座に座り直して平服する。

「死んだらそこで終わりじゃ。そこが頂点。そこがお主が世に残した強さとなる」

 サクラはあんぐりと口を開けた。

「未熟など敗北者の戯言に過ぎぬ。刀を持つ者に未熟も成熟もない。刀を持つ事は、それだけで相手を死に至らしめる事に繋がるのだ」

 弥一郎は魁の前に立ち、真っ直ぐに見据える。

「魁一郎は未熟者に灰奥を託さぬ。敗れたなら、お主がただ弱かった。それだけの事だ」

 魁は涙に濡れた顔を上げる。

「私は、女性を手にかける事が出来ませんでした」

「そうであろう。それでよい。それは弱さではない。優しさだ。愛する者の為ならば、自分の身をも犠牲にする。それでこそ壬生の男子」

 サクラは「え?」とその意味を捉えかねる顔をしたが、魁の「はい」という返事に真っ白になった。

「戦うのは己自身。技などまやかしに過ぎぬ。習得していない技があったから負けたなどという言い訳はあり得ぬ」

 魁は再び平服する。

「だがやさしさ故に敗れ、結果大事な人を守れぬでは元も子もない。お主も早く子をもうけ、後継ぎとするがよかろう」

 魁の返事にサクラはまだギョッとする。

「しかしそれも後の話だ。今は更なる精進に尽力せよ。未熟者はおらぬが技を極める者もおらぬ。死す時まで修行と心得よ」

 弥一郎は稽古用の木刀を構える。

 サクラは部外者ながら止めた方がよいのでは? と思うような稽古が始まったが、結局口を挟めず来た事を後悔する事になった。

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