四年に一度の出会いは最後の出会い

鋼鉄の羽蛍

四年に一度は最後の出会い

「はいっ!はい……では今回は……ありがとうございました。ふぅ……また商談決裂か。」


 とある都会――

 といっても田舎の都会タカマツシ。私が務めるそこそこブラックな企業様で社畜を努めてすでに三十路の年。

 こつこつ続けた営業部長の座は、無理矢理ねじ込まれた望まぬ差込み人事でした。


 夢も希望も無い毎日を、とめどなく流れるテレビ映像で消化する毎日。目に映る海外のいろんな惨状に天変地異とも思える自然の猛威を、捉えて流す三十年。


 私は田舎、四国はカガワの片隅で生まれそのちょっと都会で働く女営業部長。四那 篝よつな かがりと申します。


 確かに夢も希望もすたれた私。けれど過去には素敵なお友達がいたのです。

 ええ、いたのですけれど――ここ数年お仕事がブラックに多忙すぎて、全く会えていない現状がありました。

 そのお友達……実は誰にもそれを話してはいないのですが――見えてはいけないその子が初めて見えたのは6歳の頃。しかもその子は四年に一度しか姿を現さない、四年に一度の限定的なお友達だったのです。


 その子の名は――



◇◆◇◆



竜嘉りゅうかちゃ~~ん!竜嘉りゅうかちゃ~~~~ん!あーそーぼっ!」


 私の実家は田舎でもあるマンノウの地。その南に巨大にそびえる日本最大のため池、〈満濃池〉のふもとにあるそこそこ大きな農家でした。

 そんな私は徒歩でも十分とかからぬその池のほとりへ足を運び、自然を満喫するのが日課でした。

 たいした友達もいなかった故の自然散策でしたが、6歳の時に出会った友人と四年越しの再会のため足を運んでいたのです。


「むっ!カガリよ、こっちじゃこっち!あとのじゃ!」


「いや、竜嘉りゅうかちゃんも充分大きいからね?」


 池の長大な堤防の端。水鏡みかがみの様な全周を見渡せるそこでヒラヒラ手招きするのは、なんとこの池に済むと言う竜神様なのです。

 しかも何故か私だけに見えていたのですが、幼い私は何の抵抗なくお友達になっていたのでした。


「じゃあ竜嘉りゅうかちゃん、今日もお池の周りを散策するよっ!?」


「ふむ、わらわもこの四年越しの日を待ち侘びたぞ!では行くぞ!」


 似た背格好に巫女様を模した装束の彼女は、一応女の子として顕現してるとの事でしたが――

 こめかみに生える二本の角に、サラサラな漆黒の御髪が流れるいかにも人外な子でした。

 それでも当時の私はそこを気にする訳でもなく、お友達として接していたのを覚えています。



 それが10歳の時の出会いでした――



◇◆◇◆



 ブラックなお仕事で心身供にボロボロになる中、ふとその当時を思い出します。

 と言うのも、私は高校生の最後を境に彼女と会う機会を失ってしまったのです。

 大学を諦め就職したのが運のつき。まさかの社会人一年目からブラック企業を引き当てると言う惨状の中……恋人も作らずただ社畜の様に汗水流し――

 そんな日常の唯一のよりり所である、安い賃貸アパートへと帰宅した私は死んだ様に眠ります。


「ああ……だめ。メイク、落とさなきゃ……おと――すぅ。」


 営業部長なんて無理矢理させられてる様な物。そこに何の誇りもやりがいも見出せぬ私はいつしかままどろみを受け入れ、再び訪れる社畜勤務までを夢の中で過ごしたのです。


『――がり……。くる、し――』


 そんなまどろみに落ちたはずの私は、夢の中で酷く逼迫したそれを見た様な気がして飛び起きます。それは夜も遅い時間……けれど妙な胸騒ぎがした私は、眠い目を擦りながら車に飛び乗り――恐らくは何年かぶりであろうあの故郷のため池へと向かっていたのでした。



◇◆◇◆



竜嘉りゅうかちゃん!竜嘉りゅうかちゃんっ!どこにいるの!?竜嘉りゅうかちゃんっ!!」


 それなりの時間を車で走り、すでに夜のとばりが下りた懐かしきため池堤防へと足早に向かいます。

 夜の池周辺はかなりオドロオドロしいのですが……私にとって懐かしい、淡く輝く光の塊が見えた事で安堵を覚え駆けつけます。


竜嘉りゅうかちゃんっ!私だよ、かがりだよっ!って……りゅう、か――」


「……すぴー。ううむ苦しい――って……はっ!?か、かがりかのっ!?」


「うん……かがりだよ?そしてあなたはどうして、顔面を地面に突っ込んだ様に寝ているのかな?」


 幼い頃彼女は、自分は霊体だとか言ってたはずなのに……今明らかにおかしくない?

