第15話 ブレイクタイム(男子部屋 三人称視点)

「ふんふんふーん」


 シャワー室から鼻歌が聞こえる。和泉 雄一郎。彼がシャワーに入っている音だ。かれこれ一時間近く入っているのだ。シャワーに時間かけすぎであると言える。豚は綺麗好きというが、限度というものがある。


 特に使う予定のない股間を重点的に洗う和泉。使う予定がないというよりかは、これまでも排泄以外での使用はない。完全に未使用品だ。かといって価値があるわけでもない。


 色々と満足したのか雄一郎はシャワー室を出た。


「あれ? 浅海たんと神原たん。いたんすか」


 男子部屋には既に浅海と神原がいた。男子部屋は女子部屋と違って、和室だ。畳の上に胡坐をかいて座っている浅海と神原。二人はお互い口をきくわけでもなく、部屋におかれた雑誌を読んでいた。


「お前のシャワー待ちだったんだよ。というかシャワー長いぞ」


「ふひひ。すまんのう。ところで他のみんなは?」


「聖武はロビーで女どもと話している。御岳はロビーのキッチンでなにか作っていたな。毒が入っているかもしれない食材でよくやるわ」


「あはは。あんな怖い見た目しているのに料理をするなんて意外だよね」


 神原が何気ない毒を吐く。浅海はそれに介さずに話を続ける。


「加賀美はロビーの本棚にあった本を読んでいる。表紙に♂と♀のマークが書いてあった本だ」


「それってえちえちな本じゃないですかねえ!」


 和泉は本の内容に興味を示した。彼も未使用品のものをぶら下げているが性的なことに感心がないわけではない。むしろ人一倍性欲が強いと言ってもいいだろう。


「知らねえよ。宮下はロビーにあったモニターを色々と操作していたな。映画やテレビが見れるらしい。デスゲームに関する重要な手がかりはなさそうだと言っていたな。本当かどうかは知らないがな」


「ぶひ? 浅海たん死神はどうしたんすか? 彼も男っすよね?」


「死神か? それならお前の後ろにいるだろ」


「ふひ!?」


 和泉が振り返ると、いつの間にか死神が背後にいた。和泉は驚いて腰を抜かしてしまった。


「も、もう! びっくりするじゃないですか! いるならいるって言って欲しいんだな!」


 和泉の文句に対しても死神は何も答えない。ただ無言を貫いて、部屋の隅へと移動していった。


「全く、どうして死神と一緒の部屋に泊まらないといけないんすかねえ! 気味が悪くて寝付きが悪いでしゅよ! もう! ただでさえ枕が変わって眠れるかどうか不安だっていうのに」


「あはは。和泉ちゃん。デスゲーム経験数多い割には、繊細なんだね」


「そうでしゅよ! 僕は繊細なんだな。キミたちみたいに心臓に毛が生えてないんだよ」


 その後、浅海と神原もシャワーを済ませて、全員分の布団を敷いた。後はもう寝るだけとなった。和泉は既に就寝している。特に活躍したわけでもないのに、寝るのだけは一丁前のようだ。


 ガチャリと男子部屋の出入り口の扉が開く音が聞こえた。宮下と御岳と聖武が中に入ってきた。


「あれ? 加賀美ちゃんはいないの?」


 神原が疑問を投げかける。それに対して宮下は首を横に振った。


「ダメみたいね。あれは本に集中しているようね」


「あいつが夢中になるっちゅーことはどういう本なんだろうな。どうせスプラッタものかグロテスクな内容なもんじゃろう」


 浅海は宮下の手の甲に注視した。その数字は1から2に変化していた。やはり宮下はスキルに関しては嘘を言っていないようだと確信した。


「なによ、人の手をじろじろと見て」


「ああ、すまん。お前がさっき言ったスキルの内容が本当かどうか確かめたくてな」


「何回でも死ねるスキルって便利だよな。ライフがある内は俺の盾になってくれよ宮下」


「聖武……自分の身くらい自分で守りなさいよ。私だってもう死ぬのはごめんだわ。痛いもの」


 この空間の中での死はライフがある限り復活できるが、それでも死には痛みが伴う。宮下もジャクソンに頭を爆破された時はかなりの痛みを感じたのだ。


 その後、宮下と御岳と聖武の三人はシャワーを浴びた。加賀美以外の全員がシャワーを浴びたところで聖武がなにかを思いついた。


「そうだ。折角だし、みんなで枕投げしようぜ」


「お前いくつだよ」


 浅海が聖武に冷静にツッコミをいれる。確かに枕投げは修学旅行の定番ではあるが、それが許されるのは十代の内だけだろう。ここにいる男性メンバーは全員成人している。そんな阿呆なことするわけが……


