第16話 新しい朝が来た。絶望の朝だ。

 私の目の前には十の死体が転がっていた。見覚えのある顔。このデスゲームに参加したみんなの顔だ。そして、私の前にはタクちゃんがうずくまっていた。なにやら苦しそうだ。


「タクちゃん! どうしたの?」


「ユリか。すまない俺はもうダメだ」


「そ、そんな……タクちゃんなしにこれから先どうやって立ち向かえばいいの? 他のみんなも死んじゃったし、私一人じゃ無理だよ……」


 タクちゃんの手の甲の数字が0になる。それと同時にタクちゃんは事切れた。十一の死体を前に私は絶望で泣き叫ぶことしかできなかった。


「おめでとうございます。吉行 ユリ様。あなた様はこのThanatos Fantasyをクリアされました。多くの犠牲の上に成り立つ勝利ですね。おめでたいですね」


「違う! 私はこんなの望んでない! 私は……」


 痛い。もの凄く痛い。なにかに蹴飛ばされて、更に落下したような衝撃。私が目を開けると、私はベッドの下に落下していた。


 ゆっくりと起き上がってベッドの上を見ると、明らかに私がいた場所に足を伸ばして寝ている杏子の姿があった。呑気な顔で幸せそうに眠っている。寝息は大人しくて、どこか可愛げを感じる。まあ、寝相は全く可愛げがなかったわけだけれど。


「んにゃ……どうしたの?」


 奥の部屋から夢子ちゃんがやってきた。どうやら、私がベッドから落ちた音で起きてしまったようだ。


「なんでもないよ夢子ちゃん。起こしちゃってごめんね」


「ん……おお! もう朝じゃん。どっちにしろもうすぐ起きなきゃいけない時間だし、いいよ全然」


 そうか、もう朝の時間なのか。ジャクソンの話によれば、一晩経てば次のエリアに進むことができる。ということは、もう出発しても良さそうだ。ただ、その前に顔を洗いたい。



 私は顔を洗って寝癖を直して簡単な身支度を整えた。そして、女子部屋から脱出して、ロビーへと出た。ロビーには既にタクちゃんがいて、本棚を物色しているようだ。こんなに朝早くから読書なんてすごいな。


「タクちゃんおはよう」


「ああ、ユリか。おはよう……ユリ、試しにこの本を持ってくれ」


「ん? いいよ」


「そして、スキルを発動させるんだ」


 タクちゃんに言われるがままスキルを発動させる。すると、私の頭の中に何かが入り込んでくるのを感じた。物凄い情報量で頭がパンクしそうだ。まるでこの本の中身そのものが私の脳内に刻まれていく感覚。


「どうだ? なにか感じたか?」


「うん。本の内容が一瞬で頭にインプットされたよ。後、この本を誰が読んだのかもわかった。この本を読んだのは加賀美さんとタクちゃんの二人だけだね」


 すごい。このスキルがあれば、このゲーム内での私の学力は相当跳ね上がると思う。このスキルを生まれ持って学校生活を謳歌したかった。そうすれば、勉強で楽できたのにと思った。


「ユリ。試しにスキルで得た情報を俺に教えてくれ」


「うん。わかった……えっと……あれ? 女性NPCは妊娠する可能性があって……? ん?」


 私の様子を見てタクちゃんは溜息をついた。完全に呆れられてしまった。


「どうやら、サイコメトリーで得た情報は全て記憶されるとは限らないようだな。一度の大量の情報量が流れ込んでも本体のユリの頭じゃ記憶できる容量に限界がある」


「そんな……人をバカみたいに言わないで!」


「まあ、でも覚えていられるかどうかは別として、本の内容をインプットすることは大事だな。ここの本を片っ端から読んでくれ。なにかの役に立つかもしれない」


 確かに、たまたままぐれで覚えている可能性もある。私は本を次々に触っていった。そして、最後の一冊を触ろうとしたその時。


「ユリ。待て。本に触るな」


「え?」


 タクちゃんに制止された次の瞬間、男子部屋の扉が開いた。どうやら、タクちゃんはこの気配を察知したようだ。私のスキルがバレないように配慮してくれたのかな。


「よお。早起きだな。二人共」


 男子部屋から出てきたのは御岳さんだった。御岳さんは目の下に隈ができている。ちゃんと眠れてなかったのかな?