 そこまで思考した私は、おかしくなり噴き出したのですが――


 彼女はそれを制する様に告げてきたのです。


「もう主と永遠に会えぬかと思うておったわ。良かった……今日この日にお主が駆け付けてくれて。」


「やだなもう、大げさ。でもごめんね、社会人になってお仕事が忙しくって……ほんとは竜嘉りゅうかちゃんともっと遊びたかったのに。」

「でもほら、今日みたいにまた四年後にここへ――」


「……恐らくそれはもう、無理な相談じゃ。」


「……えっ?」


 何かに頭を強く殴られた様な衝撃が走り、夢に見た胸騒ぎが途端に現実味を帯びてきたのです。

 そんな私を一瞥した彼女は、静かな水面を眺めながら切々と語り出します。

 四年後の出会いが無理な相談と言った真相を――


「お主も世界の情勢ぐらいは、今の文化の力で知りえておるじゃろ?詰まる所それこそが、わらわの存在を揺るがせておる。」

「人と人の絶え間なき争いと散り逝く命。悪化の一途を辿る自然の崩壊――」


「そんな!?でもそれが、竜嘉りゅうかちゃんとなんの関係が!?」


 それから語られる言葉で、つくづく私は物を知らずに彼女と接していたと後で後悔する事になるのです。


「関係も何も……わらわの本体である龍の体躯は、言わば地球を走る竜脈――気の流れそのものじゃ。それが地球と言う世界各地で生まれる異常――」

「それを守る免疫として働き……この様な一国、一地方への力が及び難くなっておるのじゃ。」


 彼女は紛う事なき真実を口にしています。

 そもそも彼女が口にした現実は、今世界のあらゆる所で起きている現在の出来事。

 テレビの映像を何を考えるでもなく流していた私は、ようやくその危機的な現実を知る事となったのです。


 さらに続ける竜神様は、双眸へ霊体にもかかわわらず……煌く雫を浮かべながら訴えてきます。


「このまま力が弱まれば、わらわは四年に一度どころか四百年に一度顕現できるかも怪しくなっておる。四年に一度など、数千数万の時を生きるわらわにとっては刹那の瞬きじゃ。」

「……じゃからもう、お主と会えるのは今日が最後。じゃが――お主との出会いはわらわの得難き宝じゃ。」


 もう会えない――

 突き付けられた現実は、彼女との一時をないがしろにしていた自分の心を貫いて……すでに溢れ出る雫で前すら見えなくなる自分がいました。

 その私を、今は頭一つ分以上離れた体躯で彼女が抱きしめて来ます。強く――優しく抱締めて来ます。


「お主に罪などはない。お主は日々を精一杯生きておった。神たる者にとって、その民の営みこそが存在を維持するための力。」

「事を起した無法な者達が、その責を放り投げ――あまつさえ次代を担う子供らへと丸投げにした結果じゃ。」


 そこまで口にした彼女が、やがて淡き光を明滅させながら消えんとし……私も嗚咽交じりの声を上げたのです。


「ごめんなさい、竜嘉りゅうかちゃん!人間が、人類があなた達の想いも知らないで……知らないで世界をこんな酷い目に合わせてしまって――」


 けれど最後の方は言葉にも出来ず――

 消えかかる彼女を見送る事も出来ず――


 彼女の最後の……お別れの言葉を耳にしたのです。


わらわらにその様な想いを向けてくれた事に感謝するぞ?かがりよ。わらわはこれより世界の修復へと向かう故、人の寿命ではもう会う事もないじゃろう。達者での……わらわの素敵なお友達よ。」


 気が付けば私は一人取り残され、満濃池の堤防の上で泣き崩れていたのでした。



◇◆◇◆



 竜嘉りゅうかちゃんとの別れの日から数日も立たない私は、ある決意をしたのです。


「すみません社長。私は今日を持ちまして会社を辞めさせて頂きます。」


 想定だにしていなかった社長の必死で制止する声を置き去りに、私は自分の成さねばならない事のために立ち上がったのです。


「営業部長時代のつてを活かして、協力者を募って――」


 安い賃貸アパートの一室。仕事用にとあつらえていたパソコンへ必要なデータを入力し終えた私は――すでに朝日が差し込む新しい生活の中宣言します。


「私が出来るのはたいした事じゃないけれど……少しでも竜嘉りゅうかちゃんの――ううん、満濃池の竜神様のお力になって見せるから!」


 パンっ!と頬を叩いた私はパソコン上のを立ち上げます。

 そう――……加えて求める慈善事業。

 〈竜神様の黄昏〉ページを立ち上げ……素敵なお友達を支えるためのプロジェクトを、開始したのです。



 遥かな次元の彼方で、感謝の涙に濡れる竜神様の羨望を受けながら――

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