七夕の秘密

高梯子 旧弥

第1話

「一年に一度逢えるのと四年に一度逢えるの、どちらがいい?」

 そんなのは一年に一度逢えるほうがいいに決まっているのにと彦星と織姫は思う。今までだって神様の言う通り一年に一度、七夕にだけ逢っていた。それをこれからも続ければいいのではと考えていた二人に神様はこう提案する。

「四年に一度にすれば必ず逢えるようにしよう」

 それを聞いて二人は理解した。神様は二人が唯一逢える七夕のときに雨が降ると逢えなくなるのを考慮してくれた。それを解消するように四年に一度にするのはどうかと訊いてきたのだ。

 二人は考えた。どちらのほうが自分たちにとって有意義なのか。考え抜いた末、二人は四年に一度必ず逢えるようにお願いした。


 神様から提案があってから初めて二人が逢える七夕が来た。

 織姫は天の川へ行き、彦星の待つ対岸のほうへと視線を向ける。そこには元気そうに手を振る彦星が居た。それを見た織姫は無我夢中で天の川を渡り、彦星に抱き着いた。

 彦星も織姫の存在を確かめるかのように優しく両腕で織姫を包み込む。四年ぶりのお互いの感触、匂い、声諸々にお互い喜びを隠せなかった。

 しかし久々の対面に感動ばかりしていたらもったいない。逢える時間は短いのだからもっと色々なことを話したい。

 織姫は四年間でどんな着物を作っていて、どんな生活を送っていたのか、事細かに彦星に聞かせた。それを楽しそうに聞く彦星に織姫は嬉しさが込み上げてきた。

 織姫が嬉しそうにしているのを見て、彦星は織姫の頭を撫でた。

 牛の世話をしているせいか、彦星の手はところどころに傷が見られ、皮膚が硬くなっている。その織姫とは違う手のちから強さの反面、撫でているときの表情や撫でる仕草は優しさに満ちていた。

 今度は彦星が何をやっていたのか話し始めた。

 牛の世話はやはり大変で、時には危ないこともあるが、それでも世話をしていくうちに愛情が湧いてきて楽しい、そう言っている彦星の顔には優しさが浮かび上がっているようだった。

 それに加えて、四年も経てば前よりはたくましい身体になったと少しおちゃらけながら話す彦星のことを織姫は可愛らしいと思った。

 他にも四年もあれば話は尽きなかったが、無情にも別れの時間はやってくる。

 次に逢えるのが四年後ということもあり、前よりも別れの寂しさは強くなっていった。

 しかしここで駄々をこねては神様に怒られてしまうので、織姫は惜しみながらも来た時と同じく天の川を渡ることにした。

 渡る直前に織姫は忘れものに気付いた。慌てて彦星の許へと向かい、着物を渡した。

 これは次に逢うときまで寂しくならないように織姫が心を込めて作ったものである。それを手にした彦星は大切にすると誓い、二人は離れ離れとなった。


   *


 神様は二人の再開を見届け、安堵した。

 これでいいと神様は自分に言い聞かせた。

『天帝』などと呼ばれているが所詮は数いる神様の一柱に過ぎない自分にはこうすることしかできなかった。

 四年前、二人に提案したとき、もし断られていたらどうなっていたのか天帝にもわからなかった。

 神々の王であるゼウスがお怒りになったあの日、天帝に迫られた選択。

 織姫と彦星が逢うのを四年に一度にしてゼウスを讃えるか、さもなければ、人間を滅ぼすと言った。

 何故そのようなことをするのか訊ねたところ、最近の人間の敬意を失した態度に業を煮やしたという。

 元々はゼウスを讃えるためにあったオリンピックがいつしか人間のいいように使われ、信仰心を感じなくなった。

 お金のためにオリンピックを開き、選手の中には性欲にまみれ、不正を働く者も後を絶たなくなった。

 そんなことのためにオリンピックを開くなら一層のこと開けないようにしようとしていたようだ。

 天帝は何とかゼウスを宥めようと織姫と彦星の件を持ち出した。

 それを聞き、何とか理解を示してくれた上に二人に非は無いとして、七夕の日の晴天を約束してくれた。

 何とか事なきを得たようで安心したのも束の間、ゼウスは最後に制裁の宣言をした。

 天帝や織姫、彦星に敬意を表して人間を滅ぼすのは止める。しかし今年開かれるオリンピックは開催させない。

 そう宣言したゼウスを止める術は天帝にはなかった。

 出来得る限りのことはしたのだ。だから多少の損害は人間たちに負ってもらうことになる。

 それが自分たちの招いたことだと知って、更生してくれることを願う他なかった。

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