「俺が寝たように見えるか? 昨日の夜から完徹だ。御岳こそそんな睡眠時間で大丈夫かよ」


 タクちゃんも寝ないでなにしていたんだろう。気になる。


「ははは。心配無用だ。わしは寝たら死ぬような修羅場をいくつも潜って来てからな」


 笑えないよ。


 御岳さんはキッチンに行き、冷蔵庫の中を物色し始めた。


「ちょっと待ってくれ。朝食を作ってやるからな」


「おい、その食材に毒が入っている可能性があるぞ。だからこそ、俺たちは昨日はその食材に手をつけなかった」


「んー。まあ大丈夫じゃろうて。わしを信じろ」


 御岳さんはなんの根拠があって言っているんだろう……


「俺たちは食わないからな」


「まあ、構わないが。このゲームは何週間という単位で行われることになるぞ。食えるうちに食っとくのが賢明だと思うがな」


「そうか。なら正直に答えてくれ。御岳。お前のスキルは、毒に関するものだな?」


 タクちゃんのその一言で場の空気が変わった。さっきまで和やかに話していた御岳さんだったが、急に人が変わったかのように冷たい視線をタクちゃんに向けた。


「ほう? なぜそう思う?」


「毒を全く恐れないからそう思っただけさ。物体に毒があるのを見分ける能力。または、物体の毒を取り除く能力。または……毒に耐性がある能力のいずれかかと思っただけだ」


 タクちゃんの言葉に御岳さんは黙っている。そして、無言で冷蔵庫から食材を取り出して、包丁で切っていく。


「なあ、浅海よぉ……お前もそこそこの修羅場を潜ってきたんだよな」


「ああ。恐らく御岳ほどじゃないけどな」


「なら、わしから忠告してやる。首を突っ込む相手を間違えないことだな。世の中には知ってしまったからこそ死んでしまうやつが多くいるからのう」


 御岳さんが言うと本当にシャレにならないからやめて欲しい。御岳さんは、自分のスキルについて詮索されたくないのだろう。そりゃそうか。スキルを知られるということは弱点を知られるということでもあるんだからね。お互いのスキルがわかってない状態ならどんなハッタリでも通用する。それほどまでにスキルは可能性を秘めているんだ。


 私たちは一時的に協力関係を結んでいるだけだ。いつ誰が裏切るのかわからない状態。昨日だって、加賀美さんが杏子に危害を加えようとした。いつ裏切りが始まってもおかしくないのだ。


 それと、みんなの中から一人犠牲者を選ぶこともさせられた。もし、役に立たないスキルだと思われたら、その時に犠牲者に選ばれてしまうことだって考えられる。一番最初に槍玉にあげられた宮下さんが犠牲を免れたのもスキルが有用だったおかげだ。


「おっはよー! みんなのアイドル夢子ちゃんだよー! あれ? どうしたの? アサミンとミタケン。朝っぱらかいがみ合っているのかい! もしかして、ユリリンを巡って争っているのかい!」


「そんなわけないでしょうが……」


 私はしょうもないことを言い出した夢子ちゃんに突っ込みを入れた。


「ユリ。おはよう。ごめんねユリ。私寝相悪かったでしょ?」


 杏子が私に平謝りを始めた。


「ううん。気にしないで杏子。私は平気だから」


「ねえ、浅海。男子は寝坊助が多いみたいね。女子はもう全員起きているよ」


 名取さんが厭味ったらしくタクちゃんにそう言った。


「俺に言われても困る。夜遅くまで起きていた阿呆どもに言ってやれ」


 結局、私たちは全員が起きるまで二時間近く待たされた。こんなに寝坊している人が多いなんて男性陣は昨日、なにしてたんだろう。気になる。


「よし、みんな揃ってるね。じゃあ、次の扉を開けるよ」


 神原さんが扉に向かって歩き出した。みんなもそれに続いて歩く。


「一番遅れてきた癖に仕切ってるとかないわー」


 名取さんが神原さんに鋭いツッコミを入れた。これには神原さんも返す言葉がなかった。


「う……それじゃあ、名取君が先陣を切るかい?」


「それは嫌」


 本当に名取さんはどういう性格しているんだろう……

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