「いいね。面白そう」


 神原が乗り始めた。男はいくつになっても子供だという言説があるが本当のようだ。


「あのなあ……」


 浅海が呆れ果てる。その時だった、聖武が浅海の顔面に向かって枕を投げてヒットさせた。


「へへーん一丁上がり」


「てめえ!」


 怒った浅海は投げられた枕をそのまま聖武に投げ返す。それをキャッチする聖武。やはり浅海の行動は読まれていたようだ。


「おっと。へへ、浅海。お前も乗ってきたんじゃねーの」


 浅海はすぐさま、別の枕を拾い聖武に投げつけた。聖武は既に枕を持って両手が塞がっている。その状態で枕が飛んできたのでは当然キャッチできない。聖武の顔面に枕がクリーンヒットする。


「いいぞー! 浅海ちゃんやれやれー!」


 神原が囃し立てる。その神原の顔面にも枕が飛んできた。聖武が持っていた枕を神原に向かって投げたのだ。


「応援ばかりしてねーでお前も参加したらどうだ神原?」


「あはは。そうだね。枕投げは参加してこそだ」


 そこから始まる三人による大混戦。枕を投げてはキャッチし、投げてはキャッチしの大攻防。それを呆れ果てた顔で見る宮下と御岳。


「全く、ガキかのう……」


 そう呟いた御岳の顔に流れ枕が飛んできた。


「ほう……わしに枕を当てるとは命知らずの面白いガキ共だ! おらあ!」


 その枕にイラっときた御岳はなぜかその枕を寝ている和泉に向かって投げた。


「ばにゃ!? な、なんですの!」


 寝ていたのに理不尽に枕を投げつけられた和泉。続いて顔面に二発目が飛んでくる。


 結局勢いのまま、御岳も和泉も枕投げに参戦。男たちのくだらない戦いは朝まで続いたのだった。



 加賀美は一人でロビーにあった本棚の本を読破していた。興味深い内容の本を見つけて加賀美はニヤリとした。


『Thanatos Fantasyはプレイヤーキャラ(PC)とノンプレイヤーキャラ(NPC)がいる。リアリティを追求するためにNPCは極力、実際の人間の繁殖と同じように女性NPCが妊娠、出産することで、新たにNPCを生み出して増えるようにする』


『女性PCはVRゲーム中の行為によって妊娠することはない。ただし、現実世界で妊娠している場合は、妊婦として活動する。それは脳内で自分が妊婦だと認識しているせいである。なお、ゲーム中に出産した場合は妊婦の状態ではなくなる』


『女性NPCは男性PCや男性NPCとの行為によって妊娠する可能性がある』


『女性NPCの妊娠判定は行為の後、即座に行われる。妊娠する可能性のある行為の後、一定確率で妊娠の状態異常が付与される』


 この記述が本当なら、自分達PC以外にもNPCがいるということである。そうなると加賀美はある一つの希望を見出した。


「これから先、NPCを抹殺するミッションがあるんじゃナいかナ……キヒヒ……実際の人間をヤるわけじゃナいけれど、楽しみだ」


 彼の目論見は当たるのであろうか、それはこのゲームのGMジャクソンのみが知ることであった。


 本を一通り読み終わった加賀美は寝るために男子部屋へと行った。加賀美はそこで驚くべき光景を目にする。


「おらぁ! 死ねぇい!」


「てめえが死ねやぁ!」


 加賀美が目にしたのは、いい年した大人たちが必死で枕投げをする光景だった。


「ナニ……この地獄絵図」

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