融け合う想いと交錯する運命

第21話 満ちる弦

 白羽は小太刀を仕舞うのも忘れて夜の街をひた走る。

 悔しさで涙が込み上げ、通行人の奇異の目も気にせずにただ走った。

「くそっ!」

 白羽は立ち止まって毒づく。

 深夜帰りのサラリーマンは、何も見なかったと言わんばかりにそそくさと通り過ぎた。

 だが白羽は自分をじっと見据える視線があるのに気がつく。

 その視線の主は小さな女の子。

 ざん切りの頭にワンピースを来て、手に持った大きなキャンディーに舌を当てている。

 迷子か? と白羽は訝し気に見返すが、雰囲気が普通でない事は白羽にも感じられた。

 ギラリと光る刃を見ても動じる素振りもない。

「お前。まさか変異種か?」

「そういうお前はあの剣士の女か?」

 白羽はかっと目を見開いて小太刀を構える。

 こいつは壬生魁を知っている。

 という事は魁と戦って、生き延びたという事。

 魁は手応えはなかったが、変異種一体にやられるほど弱くはない。

 子供とはいえ、捨て置く事は出来ない。

 あの甘ちゃんなら、正体が子供と知って見逃した事も考えられるが、それなら尚更始末せねば。

 蕪古流の不始末は稲葉が付ける、と逃がさないよう壁に追い詰める位置を取る。

「変異しろ。せめてもの慈悲だ」

 なんで? という顔の女の子に、変異せずとも殺すと言わんばかりに詰め寄る。

「おいおい。何の騒ぎだよ。もう物騒な事は起きないんじゃなかったのかよ」

 ドスはきいているが、少年と言える声に白羽は片方の小太刀を向ける。

 現れたのは多少大柄なものの、十代である事は間違いないと思えるような少年だ。

「なんだお前は。危ないぞ。一般人は引っ込んでいろ」

「ま。別にオレ正義の味方じゃねぇけど。さすがにこれを見て見ぬフリすんのはどうよ。男として」

 白羽は女の子に目をやり、少年の言わんとしている事を理解した。

「ふん。こいつは人間じゃない。変異種、化物だぞ」

「だから?」

白羽は片方の眉を上げる。

「変異種だ。分かるか? 人の皮を被った獣だ」

「なら。余計に捨てておけないよな」

 少年の体が軋みを上げ、筋肉が盛り上がる。

「くっ。貴様も!」

 白羽は油断なく変異した少年を観察する。

 変異した体は大きい。筋肉が多いパワー型だ。

 スピードで筋肉の筋を断てばただの木偶の坊。

 白羽は余裕を持って深呼吸し、先の敗北で――本人的には退いて引き分けのつもりだが――少々苛立っていた心を落ち着けた。

 心が乱れていれば勝てるものも勝てなくなる。

 あれは若い蕪古流に失望して、心を乱したのが原因だと自身に言い聞かせた。

 白羽は舞うように身を翻し、遠心力を乗せた斬撃で、相手のガードするようにかざした腕に斬り込む。

 腕の外側を走る筋を切断――するはずだったが、小太刀を通して返ってきたのは硬い金属に当たったような音と感触。

 見ると腕がさっきよりも大きくなっている。

 そのまま刃滑らせ、流れるように二撃、三撃と斬り込んだが、金属の擦れるような嫌な音がして僅かに傷が付いただけだった。

 呆然とする白羽に、変異種は両の腕を開き、ガラスのような目を覗かせた。

 変異した体の、どこを斬っても無駄だと分かった。

「それにオレ。そういう短い刀見てると、ちょっとイラッとするんだよな」

 白羽は何も考えられずに、後ずさった。

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